Summy: JavaTMによるベンチサイドコンピューティングを目指した材料設計支援システムの開発(1)
― 概要と設計 ―

田島 澄恵, 長嶋 雲兵, 細矢 治夫


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1 はじめに

電子計算機と情報ネットワークの飛躍的な発展を背景に、計算化学的理論に基づく計算機シミュレーションによる機能性材料や医薬の設計は、極めて専門的であるにもかかわらず材料設計の分野に広く普及してきた。計算機シミュレーションは、理論や科学的知識に基づいた分子や物質の設計を速やかにかつ安価で安全に遂行することを可能にする。そのため、化学や医薬品産業の側からも計算化学的手法に基づく計算機シミュレーションの有効性への期待は大きく、その普及とさらなる発展を切望している。
今日まで、多くの材料設計支援システムが開発され、化学工業や医薬の設計に貢献してきた。ところが、それらのほとんどは、欧米で開発されたものであり、日本における計算機事情やネットワークなどの情報処理環境を反映しないものであった。材料設計においては、原子・分子のミクロなレベルから物質であるところのマクロなレベルまでの計算化学的情報処理がシームレスに行われることが理想的である。ところが従来の材料設計支援システムのほとんどが、分子軌道計算や分子動力学計算のプログラムに対する入力データを作り出すためのモデリング機能と計算結果の描画機能だけを持つものであったり、ただ単にデータベースから適当な数値を探してくるだけのデータベース検索システムであった。前者は、未知の物質の分子レベルからの解析に必須であるが、計算結果の妥当性の検討や結果の解釈は、計算を行う研究者にゆだねられている。一方、データベース検索システムは、データベースに保存されていない物質に関しては全く無力である。分子軌道計算の計算結果の妥当性の検討や結果の解釈がスムーズに行え、またデータベースに保存されていない物質の物性も信頼性の高い方法で推算できる材料設計支援システムの構築が必要とされている。
現在、計算化学的手法に基づく計算機シミュレーションを用いて材料独自の解析を行なうことは、理論化学者ばかりではなく実験化学者にも可能になってきている。しかしながら、例えば非経験的分子軌道計算では、基底関数の数nの4乗に比例する演算量と補助記憶量を必要とする。そのため、現在のスーパーコンピュータシステムを使っても、演算量およびディスク容量の点からたかだか100原子程度の分子系に適用されているにすぎず、まだまだ生命あるいは化学現象の分子論的解明とそれに基づいた材料や医薬の設計には不十分と言わざるを得ない。また、データベースに関しても充実したデータの蓄積のためにはディスク等の巨大な記憶装置を必要とする。そのため、従来の材料設計支援システムは、非常に巨大な計算機資源を必要としていた。
良く知られているように巨大な計算機資源の導入およびその維持管理には、多額の資金と多くの人手と特別のノウハウを必要とする。そのため、計算機は実験室から離れた計算機室に置かれ、材料設計支援システムは実験化学者から離れたところで管理・運営されている。これは、実験室からの遊離を意味し、実験化学者の材料設計支援システムの導入や利用のハードルの一つとなっている。つまり、実験化学者にとって安価で、維持管理が容易で、実験台に距離的に近い材料設計支援システムの構築が必要である。もちろん、小さな計算から大きな計算まで、また、小さなデータベース検索から大きなデータベース検索まで、シームレスに実行できなければならない。
最近インターネットなどの情報通信ネットワーク資源の普及と充実を背景に、全世界にまたがる広域分散処理が可能となってきている。広域分散処理は、ネットワークを通じて物理的に離れて設置されている計算機資源をあたかも一つのシステムとして利用するというものである。広域分散処理システムはクライアントサーバシステムによって構成されており、クライアントはサーバに大規模計算や巨大データベース検索を依頼する。そのため、広域分散処理環境では、クライアントの計算機は、ネットワークにつながってさえいればノートブックPC等の計算機でよい。また、巨大な計算機システムであるサーバなどの管理運営の煩雑さから一般ユーザを解放する。世界的にみてGrid技術に代表される広域分散処理システムがいくつか提案されているが、日本でも広域分散並列処理を可能とするネットワーク数値情報ライブラリNinf[1]が開発されている。Ninfの特徴は、サーバの高性能な演算性能の利用を可能とするだけでなく、データベース検索もサポートされており、またPC上の表計算プログラムEXCELや数式処理システムMathmaticaなどともシームレスに結合されている。もちろん、従来のFortranやCも利用でき汎用性が高い。
我々は、新規物質開発を担う実験化学者が、未知の物質の様々な物性を広範囲な角度から評価でき、開発目的にあった物質の設計指針を得ることを可能とする材料設計支援システムとして、Summy (Solutions Utilities for Material Mining by Yourself) の設計と開発を行っている。Summyは、分子軌道計算の計算結果の妥当性の検討や結果の解釈がスムーズに行え、またデータベースに保存されていない物質の物性も比較的信頼性の高い方法で推算可能なシステムを目指している。さらに、Summyは、すばやく物質の既知の特性値を実験化学者が得ることと計算機システムの管理運営から実験化学者を解放することを可能とするため、Ninfを基盤技術として、物理的に離れて設置されている各種大規模データベースや高性能計算機を実験化学者の活動の場であるベンチサイドからアクセス可能とする。これらにより、実験化学者にとって安価で取り扱いの容易な材料設計支援システムを構築する。つまりSummyは、物質の物性や機能の評価を、実験化学者が実験台の横でネットワークにつながれたノートブックパソコンを用いて、簡単に何処でも気軽に行うことができるベンチサイドコンピューティングを支援するシステムである。

