分子の構造活性相関解析のためのニューラルネットワークシミュレータ: Neco(NEural network simulator for structure-activity COrrelation of molecules)の開発(6)
― 機械構造用Cr-Mo鋼、Ni鋼、Ni-Cr鋼およびNi-Cr-Mo鋼の力学的性質の推定 ―

福田 朋子, 田島 澄恵, 松本 高利, 長嶋 雲兵, 細矢 治夫, 青山 智夫


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1 はじめに

機械構造用鋼材として様々な金属原子を混合した高機能性材料が開発され、また広く使われてきており、従来の鋼材にはない新しい性質を利用した新たな工作機械が開発されており、鋼材の力学的性質の精密測定技術の開発が進んでいる。機械構造材としての鉄鋼素材の力学的性質は、JIS等[1]で細かく規定されているものの、実際の製品の性質の測定は様々な要因によりばらつきが大きく、また計測に大きなコストを必要とする。特に機械構造材としての鉄鋼素材の重要な性質である、降伏点、引っ張り強さ、伸び、絞り、衝撃値については、Table 1に示すようにJISでも下限が定められているだけである。それらの性質の実際の測定に関しては、測定環境要因を含めた様々な要因により20%程度の誤差を含むことがよく知られている。

Table 1. JIS table of Mechanical properties Cr-Mo Steel, Ni Steel, Ni-Cr Steel, Ni-Cr-Mo Steel. [1]
JIS記号降伏点引張強度伸び(%)絞り(%)衝撃値硬さ(Hb)
(kgf/mm2)(kgf/mm2)(kgf.mm/cm3)
SCM432>75>90>16>50>9255~321
SCM430>70>85>18>55>11241~293
SCM435>80>95>15>50>8269~321
SCM440>85>100>12>45>6285~341
SCM445>90>105>12>40>4302~363
SNC236>60>75>22>50>12212~255
SNC631>70>85>18>50>12248~302
SNC836>80>95>15>45>8269~321
SNCM431>70>85>20>55>10248~302
SNCM625>85>95>18>50>8269~321
SNCM630>90>110>15>45>8302~352
SNCM240>80>90>17>50>7255~311
SNCM7>90>100>15>45>5293~352
SNCM439>90>100>16>45>7293~352
SNCM447>95>105>14>40>7302~363

本研究では、鉄鋼素材の力学的性質の精密測定を効率よく行うために、素材の化学的成分から力学的性質の推定が可能であるかを調べることとした。素材の化学的成分と力学的な性質との関係は、非線形であることは窺えるものの、その具体的な関係は明らかではない。ために、そこで、説明変数の組と目的変数間の非線形関係の自動生成機能を持つ3層パーセプトロン型ニューラルネットワークを用いて、Table 2に示す機械構造用Cr-Mo鋼、Ni鋼、Ni-Cr鋼およびNi-Cr-Mo鋼の化学的成分と力学的性質の関係を学習させ、化学成分から力学的性質を推定することを試みた。
このような方法を用いることで鋼材の力学的性質が実験精度内で見積もることができ、さらに見積もり時間の大幅な短縮の可能性があることがわかったので報告する。

Table 2. Amount of chemical component in Cr-Mo steel, Ni steel, Ni-Cr steel, Ni-Cr-Mo steel.(%) [1]
JIS記号CMnNiCrMo
SCM4320.27~0.370.30~0.60-1.00~1.500.15~0.30
SCM4300.28~0.330.60~0.85-0.90~1.200.15~0.30
SCM4350.33~0.380.60~0.85-0.90~1.200.15~0.30
SCM4400.38~0.430.60~0.85-0.90~1.200.15~0.30
SCM4450.43~0.480.60~0.85-0.90~1.200.15~0.30
SNC2360.32~0.400.50~0.801.00~1.500.50~0.90-
SNC6310.27~0.350.35~0.652.50~3.000.60~1.00-
SNC8360.32~0.400.35~0.653.00~3.500.60~1.00-
SNCM4310.27~0.350.60~0.901.60~2.000.60~1.000.15~0.30
SNCM6250.20~0.300.35~0.603.00~3.501.00~1.500.15~0.30
SNCM6300.25~0.350.35~0.602.50~3.502.50~3.500.50~0.70
SNCM2400.38~0.430.70~1.000.40~0.700.40~0.650.15~0.30
SNCM70.43~0.480.70~1.000.40~0.700.40~0.650.15~0.30
SNCM4390.36~0.430.60~0.901.60~2.000.60~1.000.15~0.30
SNCM4470.44~0.500.60~0.901.60~2.000.60~1.000.15~0.30

