MOPACによるオゾンクラスターO6・O9)の検証

村井 昭, 中島 剛, 田原 徳夫


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1 はじめに

オゾンは空気または酸素ガスから電気放電により造られ、酸化剤として浄水場での殺菌、脱色、脱臭作用による水の浄化および脱色作用を利用したパルプの漂白等に利用されている。
現在、オゾンの貯留技術は1.ガスのまま高圧で貯留する方法、2.吸着剤に低温でオゾンを吸着させ、加熱して脱着する方法、3.吸着剤に高圧でオゾンを吸着させ、減圧して脱着する方法の3方法に大別される。ところが、1.のガスのまま貯留する方法では貯蔵密度が低く大量のオゾンを貯蔵できない。2.、3.およびその複合方法では脱着に要するエネルギーが大きく、その制御も複雑になる。このためオゾンを大量に貯蔵し利用する設備を構築することは困難であった。
我々はオゾン貯蔵の実験的研究において、オゾンのシリカゲルへの吸脱着が室温・常圧に近い一定温度、一定圧力下で起こること、脱着の際にエネルギー供給は不要で、酸素を供給することだけで簡単にオゾンを取り出せることを見いだした[1 - 3]。このとき脱着したオゾンは、オゾン発生器からのオゾンと異なる性質を持っていた。第1は、脱着オゾンが衣服に付着したときにオゾンと異なる臭いを長く保持したこと、第2は、脱着オゾンが普通のオゾンより比重が大きいと思われたことである。なぜなら、実験室内のオゾンの漏れ警報機の感度を落とさないようにするために、そのガス吸入口を床の直上に置き直す必要があった。本論文ではオゾンクラスターの存在の可能性をMOPAC等による計算機シミュレーションによって検討し、その結果エネルギー的に存在する可能性が示されたので、このオゾンクラスターの存在をフロンガスとの比重差による分離およびGC/MSを用いた質量分析により実験的に検証することを試みた。

2 半経験的分子軌道法(MOPAC)による計算

脱着オゾンが普通のオゾンより比重が大きいことが事実ならば、可能性の一つにオゾンクラスターの形成が考えられる。この可能性を検討するため、MOPAC (PM3法)による会合エネルギーの計算を行った[4]。一般に半経験的分子軌道法は通常の化学結合からなる物質を対象にし、van der Waals相互作用のような弱い結合によるクラスターを対象とはしない。しかし、半経験的分子軌道法の中のPM3法は、弱い水素結合により形成される水の二量体について妥当な結果を与えることが知られている[5]。このことから、定性的にはPM3法によってもオゾンクラスター形成の可能性について検討できる見込みがあると思われる。この考えは、後に述べるように、PM3法の結果を非経験的分子軌道法の結果と比較することによって一部裏付けられる。
PM3法による計算は以下の環境で実施した。
プログラム:「WinMOPAC ver.2」(富士通株式会社)
計算機:「DELL Dimension XPS D333」
         (デルコンピュータ株式会社)
基本ソフトウェア:「Windows 95」
          (マイクロソフト株式会社)
Figure 1にオゾン2分子からなるクラスターの構造最適化を行った結果を示す。2つのオゾン分子の空間配置は、それぞれの分子面が互いに90゜の角度で交わり、結合距離は10−30:3.426Å、10−20:3.944Å, 10−40:3.437Å、オゾンの中心酸素と端酸素の間の距離は1.223Å、結合角は∠516:113.9°、∠324:113.7゜であった。これらの値はオゾン単分子についてのPM3法による計算値(1.223Å、114.0°)にほぼ一致し、実験値(1.272Å、116.8°)に近い。オゾンの分子間(10と20)の距離を 3.8〜16.0Åの間で変化させて系の生成エネルギーを計算した。系のエネルギーは分子間距離4.0Åのとき最低値を示し、16.0Åのときのエネルギー差0.94 kcalを会合エネルギーとした。このように分子間距離が4.0Åと長いので、その小さな会合エネルギーは2つの分子のvan der Waals相互作用の結果と思われる。