2 設計方針

Summyの設計方針は、小規模から大規模への継ぎ目のない連続的な情報処理環境の実現にある。先にも説明したように、材料設計には原子・分子のミクロなレベルから物質であるところのマクロなレベルまでの計算化学的情報処理がスムーズに行われなければならない。そのためSummyでは、原子・分子レベルの情報を与える分子軌道計算から、物質レベルの物性推算、工場レベルの化学工学的計算、併せて実験データの整理・解析のツールまでの様々な機能を統合したシステム構成となっている。(Figure 1
また、実際の計算機利用の際に問題となる計算機資源の制限による計算規模の制限の撤廃のために広域分散処理を利用する。広域分散処理のシステムとしては、広域分散並列処理を可能とするネットワーク数値情報ライブラリNinfを利用し、さらに計算機の種類による制限を除くためにプログラムはJava言語で作成する。


Figure 1. System configuration of Summy.

Summyの現在の運用形態は、Summyアプリケーションを各々のノートパソコン等にインストールし、アプリケーション上で分子モデリングや物性推算を行う。さらに、今後は、ネットワークを用いてNinfメタサーバに結合され、各種のデータベースサーバや計算サーバにアクセス可能とする。

3 Summyの概要

ここでは、Summyの全体システム構成と研究者の手元に置かれるフロントエンドシステムの構成について説明する。

3. 1 全体システム構成

Summyの全体システム構成をFigure 2に示す。Summyは、インターネットに結合された広域分散並列処理システムを構成する。広域分散並列処理システム構築は、ネットワーク情報システムNinfを用いて行う。もちろん、すべての計算を広域分散環境で行うわけではなく、実験研究者の手元にある計算機で行える小規模な計算は、フロントエンドシステムを用いて行う。


Figure 2. Overview of Summy.