2 方法

パーセプトロンには幅を持たせた値の学習ができないため、Table 2に示した各元素の成分量の単純平均値とTable 1に示した力学的性質を3層パーセプトロン型ニューラルネットに学習させて各元素量と力学的性質との関係の自動抽出を行った。もちいたニューラルネットワークシミュレータは、我々が開発を進めているNeco[2 - 6]を用いた。
入力に用いた各サンプルの成分値をTable 3に示す。Table 2において“−”で示されている部分の値には、0.0001を仮定した。それぞれの力学的性質の推定には、サンプルのうち一つを除いたデータの組を学習したパーセプトロン型ニューラルネットを用いて、除いたサンプルのデータを予測すること、すなわちleave-one-outテストにより学習結果の妥当性を検討した。
パーセプトロン型のニューラルネットのネットワーク構造は、入力データとして各元素C, Mn, Ni, Cr, Mo.の含有量の平均値、および促進パラメータ(常に1.0)の5つに対応する入力層ニューロン数5、中間層ニューロン数5、出力層ニューロン数1とした。中間層ニューロンの数は、再構築学習法を用いてそれぞれの性質に関して最適化したが、すべて5つのニューロン数となった。学習誤差のしきい値は、0.0008である。

Table 3. Averaged content of transition metal elements used as input.
JIS記号CMnNiCrMo
SCM4320.320.450.00011.250.225
SCM4300.3050.7250.00011.050.225
SCM4350.3550.7250.00011.050.225
SCM4400.4050.7250.00011.050.225
SCM4450.4550.7250.00011.050.225
SNC2360.360.651.250.70.0001
SNC6310.310.52.750.80.0001
SNC8360.360.53.250.80.0001
SNCM4310.310.751.80.80.225
SNCM6250.250.4753.251.250.225
SNCM6300.30.475330.6
SNCM2400.4050.850.550.5250.225
SNCM70.4550.850.550.5250.225
SNCM4390.3950.751.80.80.225
SNCM4470.470.751.80.80.225


Figure 1. Correlation of observed values and estimated values of yield point.

3 計算結果

3. 1 降伏点の推定

降伏点の計算結果をTable 4Figure 1に示した。降伏点の推定は、非常に良好であり、相対誤差の絶対値も最大で約9%程度の誤差となっている。Figure 1に示すように、実測と計算の相関も高い。回帰直線は、Y=1.0543X-2.3337であり、傾きがほぼ1、切片も-2.3程度である。実測の絶対値がほぼ100であることを考えると、十分な精度で推定ができているといえよう。相関係数もR2=0.799でありばらつきが小さいことを示している。

Table 4. Observed and estimated yield point with relative error.
JIS記号降伏点(実測)降伏点(計算)相対誤差(%)
SCM4327577.56-3.41333
SCM4307069.660.485714
SCM4358079.210.9875
SCM4408586.19-1.4
SCM4459087.532.744444
SNC2366063.18-5.3
SNC6317068.731.814286
SNC8368079.890.1375
SNCM4317076.15-8.78571
SNCM6258585.67-0.78824
SNCM63090108.99-21.1
SNCM2408080.97-1.2125
SNCM79090.22-0.24444
SNCM4399087.113.211111
SNCM4479599.68-4.92632


Figure 2. Correlation of observed values and estimated values of tensile strength.