Figure 1. Optimized geometry and its energy of ozone dimer O6

オゾン3分子からなるクラスター(O9)についてもPM3法で計算した。その結果をFigures 2 - 5に示す。Figure 2の三量体はオゾンの端酸素に2.063Åの距離でFigure 1のクラスターが会合した形をしていて、第2、第3オゾンの中心酸素間の距離は3.8Å、第2オゾンの二つの端酸素と第3オゾンの中心酸素との距離は3.288Åである。第2と第3オゾンとの会合エネルギーは1.3 kcalであった。系が大きくなったために、van der Waals相互作用がより大きくなったと考えられる。


Figure 2. Optimized geometry No. 1 and its energy of ozone trimer O9

Figure 3は、Figure 1の二量体の第2オゾンの端酸素に第3オゾンが同一分子面上で会合した形を持つより安定な三量体を示す。第2オゾンの端酸素と第3オゾンの中心酸素との距離は3.23Åで、会合エネルギーは1.4 kcal/molであった。


Figure 3. Optimized geometry No. 2 of ozone trimer O9

Figure 4はさらに安定な三量体を示し、オゾンは全てほぼ同一平面上にある。第2オゾンの端酸素と第1、第3オゾンの中心酸素との距離はいずれも3.35Åであった。


Figure 4. Optimized geometry No. 3 of ozone trimer O9

Figure 5は最も安定な三量体の最適構造であり、中心酸素間の距離は、上の二つのオゾンでは2.973Å、左上と下のオゾンでは3.415Å、右上と下のオゾンでは3.283Åであった。空間配置として、下のオゾンは上二つのオゾンの分子面にほぼ垂直であった。


Figure 5. Optimized geometry No. 4 of ozone trimer O9

3 非経験的分子軌道法(Gaussian)による確認

上述のように、PM3法による計算で、オゾン分子間には1 kcal/mol程度のvan der Waals相互作用があり、それによる二量体または三量体の形成の可能性と、その可能な構造のいくつかが明らかになった。一般にPM3法はこのような弱い相互作用を扱うことはできないと考えられているが、水素結合のような弱い結合も取り扱える以上、van der Waals相互作用による会合体の形成についても定性的な議論ができる可能性がある。そこで、PM3法で得られたエネルギー値の定性的な妥当性を検討する目的で、非経験的分子軌道法によってオゾン二量体を計算し、両者の結果を比較した。すなわち、Foresman と Frisch[6]に従って6-311+G(d)の基底を用い、MP4法とQCISD(T)法により会合エネルギーを計算し、その結果をPM3法の結果と比較した。計算に当たって、各オゾン分子における酸素−酸素結合距離を1.298Å、結合角を116.7゜に固定したが、これらの値はオゾン単分子について最も良い結果を与えたQCISD(T)法による計算結果である[6]。二つのオゾン分子の中心酸素間の距離を変えて系のエネルギーを計算し、Figure 6にPM3法の結果と併せて示した。
なお、このときの計算には以下のものを使用した。
プログラム:「Gaussian 94W」   (Gaussian Inc.)
計算機:「DELL Dimension XPS T700r」
         (デルコンピュータ株式会社)
基本ソフトウェア:「Windows 2000 Professional」
          (マイクロソフト株式会社)


Figure 6. Association energy of ozone dimer O6 (calculated by MOPAC and Gaussian)

ここでは定性的な妥当性の検討を目的としているので、PM3法で得られた値、MP4法とQCISD(T)法による値を温度補正することなくそのままプロットした。図から明らかなように、PM3法のプロットにおける谷の広がりが他に比べて若干広いことを除くと、いずれも0.94〜1.12 kcal/molの同様な会合エネルギーを与え、しかもクラスターの構造を決定するエネルギー極小における分子間距離が一致する。このようにPM3法とMP4法やQCISD(T)法による計算結果がほぼ一致したことは重要であり、このことは、会合エネルギーの小さなクラスターについてもPM3法を最適構造のスクリーニングなどに用いることができることを示す。

