拡張DLAモデルによるクラスター生成過程のシミュ レーション(2)−フラクタル次元による 3次元クラスターの形状解析

宮田 壽,戸田与志雄,大野 隆


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1.はじめに

 Witten と Sander [1] らによって,ランダムウオークによるDLAモデル(Diffusion-Limited Aggregation Model)が提案されて以来さまざまな試みがなされてきた.それらは,クラスターが成長していく過程の幾何学的な性質を議論し,クラスター成長のゆらぎ,フラクタル次元などによる形状解析を検討している.フラクタルは,Mandelbrot [2] によって提出された概念であるが,数学の分野だけではなく自然科学・社会科学の分野でも様々な応用が試みられている.
 固体上への粒子の付着と成長,あるいは種々の高分子化合物の凝集過程,結晶成長,無機化合物の凝集などがフラクタルの概念で整理されることがよく知られている[3]. しかし,それらの検討は,1個のクラスターの成長あるいは凝集について議論されることが多く,クラスターを構成する粒子の数,それらの分布などについての検討は少ない.既に我々は,基盤上に小さなクラスターが生成しやすいことを吸着現象のスペクトルの解析および簡単なDLAモデルによるシミュレーションから明らかにした[4,5].これを発展させて,最近,3次元クラスター凝集の新しいモデルについて提案した[6].本研究では,前報のモデル[6]にしたがって,固体の基板上に反応性の高い粒子がどのように固定され,クラスターとして成長していくか,その形状,フラクタル次元などを検討した.

2.グラフィックの拡張と拡張DLAモデル

 前報に,モデルについて詳しく述べてあるので,本報では簡単に述べる.正方格子から構成される基盤を考え,それらの格子点をグラフィック画面の1ドットに対応させた.拡散律速でランダムウオークしている粒子が,引力項,基盤への付着確率など種々の条件下で基板に固定化される様子をグラフィック画面に描画することを考えた.
 プログラムを単純にするため1つの格子点のグラフィックの情報を1バイトのメモリに対応させた.さらに,それぞれの1バイトの最上位ビットにサイトの活性,不活性の情報を入れ,その他の7ビット(0〜127)でそのサイト上の粒子の数を示すことにした.こうすることにより,16Mバイトのメモりがあれば,最大 4000x4000 の格子点の情報を格納できる.こうすることによりコンピュータのメモリの許す限り格子点を拡大して計算できる.グラフィックライブラリとして自作の EGC386 [7] を用いた.
 本研究で用いたシミュレーションのモデルを説明する.ここでは,図1のような3次元空間における3次元の粒子の凝集現象を考える.基盤表面の何%に粒子が固定しているかを被覆率というが,本研究では,被覆率1〜20%の初期の状態の検討に限った.
 ランダムに発生した粒子の座標を (x, y, z) とし, 粒子の移動を次のように仮定する.

     Δx = sign{ (1-α)fx + βdx },          (1a)
     Δy = sign{ (1-α)fy + βdy },          (1b)
     Δz = sign{ (1-α)fz + βdz },          (1c)

ここで Δx, Δy, Δz は,それぞれ, x, y, z 方向の相対的な変位の成分を表している.sign(x) は x<0 なら sign(x) = -1, x=0 なら sign(x) = 0, x>0 なら sign(x) = +1 の値を取る関数である.fx,fy,fz は変動の力であり,αは変動のパラメータで fx の fy に対する比を表している.dx,dy,dz はドリフトを表し,βはドリフトのパラメータである.実際には,fx,fy,fz の値は,独立した乱数から得られる.dx, dy, dz は引力による補正項である.ここで,反発項は考慮しない.
 基盤の上方で発生した1個の粒子は,ランダムウオークしながら基盤に近づく.その間,一定の距離内にクラスターが存在すると引力項が働きランダムウオークが制限を受けクラスターの方に力が働く.基盤の格子点にはそれぞれ異なる一定の付着確率を与えてあるが,ランダムウオークによって基盤に達した粒子がすべて基盤に固定されるわけではなく,その一部のみが固定されると考えた.
 ここで固定される確率を次のように考えた.粒子が表面に衝突する場合,周囲に存在する粒子の状況により,次のような2つの状態が考えられる.図2のように拡散により表面に到達した粒子の座標を (x, y) としたとき,その周囲の8つの格子点の全てが空である場合,粒子が表面種となる確率をpとする. これに対して,隣接する (x-1, y-1) から (x+1, y+1) の8つの格子点のどれかに表面種が既に存在する場合は,確率rを加算した値を表面種として固定される確率とする.クラスターの凝集に異方性を与えるために,粒子が既に固定されている(x+1, y)のまわりの斜線部は白い部分より大きな付着確率を与えてある.つまり成長点となっている.(x, y) の位置に粒子が存在する場合は,2層目のクラスターが生成することになる.したがって,成長点は (x, y, z+1)にも存在する.こうして粒子は,固定される条件を満足しておれば粒子は固定される.表面に達した反応種が表面種とならない場合は,はじき飛ばされて消滅する.そして,新たな粒子を発生させて再度計算を繰り返す.