3. 2 引っ張り強度の推定

引っ張り強度の計算結果をTable 5Figure 2に示した。降伏点の推定同様、引っ張り強度の推定も、非常に良好であり、相対誤差の絶対値も最大が約7%の誤差となっている。
Figure 2に示すように、実測と計算の相関も高い。回帰直線は、Y=0.9801X+3.2065であり、傾きがほぼ1、切片も3.2程度である。実測の絶対値がほぼ100であることを考えると、十分な精度で推定ができているといえよう。相関係数もR2=0.92であり降伏点の推定以上にばらつきが小さいことを示している。

Table 5. Observed and estimated tensile strength with relative error.
JIS記号引張強度(実測)引張強度(計算)相対誤差(%)
SCM4329094.29-4.76667
SCM4308585.04-0.04706
SCM4359594.250.789474
SCM440100101.32-1.32
SCM445105103.161.752381
SNC2367580.1-6.8
SNC6318584.850.176471
SNC8369593.51.578947
SNCM4318586.71-2.01176
SNCM6259597.99-3.14737
SNCM630110117.33-6.66364
SNCM2409091.22-1.35556
SNCM710099.410.59
SNCM43910098.941.06
SNCM447105106.76-1.67619

3. 3 伸びの推定

伸びの計算結果をTable 6Figure 3に示した。伸びの推定は、降伏点および引っ張り強度の推定に比べ相対誤差が大きい。相対誤差の絶対値の最大が約32%であり、有効数字にして1桁程度の推定精度でしかない。 Figure 3に示すように、実測と計算の相関も降伏点および引っ張り強度の推定に比べ低い。回帰直線は、Y=0.9042X+0.294とy=xに近いが、相関係数がR2=0.3848でありばらつきが大きく推定精度が悪いことを示している。

Table 6. Observed and estimated elongation percentage with relative error.
JIS記号伸び(実測)伸び(計算)相対誤差(%)
SCM4321610.8931.9375
SCM4301820.77-15.3889
SCM4351513.639.133333
SCM4401213.07-8.91667
SCM445129.8717.75
SNC2362216.8423.45455
SNC6311818.25-1.38889
SNC8361517.7-18
SNCM4312023.95-19.75
SNCM6251816.985.666667
SNCM630157.848
SNCM2401715.96.470588
SNCM71516.37-9.13333
SNCM4391614.59.375
SNCM4471416.37-16.9286


Figure 3. Correlation of observed values and estimated values of elongation percentage.

3. 4 絞りの推定

伸びの計算結果をTable 7Figure 4に示した。絞りの推定は、降伏点および引っ張り強度の推定と同様、非常に良好であり、相対誤差の絶対値の最大が17%の誤差である。Figure 4に示すように、実測と計算の相関も高い。

Table 7. Observed and estimated diaphragm with relative error.
JIS記号絞り(実測)絞り(計算)相対誤差(%)
SCM4325046.057.9
SCM4305554.490.927273
SCM4355050.57-1.14
SCM4404544.221.733333
SCM4454041.74-4.35
SNC2365049.90.2
SNC6315050.2-0.4
SNC8364544.052.111111
SNCM4315551.895.654545
SNCM6255052.77-5.54
SNCM6304536.9617.86667
SNCM2405050.51-1.02
SNCM74544.092.022222
SNCM4394547.34-5.2
SNCM4474037.855.375


Figure 4. Correlation of observed values and estimated values of diaphragm.

3. 5 衝撃値の推定

伸びの計算結果をTable 8Figure 5に示した。衝撃値の推定は、SNCM630が99%の誤差となるが、それを除くと良好である。Figure 5をみると、ばらつきもSNCM630を除くと比較的小さいことがわかる。SNCM630の特異的な悪さに関しては現在調査中である。

Table 8. Observed and estimated impulsive force with relative error.
JIS記号衝撃値(実測)衝撃値(計算)相対誤差(%)
SCM43297.6315.22222
SCM4301110.712.636364
SCM43588.23-2.875
SCM44065.685.333333
SCM44544.61-15.25
SNC2361212.37-3.08333
SNC6311210.5911.75
SNC83688.37-4.625
SNCM431109.237.7
SNCM625810.82-35.25
SNCM63080.010299.8725
SNCM24077.11-1.57143
SNCM754.764.8
SNCM43977.43-6.14286
SNCM44765.115


Figure 5. Correlation of observed values and estimated values of impulsive force.

