半経験法に基づくMM2パラメーターの

自作とその精度


三菱化学 筑波研究所  吉田 慎一


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キーワード

分子力学 MM2 力場 パラメーター

開発意図

 パソコンソフトとして安価に入手でき、広く利用されているMM2の
唯一の欠点であるパラメーターの不足を補うため、半経験法により比
較的簡便な方法で多数のパラメーターを作成し、公開した。手法の簡
便さにもかかわらず、統計的に高い精度を持つことが確認された。

適応機種名:  MM2が作動する機種(パソコン、WS、大型計算機)
環境   :  OS名    自由
        ソース言語  なし
        周辺機器   不要


1.はじめに

 分子の安定な形状を予測する計算化学の方法としては分子力学法(MM)、量子化学計算法 (QM)がある。前者にはDiscover/InsightII, Quanta/Charmm, Triposなど著名なソフトが あり、美麗な表示を与えるがきわめて高価である。また計算の精度を決定する力場パラ メーターの不足や代用については充分な情報が与えられているとは言えず、ユーザーは Black Boxの中味を信用するしかない。

 一方、Dr.Allingerの創始したMM2はJCPE, QCPEを通じてほぼ無料で入手できるほ か、入出力方法を改善した安価なパソコンソフトとしても購入でき、広く利用されてい る。関連表示ソフト等も本学会のほか、パソコン通信などでも無料で入手することができ る。計算の原理もパラメーターも全て明示されているので、ユーザーは自分の責任におい て計算の精度を検討できる。

 MM2に限らず、分子力場法の共通の欠点として力場パラメーターの不足が挙げられ る。特に、極性原子を多く含む分子のコンホメーションを決定するTorsional Parameter の不足が深刻であり、そのような分子の安定な形状の予測をほとんど不可能にしている。

2.パラメーターの計算方法と結果の検定

 発表者は所属する研究所内のこのようなニーズを充たすべく、比較的精度がありしかも 労力をあまり要さずにパラメーターを算出する方法を確立した。

その要旨を述べると、

 以上の方法により500ヶ以上のパラメーターを算出し、会社の了解を得て出版した。 これらの精度について、多数のパラメーターがそろった時点で、他のMMと公平に比較する 手段を探したところ、Tripos, Dreiding, Quanta/Charmm らが約50種の共通の結晶構造 データを基に計算精度を比較している文献があったので、同じ基準で我々のパラメーター を用いたMM2の計算、およびQMの代表的手法として
MOPAC(Ver.6.0)中のPM3, AM1, MNDOの計算をも行い、これらを比較した。

3.結果と考察

 MM2パラメーターの補填を必須とする33の共通化合物につき、計算結果の精度を表 すRMS Movement(小さい程良い)の数値を見ると

 MM2  < Dreiding < Tripos <  PM3  < AM1  < Charmm < MNDO
(0.211)  (0.244)   (0.250)  (0.385)  (0.410)  (0.450)  (0.560)

とMM2は予想外の好結果を得た。これらのうち、DreidingとTriposはいわゆるGeneric Force Fieldで、出発値(結晶構造)からあまり離れないうちに収束するようになってい るので、我々の用いた手法では良すぎる結果を与えやすい。一方、Charmmはこれらより収 束の閾値を厳しく取りすぎており、実力よりも損をしている。

 MM2の好結果はその力場の優秀性に起因すると思われる。すなわち、比較されたMMの Rotational Potentialの数式化では、MM2のみがV1, V2, V3と3変数表示なのに対し、 他のMMは高分子をも守備範囲に含めるため、工夫は凝らしているものの1変数表示であ り、精度が落ちる。Dreiding, Triposも出発構造が2次元作画の3次元化という本来の使 用方法であったら、これだけの良い数値を与えるかどうか疑問がある。

 本方法によるMM2パラメーターはコンホメーションの追求のみを目的として作られた もので、たとえば生成エンタルピーの絶対値の正確な推定などは全く考慮に入れていな い。しかし相対的な比較は十分可能と考えている。

 QMの3方法の精度があまり良くないのも、予想外と思われる方が多いかもしれない。対 象の33化合物はそれほど極性原子を多数含むものは無いのだが、私見では最近のMOPAC は、エネルギー計算の精度を上げることと、計算可能な原子種を拡大することにのみ注力 し、コンホメーションの計算精度がお留守になっている印象を受ける。

 パラメーター算出時のポテンシャルエネルギー計算にAb Initio法を用いることも検討 したが、HF6-31G**程度ではより良いパラメーターの算出は困難である。もっと高精度の 基底関数を用いることは、計算時間および費用の点で実用性を逸脱する。MM2の力場の 簡易性からも、そのような組み合わせが妥当とは思われない。

1例としてF-CH2-CH2-FのRotational Potentialを計算により求め、実測値と比較した結 果を示す。

図1 回転ポテンシャルエネルギー

実測値ではgaucheがantiより1kal/mol程度安定なのに、用いた3手法の内最も高精度のは ずのHF6-31G*が反対の結果を示す。 ポテンシャルの0,120degの山の高さも実測ではそれぞれ4, 2kcal/mol程度であり、STO-3G あるいはCNDO/2の方がずっと良く合う。 これは1つの例にすぎないが、Ab Initio法を盲信するのは危険であるという主張は了解 いただけるであろう。

 パラメーター算出には経験と細かな操作技術が必要である。すなわち、同じデータ(モ デル化合物)からは、作成者によらず同じパラメーター、同じ計算結果(構造)が与えら れるとは言えない。出発モデル構造のわずかな違いにより、大きく異なった計算結果を与 える例もパネルで示す。計算過程における充分な吟味が重要である。

極めて極性の高いC(SO2CF3)3アニオンのパラメーター算出時の例を示す。
文献に示された結晶構造は図2の通りであり、中心の炭素はほぼ平面状(SP2)である。

  図2 結晶構造


この構造をMM2でシミュレートするため、パラメーター作成用のモデル化合物の構造を 作った。新たに作成するパラメーターのうち、特に困難であったのはT7-18-2-18(O-S-C- S)のRotational Potentialで、モデル化合物のConformationのわずかな違いがパラメー ターの形状に影響し、ひいては最終的に得られる目的化合物のシミュレーションに影響す る。

図3 精度の低いパラメーター/計算結果と精度の高い結果

     

         

このようにパラメーター算出には正確な手続きと細かな配慮を要する。


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Markuped by (S.Yoshida) on 96/8/1.