ここに示すように、材料設計者のベンチサイドに置かれたフロントエンドシステム(ノートPC)は、ネットワークを用いてNinfメタサーバに結合され、各種のデータベースサーバや計算サーバにアクセス可能となる。サーバ上には、Ninf化された数値計算サブルーチンライブラリーや各種のデータベースのみならず、Gaussianや GAMESSを初めとする分子軌道計算プログラムやAMBER, CHARMMなどの分子動力学計算システムが置かれ、巨大な計算機資源を必要とする計算化学シミュレーションを実行する。また巨大なデータベースサーバにもアクセス可能である。Ninfサーバの選択は、ユーザがマニュアルで行うことも可能であるが、通常はNinfメタサーバに適当なサーバの選択を依頼する。
Ninfを用いることの長所は、従来の分子設計支援システムのように、巨大なデータベースや分子軌道計算のような計算プログラムを管理保存するための大規模な計算機資源を持つ計算機環境を研究者の手元に置くことを必要とせず、それらの維持管理運営から研究者を解放することにある。また、各研究所内の計算センターにサーバを置くことも可能である。よって、一般に公開されたデータベースサーバや計算サーバのみならず、独自のデータベースや計算サーバにアクセスすることが可能となるため、イントラネット上での運営により企業内における機密保持や独自の研究推進などの研究のプライバシーが保たれる。

3. 2 フロントエンドシステム構成と機能

Summyは主に、1)分子設計支援、2)物性推算、3)化学工学計算、4)実験データ解析の4つのプログラムシステムから構成され、これらが連続的に結合されている。
これらのプログラム群はJava言語で書かれており、 ユーザーインターフェイスと共にJava applicationの形で実装されているものと、Java appletの形でサーバ上に置かれているものがある。 Java applicationの形で実装されているものは、計算量が軽くPC等でも大きな負荷を持たないものであり、 Java appletの形でサーバ上に置かれているものは、計算負荷が非常に大きくネットワーク上のワークステーションなどに実装される。 Java appletの利用方法は、研究者が必要に応じてappletを選択すると、appletは、サーバから自動的にフロントエンドに送られ起動される。よく知られているように、Java applet実行環境はWWWブラウザにバンドルされており、ユーザから実行環境の整備やプログラムの管理や移植の手間を解放する。Javaで実装され、1)の分子設計支援機能とほぼ同等な機能を持つプログラムとして吉田らが作成しているMOLDA[2]がある。
以下に、Summyを製品化したMolWorks[3]のバージョン1.5をベースとして、今後開発・追加されていく機能を含めたユーザーインターフェイスの画面とそれぞれのシステムを簡単に説明する。

3. 2. 1 ユーザインターフェイス

ユーザインターフェイスも、それぞれのシステムと同様にJava言語で作成されており、マシン依存性がないため、様々な環境での利用が可能となっている。以下に、それぞれの画面について説明する。

3. 2. 1. 1 メイン画面

MolWorksを立ちあげると、メイン画面(Figure 3)が表示される。
メイン画面中のメニューバーの構成は、Table 1に示した要素から成り立っており、それぞれに対応した画面が表示される。

Table 1. メニュー校正
File →NewMolecule画面(Figure 4)に新規分子構築画面を表示
Open...読み込んだ分子をMolecule画面の分子構築画面に表示
Rename...選択中の分子構築画面のタブ名の変更
Close...選択中の分子構築画面を消去
Save As...選択中の分子構築画面を分子構造形式ファイルに保存
Exitシステムの終了の確認ダイアログを表示
View →Status BarStatus Barの表示(Figure 3
WorkbookWorkbookの表示
MoleculeMolecule画面の表示(Figure 4
Periodic Table周期表の表示
Messagesメッセージ画面の表示
MO →MOBasic_MO画面の表示
AnalysisMO計算結果の解析を行う画面の表示
Properties →EstimationEstimation画面の表示(Figure 7
Databaseデータベースへのアクセス, データベースの作成、編集を行う画面
Window →Next
Previous
Help →System Information
About MolWorks


Figure 3. Status bar in the initial window.