3. 6 硬さの推定

硬さの計算結果をTable 9Figure 6に示した。硬さの推定は、良好であり、相対誤差の絶対値も最大が約11%の誤差となっている。Figure 6に示すように、実測と計算の相関も高い。回帰直線は、Y=0.8591X+47.414であり切片が大きいが、実測の絶対値がほぼ300であることを考えると、良好な精度で推定ができている。相関係数は、R2=0.8067とほぼ0.8でありばらつきも小さい。

Table 9. Observed and estimated hardness with relative error.
JIS記号硬さ(実測)硬さ(計算)相対誤差(%)
SCM432273284.054.047619
SCM430267259.8-2.69663
SCM435295294.51-0.1661
SCM440313316.91.246006
SCM445332.5322.94-2.87519
SNC236233.5259.9211.31478
SNC631275266.07-3.24727
SNC836295296.140.386441
SNCM431275297.488.174545
SNCM625295319.448.284746
SNCM630327336.923.033639
SNCM240283287.371.54417
SNCM7322.5322.34-0.04961
SNCM439322.5311.32-3.46667
SNCM447332.5351.855.819549


Figure 6. Correlation of averaged observed values and estimated values of hardness.

硬さは、Table 2に示されているように、ある幅を持っている。そのため、実測値の幅と計算値をFigure 7に示したが、計算結果は、すべてその範囲内に入っていることが分かる。


Figure 7. Observed and estimated hardness of Cr-Mo, Ni, Ni-Cr, and Ni-Cr-Mo steels.

4 まとめ

機械構造用材料の力学的性質の測定精度および効率の向上を目的に、学習機能付き3層パーセプトロン型のニューラルネットを用いて、機械構造用Cr-Mo鋼、Ni鋼、Ni-Cr鋼およびNi-Cr-Mo鋼の降伏点、引っ張り強さ、伸び、絞り、衝撃値、硬さについての推定を行った。機械構造用Cr-Mo鋼、Ni鋼、Ni-Cr鋼およびNi-Cr-Mo鋼の力学的性質は、伸びの推定を除けば、その化学的成分のみを入力することで、ほぼ20%程度の誤差範囲内で推定ができており、実験精度内での推定が可能であることがわかった。
ニューラルネットワークを用いた推定は、実時間でたかだか1分以下であるので、機械構造用Cr-Mo鋼、Ni鋼、Ni-Cr鋼およびNi-Cr-Mo鋼の力学的性質の推定を従来に比べ格段に短い時間で実行できる可能性があることが判った。
今後の課題としては、さらに多量のデータを基礎に学習精度を向上させ、推定精度をより高くする必要がある。また、疲労特性などの化学成分との関係が明らかでない性質に関してニューラルネットワークの物性推算の可能性を検証してみたい。

参考文献

[ 1] (編)社団法人日本金属学会, 改訂2版 金属データブック, 丸善 (1984).
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[ 3] 井須芳美,長嶋雲兵,細矢治夫,大島茂,坂本曜子,青山智夫, J. Chem. Software, 3, 1 (1996).
[ 4] Isu, Y., Nagashima, U., Aoyama, T., Hosoya, H., J. Chem. Info. Comp. Sci., 36, 286 (1996).
[ 5] 藤谷康子,小野寺光永,井須芳美,長嶋雲兵,細矢治夫,青山智夫, J. Chem. Software, 4, 19 (1998).
[ 6] 田島澄恵,松本高利,田辺和俊,長嶋雲兵,細矢治夫,青山智夫, J. Chem. Software, 6, 115 (2000).
[ 7] 福田朋子,田島澄恵,斎藤久登,長嶋雲兵,細矢治夫,青山智夫, J. Chem. Software, 7, 115 (2001).


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