図1 3次元DLAモデル


図2 表面種生成サイトのモデル

3.クラスター生成プログラムの概要

 上に述べた考えをもとにした,3次元モデルでのクラスター生成過程の流れ図を図3に示した.はじめに,クラスター計算の初期設定のパラメータファイルを読み込んでいる.このファイルには,保存するグラフィックのファイル名,計算する被覆率(全粒子数,N)[8],基盤の一辺の長さ,発生させる粒子の高さ(h),基板の付着確率および加算確率


図3 クラスター生成プログラムの流れ図

(p, r) および引力項の働く距離(f)などが与えられている.複数の初期設定のファイルを指定できるので,種々のパラメータを変更した計算を連続して実行することができる.
 ファイル読み込みの後,乱数発生ルーチンを初期化後,粒子が1個発生し,ランダムウオークを始める.ランダムウオークの結果,z=0,つまり粒子が基板に達すると固定化の条件を調べ,満足しておれば粒子は基板に固定される.衝突した位置の周囲の状況により固定化の条件は異なっている.こうしてN個の粒子が固定されるまでこの流れ図にしたがって計算を繰り返す.固定された粒子がN個に達したとき計算は終了する.このとき,連続計算が指定されており,パラメータファイルが指定されてあれば,計算結果は自動的にグラフィックファイルとしてディスクに保存され,再度新しいパラメータを設定し計算が始まる.

4.フラクタル次元

 フラクタル次元の算出には Box Counting 法を用いた.この測定方法は,まず基盤表面を底面とする一辺が 1600 の立方体を一辺が r の細胞で分割する.細胞内に粒子が1つでも含むものを数えて,その総数を N(r) とする.r を様々に変化させて (2) 式が成立すれば,D はフラクタル次元になる.

     N(r) ∞ r-D.          (2)

 実際に測定した結果を図4に対数表示した.これを見ると2つの次元に支配されているのがわかる.つまり,その微細構造はフラクタル図形であることを示している.そこで,フラクタルの支配する上限(εmax)を基盤表面上に存在する空洞の最大直径とし,粒子の
図4 Box Counting 法により測定(被覆率 10%,r/p = 40,f = 2)

直径を下限(emin)とした.このときemax と emin は次式を満足しなければならない.d ははめ込まれた空間のユークリッド次元である.

     εmax/εmin ≧ d1/D.          (3)


図5 粒子を固定させた基盤表面(a)および拡大表示(b),被覆率5%,r/p = 30,
   引力の有効距離 f = 2.

5.結果と考察

5.1 クラスターサイズと引力項

 引力の働く距離, f = 2,r/p = 30,で5%,10%および15%の被覆率の描画例を図5に示した.描画した基盤表面を観察すると固定した粒子がいくつか集まってクラスターを形成しているのがわかる.基盤の拡大を図5(b),図6に示すが,クラスターは正方格子に沿った方向と基盤に垂直な方向に成長しているのがわかる.


図6 粒子を固定させた基盤表面の拡大表示,(a)被覆率10%,(b)15%,
   r/p=30, 引力の有効距離 f= 2.