3. 2. 1. 2 Molecule画面

File → Newを選択すると、新規分子構築画面を含むMolecule画面(Figure 4)とPeriodic Table画面が表示される。Molecule画面には、主な分子作成機能が組み込まれている。分子構築画面内で分子の構築を行う。Periodic Table画面は、組み立てる分子の原子種の変更をすると共に、選択した原子種の様々な物性値を表示する機能を持つ。


Figure 4. Molecular modeling window

3. 2. 1. 3 File Open画面

メイン画面中のFile → Openを選択すると、Open画面が表示される。Open画面で、読み込みたい構造のファイルを選択すると、自動的に分子構造が分子構築画面に表示されると同時にそのタブにファイル名が表示される。

3. 2. 1. 4 MO画面

MO → Calcを選択するとBasic_MO画面が表示される。Basic_MO画面中で、CNDO/2の計算を行うと、自動的に分子軌道の表示を行う。また、Gaussian/GAMESS/MOPACの基本的な入力データを作成することができる。これらの機能によって、計算化学の専門家以外でも簡単にMO計算を行うことが可能となる。Basic_MO画面中のAdvancedボタンを押すと、MO画面が表示される。MO画面で計算するマシンの設定を行うが、Ninfシステムを用いることによって、ユーザーは詳細な設定を行う必要がない。分子の選択は、プルダウンメニューで行う。また、量子化学計算のインプットデータの作成、計算結果の保存が自動的に行われ、次のステップである解析にもスムーズに移行できる。現在は、CNDO/2の計算と計算結果から得られたダイポールモーメント・分子軌道の表示(Figure 5)が可能であると共に、Gaussian/GAMESS/MOPACの入力データを作成する(Figure 6)ところまで完成している。さらに、Ninfシステムと組み合わせることによって、ネットワーク上のワークステーションなとで計算を行い、結果を表示させることを可能とする。


Figure 5. MO Window(for CNDO/2)


Figure 6. MO Window(for Gaussian)

3. 2. 1. 5 Analysis画面(開発中)

現在、作成中であるが、計算を行った結果を解析するためのツールが含まれる。

3. 2. 1. 6 Estimation画面

Properties → Estimationを選択すると、Figure 7が表示される。MO画面と同様に、推算する分子の選択は、プルダウンメニューによって行う。Pure Propertiesパネルでは純物性についての推算を行うが、この際推算用パラメータとして、現在は、Jobackのパラメータ、Modified Jobackのパラメータの2種類が選択できる。また、それぞれの物性に対する温度変化のグラフを表示することも可能である。PVTパネルでは、2成分系に対するPVT曲線の推算を行う。また、今後含まれる予定であるVLEパネルでは、2成分系に対するVLE曲線の推算を行う。同様にReverseパネルが組み込まれる予定であり、このパネルでは、指定した物性に適応した物質を表示するシステムが組み込まれる。このReverse Engineering機能は、実験化学者にとって、非常に有効なシステムになると考えられる。つまり、通常実験化学者は、自分の経験やそれまでの実験結果から目的とする物質を推測し、その物質に対して実験や様々な計算をおこなって絞り込んでいく作業を行うわけであるが、この機能を利用することによって、目的に添った物質を直接推算し、絞り込んでいけるのである。


Figure 7. Estimation画面

3. 2. 1. 7 Database画面(開発中

このパネルでサポートされる機能は、ネットワーク上に存在する大規模なデータベースへの検索用入力画面と、個人的な小規模なデータベースを作成するための画面である。

3. 2. 1. 8 Help画面

MolWorksプログラムを使用するにあたり必要となるヘルプ機能を追加する。

3. 2. 2 分子設計支援システム

分子設計支援システムは、i)分子モデリング、ii)分子軌道計算、iii)分子軌道計算結果表示の3つのシステムからなる。Molecule画面、Basic_MO画面、MO画面、Analysis画面で主な操作を行う。