 種々の描画結果について,クラスターサイズ,クラスターの高さを測定することにより次のことが明らかになった.まづ,図7に示すように,引力の有効距離(f)が長くなると,クラスターサイズのピークは大きくなり,引力によりクラスターが凝集しやすいことを示している.図8に示すように,r/p 比の増大にともなってクラスターサイズのピークは大きい方にずれ,クラスターは凝集する.図には示していないが,クラスターサイズが同じでも引力項 f が長いほどクラスターの形状は高くなり,針状クラスターが生成する.

5.2 フラクタル次元

 種々の r/p 比,被覆率,引力の場合のフラクタル次元の計算結果を表1にまとめた.その結果,被覆率の増大にともなってフラクタル次元は顕著に変化する.被覆率の増大は,より凝集したクラスターを形成するのでフラクタル次元が大きくなると思われる.これに


図7 引力によるクラスターサイズの変化,被覆率 10%,r/p = 30,
   図中の数字は引力の有効距離を示す.           


図8 r/p 比によるクラスターサイズの変化,被覆率 10%,f = 2,
   図中の数字は r/p 比を示す.               

対して r/p の値を大きくしてもフラクタル次元の変化は微小である.r/p の値を大きくするとクラスターが凝集しやすいがフラクタル次元はそれほど変化しない.
 引力の働く距離を大きくとると,クラスターは凝集しやすくなるが,フラクタル次元に変化はないことがわかる.

表1 フラクタル次元
被覆率
r/p 引力(f) 2% 5% 10% 15%
10 0 0.6492 0.9758 0.9680 1.1502
2 0.6290 0.9365 0.9846 1.1483
4 0.6427 0.9340 1.0456 1.1641
20 0 0.6418 0.9577 1.1129 1.2748
2 0.6387 0.9332 1.1084 1.2629
4 0.6805 0.9528 1.1343 1.2599
30 0 0.6387 0.9492 1.1096 1.2697
2 0.6495 0.9374 1.1195 1.2681
4 0.7133 0.9689 1.1532 1.2730
40 0 0.6378 0.9439 1.1923 1.2671
2 0.6650 0.9441 1.1885 1.2752
4 0.7428 0.9919 1.1970 1.2870

6.結語

 以上まとめると,引力の有効距離が 0〜2 の間では,10 個程度の粒子が凝集してクラスターを形成することがわかった.また,そのときのクラスターのフラクタル次元は 1.0〜1.2 程度であり,r/p 比や引力項によってそれほど変化しない.しかし,クラスターサイズの測定より r/p 比や引力項の増大にともなって,クラスターが凝集していることは明らかである.このことは矛盾するように思われるが,さらに検討する必要がある.
 引力を 5〜10 程度で働かすとクラスターは針状になったが,これはクラスター生成のモデルに検討の余地があることを示している.つまり,現在のモデルでは粒子に運動のエネルギーを与えていない.そうしたところで,引力をどの程度見積もればよいのか検討の余地がある.
 本プログラムは,通常の32ビットコンピュータのプロテクトモード[9,10]で実行可能であり,ユーザーインターフェースに優れたシステムとして考案されている.

参考文献

1) T. A. Witten and L. M. Sander, Phys. Rev. Lett. 47, 1400 (1981).
2) B. B. Mandelbrot, "The fractal geometry of nature", W.H.Freeman and Company (1977).
3) D. Avnir, "The Fractal Approach to Heterogeneous Chemistry", John Wiley & Sons, New York (1989).
4) H. Miyata, S. Tokuda, and T. Yoshida, Appl. Spectrosc. 43, 522 (1989).
5) H. Miyata and T. Nakatani, J. Chem. Software, 1, 139 (1993).
6) H. Miyata, 広島県立大学研究紀要,8, 95 (1996).
7) H. Miyata, Chem. Software, 15, 339 (1993).
8) 厳密には,基盤表面の何%に粒子が固定しているかを被覆率というが,ここでは表面の格子点に対する粒子の全個数で表現した.
9) 京都マイクロコンピュータ,EXE386 マニュアル (1991).
10) Phar Lap Software, 386TOOL BOX.

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