3. 2. 2. 1 分子モデリング

分子の入力方法は、IUPACの化合物命名規則や構造式による1次元入力、Draw形式による2次元入力、さらに、結晶構造データベースやGaussianやMOPACKなどの入力用ファイル、計算結果からの3次元入力をサポートする。1次元から3次元、またはその逆も可能とする。
現在のプログラムに実装されている、Draw形式による2次元入力方法をFigure 8に示す。Figure 8に示すように簡易構造最適化機能によって2次元から3次元への変更を用意に行うことが可能である。分子構造最適化は、簡単な力場を用いたMMやExtended Huckelをサポートするが、より詳細な最適化のためには、MOPACやGaussian、GAMESSなどプログラムの入力ファイルをSummyが分子構造から自動的に作成し、これをサーバに送り半経験的または非経験的分子軌道法を用いて分子構造最適化を行うことができるようにする。
分子モデリングは特に即時性を要求されるために、分子構造の表示は簡単なワイアーモデルとBall&Stickモデルと空間充填モデルのみを用意することとした。もちろん、分子の3次元表示や回転、拡大縮小、分子の編集などの機能を持つ。


Figure 8. Procedure of molecular modeling.(ethanol)

タンパク質等の巨大な分子のモデリングの方法は、マニュアル入力とデータベースからの入力が可能とする。前者は非常に多くの労力を必要とするため実用的ではない。ヘテロポリマーや機能性タンパクの設計において、巨大な分子のモデリングの方法の簡易化は非常に大きな意味をもつが、それは今後の課題である。

3. 2. 2. 2 分子軌道計算

分子軌道計算としては、現在のプログラムではCNDO/2が可能である。より詳細な計算のためには、Gaussian/GAMESS/MOPACの入力ファイルを分子構造から作成し、これをサーバに送り分散処理によって大規模な分子軌道計算を行うことができるようにする。
さらに、半経験的分子軌道法でπ系の励起スペクトルをより定量的に再現するために、西本らによって新たに開発されたパラメータを取り込んだPPP法のプログラムを開発する。

3. 2. 2. 3 分子軌道計算結果表示

分子軌道計算結果の表示機能は、3次元分子軌道図の表示(Figure 9)、各種スペクトル表示、振動モードのアニメーション表示、電荷計算、遷移状態構造最適化の初期値生成を可能とする。


Figure 9. Example of orbital display: ethylene p* orbital

高精度な3次元分子軌道図の表示機能は、新たに作成中であるインターフェイスにはまだ組み込まれていないが、順次組み込んでいく。分子軌道図は、反応に関わるHOMOやLUMOの形、ローンペアの分子の構造への影響等、化学反応の理解を深めるのに必要不可欠である。
各種のスペクトルの解析は、物質を同定するために不可欠の分析手法である。IR、ラマン、NMR、UV等のスペクトルをシミュレーションすることにより、化合物の構造解析に役立つ。
また、振動モードのアニメーション表示も可能とする。振動モードのアニメーション表示は、MOPAC、Gaussian等の振動解析計算の結果を利用する。振動レベルを選択するとアニメーション表示が実行される。アニメーション表示中でも、回転・拡大・移動が可能である。アニメーション表示はIR、ラマンスペクトル等の理解に非常に有用である。
電荷計算は、小さい分子であれば、分子軌道法で計算できるが、計算できる原子種が限られること、特に非経験的分子軌道法を用いる場合は、基底関数依存性が大きいこと、溶液系等の大きなシステムには適さないことから、電荷平衡法による電荷計算を取り入れる。計算は積分を簡略化し、窒素、硫黄等にはハイパーバレンスを採用し高速で、精度の高い計算法を確立する。[4]

3. 2. 3 物性推算システム

物性推算システムは、Summyに内蔵される官能基を基に原子団寄与法を用いて行う。分子を画面上で組み上げた(またはファイルとして読み込んだ)際、その分子の官能基の種類および個数を自動的に認識する機能を実装する。さらに、Summy内部で扱う官能基を一般化することにより、推算式自体の一般化を計る。その際、既知の物性推算式を本システム用にパラメーター等を再構築する。また、分子認識情報は、本システムによって計算された化合物に自動的に付与されデータベース化される。こうしたデータベースをNinfで検索することにより、同じ分子が既に計算されている場合、同じ分子を何度も計算する手間を省くシステムとする。
現在計算可能な物性量は、沸点・凝固点・臨界温度・臨界圧力・臨界体積・偏心因子・Zc・密度・蒸気圧・蒸発潜熱である。推算結果は、文字(数値)、グラフ等で表示される。その際、単位系はSI単位系を用いることとする。ただし、従来の単位系もプル・ダウンメニューにより選択可能とする。さらに、推算結果からパラメーターを計算するルーチンを実装する。(例えば、蒸気圧の推算結果からAntone定数を計算する。)
Figure 10に主に物性推算ハンドブックに記載の物性推算式における物理量の関係の概略を示す。推算式は大きく分けて原子団寄与法と対応状態原理に分類される。原子団寄与法では、推算式の一般化を式中に密度を加えることによって行っている。対応状態原理では、臨界定数、沸点を用いて推算式の一般化を行っている。このことは、物性推算で重要なのは、「沸点、密度をいかに精度よく推算出来るか」であることを示している。
物性推算の推算精度向上のためには、パラメータの再構築が必要である。それにはデーターベースの作成が不可欠である。[5]に記載の化合物(500程度)に加え、更に500化合物程度を選択し、それらの物性値に加え、本システムの分子認識情報を含めデータベース化する必要がある。さらに、Summyシステムにより推算された物性値が、データベースに自動的に登録される場合は、Ninfがパラメータの再構築が必要で有るかを判断し、再構築、更新等の作業を行う。


Figure 10. Relationship of predictable properties.

3. 2. 4 化学工学計算システム

化学工学は、最近のプラントの自動運転と計算機による集中管理、すなわち、電装機器、分析機器と計算機のネットワークが一番進んでいる分野であり、情報科学的に見れば、計算規模に大きな広がりがあることが特徴である。つまり、研究者の電卓からスーパーコンピュータまで連続的な計算機利用を必要とする。
化学工学の分野では、計算機利用の環境は整っているものの、取り扱う系が複雑でありかつ大規模である。そのため計算機シミュレーションは個々の場合に特化したものが多く、一般化はされにくい。また、研究の主体が企業であることが多く、成果が表に出にくい。
化学工学の持つ複雑さは、多成分系であることまたは多相系であることに起因している場合が多いため、Summyでは、多成分・多相系が扱えるASOG(Analytical Solutions of Groups)法[6]とUNIFAC(Universal Quasi-chemical Functional Group Activity Coefficients)法を実装する。ASOGグループ対パラメータは43種のグループについて決定されており、使用温度範囲は、303-423Kである。決定されたASOGグループ対パラメータを用いると、炭化水素・水・アルコール・フェノール・多価アルコール・ケトン・エーテル・アルデヒド・エステル・脂肪酸・ギ酸・アミド・ニトリル・アミン・芳香族アミン・ニトロ化合物・芳香族ニトロ化合物・塩化物・フッ化物・ヨウ化物・二硫化炭素・ピリジン・フルフラール・アクリロニトリル・ジメチルスルホキシド・N-メチルピロリドン・チオール・ジメチルホルムアミド・エタンジオール・ジエチレングリコール・スルホランの成分を含む混合液の活量係数を求めることができる。
一方のUNIFAC(Universal Quasi-chemical Functional Group Activity Coefficients)のグループ対パラメータは、50種の種グループが決定されている。UNIFACグループ対パラメータは、ASOGグループ対パラメータとは全く同じではない。決定されたUNIFACグループ対パラメータを用いると、パラフィン・オレフィン・芳香族炭化水素・シクロパラフィ・アルコール・水・フェノール・ケトン・アルデヒド・エステル・エーテル・アミン・芳香族アミン・ピリジン・ニトリル・有機酸・塩化物・芳香族塩化物・ニトロ化合物・芳香族ニトロ化合物・二硫化炭素・チオール・フルフラール・ヨウ化物・臭化物・トリエン・スルホミド・トリクロロエチレン・フッ化物・ジメチルホルムアミドの成分を含む混合液の活量係数を求めることができる。
また、ASOG法で足りないパラメータは、Blends法をSummyのヘルパーアプリケーションとしてインターフェイスを取り、Ninfにより制御することとした。

4 まとめと今後の課題

本稿では、広域分散処理技術を用いた計算機による物質探査支援システム:Summyの設計方針、ユーザインターフェイス、ライブラリ設計・実装に関してその概要を述べた。
Summyは、実験研究者の手元にあるPC上で実行することができ、実験台の側で簡単に行うことができる計算環境を実現する。
今後の課題は、実験データ解析システムの実装にある。Summy内蔵のパラメータを再構築する場合や推算式を一般化する場合、更に高精度の推算式を構築する場合等に各種の数値解析プログラムの整備は不可欠である。
また、データベースからの特徴抽出法として、ニューラルネットワークを用いた特徴抽出技術を開発する。基本的な数値データベースとして、すでに公開されている実験データを参考にして、データベースをSummy内に再構築する。
実応用プラットフォームとして、化学反応性予測と反応経路設計機能の実装があげられるが、これらはすでに船津らによるCHEMICSシステムが大きな成果をあげており、CHEMICSをサーバとする分散システムをNinfを用いて構築し、Summyとの連携を作り上げることでこの課題を克服したいと考えている。
また、先にも述べたようにタンパク質等の巨大な分子の簡便なモデリング法も、今後の課題である。 

多くの助言をいただいた、豊橋技科大の船津公人助教授および後藤仁志助教授、旭硝子の山本博志氏、(株)ベストシステムズ社の後藤成志博士、中山尚史博士に感謝します。

参考文献

[ 1] S. Sekiguchi, M. Sato, H. Nakada, S. Matsuoka, U. Nagashima, -Ninf- : Network based Information Library for Globally High Performance Computing, Parallel Object-Oriented Methods and Applications (POOMA), Santa Fe (1996).
[ 2] H.Yoshida H. Matsuura, J. Chem. Software, 4, 81-88 (1997).
H. Yoshida et al., MOLDA,
http://molda.chem.sci.hiroshima-u.ac.jp/molda-e/win/intro.htm
[ 3] MolWorks: http://www.molworks.com
本稿で述べた機能のうち、広域分散処理機能を除く機能の大部分が公開されている。
[ 4] A. K. Rappe and W. A. Goddard III, J. Phys. Chem., 95, 3358-3363 (1991).
[ 5] R.C.リード、J.M.プラウズニッツ、T.K.シャーウッド, 「気体、液体の物性推算ハンドブック」第3版, マグロウヒル.
佐藤一雄, 「物性定数推算法」, 丸善.
大江修造, 「設計者のための物性定数推算法」, 日刊工業新聞.
W. J. Lyman, W. F. Reehl, D. H. Rosenblatt, Handbook of Chemical Property Estimation Methods, American Chemical Society, Washington, DC.
D. W. Van Krevelen, Properties of Polymers, ELSEVIER.
[ 6] 荒井康彦、宮本明、亀山秀雄、山口兆, 「計算機化学工学」, 新体系化学工学.
斎藤正三郎, 統計熱力学による「平衡物性推算の基礎」(補訂版), 培風館.
化学工学協会編, BASICによる「化学工学プログラミング」, 培風館.
小島和夫、栃木勝己, ASOGによる「気液平衡推算法」, 講談社サイエンティフィク.
浅野康一, パソコンで解く「化学工学」, 丸善.


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