4 比重による検証

計算化学的に形成が示唆されたオゾンクラスターの実験的な検証のため、最初に、ガスの比重差によって生ずる現象を観察することを試みた。すなわち、今、比重の小さな流体の上に比重の大きな流体を載せた場合、後者は適当な塊を作って比重の小さな流体の下に沈み、下部にその層を作るであろう。そこで、断面積100cm2 、高さ110cm、容積11リットルのガラス容器に分子量120のフロンHFC-125を満たし、上部にオゾンを飽和吸着したシリカゲル(−20℃に冷却したシリカゲルに濃度100g/m3のオゾンガスを流し、飽和するまで吸着させた)を充填したインピンジャーを接続した。容器の内外に圧力差が生じないように、容器の上部は直径6mmのパイプで外部と導通させた。
この装置を15℃に保った恒温室に入れ、シリカゲルの色の変化から50%以上のオゾンが脱着したと判断された15時間後に、ガラス容器中の各部から直径6mmのテフロンパイプを用いて各200mlのガスを採取した。それをKI溶液に注入し、遊離ヨウ素量からオゾン量を測定した[7]。その結果をFigure 7右側に示す。図から分かるように、オゾンの濃度は中・底部で高く、したがって、シリカゲルからの脱着オゾンの比重は分子量120のフロンより重く、三量体(分子量144)以上のオゾンクラスターが含まれていたことが示唆された。


Figure 7. Results of separating ozone clusters using their weights

5 質量分析による検証

シリカゲルから脱着した気体中にオゾンクラスターが含まれるかどうかをさらに検討するため、脱着気体をGC/MS分析し、質量数32、48、96、144(それぞれ、酸素、オゾン、オゾン二量体、オゾン三量体の質量数に対応)のイオン強度の経時変化を測定した。このとき、GC/MSの分析カラムには内径0.2mm、長さ20mの石英キャピラリーを用いた。この結果をFigure 8に示す。この図においては、上から下へと、総イオン(質量数30〜150の総和)、質量数32、48、96、144のイオンの強度の経時変化を順に並べて示した。縦軸は総イオン量に対する割合、横軸は経過時間であり、GC/MSに注入された気体は石英キャピラリーを通過して約40秒後に質量分析部に到達している。その後、ピークを持った山形の波形を描き、この部分の面積が当該質量数の分子のイオン数になる。山高さは、それぞれ86%、0.95%、0.17%、0.04%であった。酸素を注入して測定したバックグラウンドには質量数48、96、144のピークが観測されないことから、これらの質量数のピークが観察できたことは、シリカゲル脱着気体中にオゾンの二量体や三量体が含まれていたことを示していると思われる。しかし、注入気体中の酸素、オゾン、オゾン二量体、オゾン三量体の割合は、試料が試料注入部、石英キャピラリー、キャリアーガス分離部、質量分析部を通過する課程で変化したものと考えられ、測定された組成はシリカゲル脱着気体の組成と異なっていると思われる。
GC/MSによる質量分析を行う際、酸素やオゾンがガスクロマトグラフ部分の石英キャピラリーに一部吸着・貯蔵されるため、測定手順を以下のようにした。第1にバックグラウンドを測定する。第2に酸素ガスを100μLずつ10回注入し、その後、酸素ガスを10μL注入して質量分析計で質量数32、48、96、144の強度を測定する。これを繰り返して質量数32のピーク強度が一定になったとき、酸素の石英キャピラリーへの吸着が飽和に達し、注入酸素が全量質量分析部分に到達すると判断した。第3は、第2と同様の方法でシリカゲルからの脱着気体を注入し、質量数32、48、96、144の強度を測定した。
GC/MS測定の再現性を高めるために、石英キャピラリーは測定の都度新品を使用した。また、脱着気体の注射器などへの移し替えの際は、ガラス部分への吸着を考慮して、容器は事前に当該ガスで3回以上洗浄した。なお、空気中の窒素はオゾンと反応し、その影響が大きいため、装置全体をヘリウムガスの雰囲気中に置くことが望ましいが、今回の実験では実施しなかった。


Figure 8. Results of measurement using GC/MS

6 まとめ

シリカゲルから脱着したオゾンの特異性からオゾンクラスターの形成を推定し、その可能性を検討するためにMOPAC(PM3)による計算を行った。その結果、オゾンクラスターの形成エネルギーと最適構造が推定できた。また、二量体についてはGaussianによる計算を行い、PM3法の結果とほぼ一致する結果を得た。この事実から、弱いvan der Waals相互作用による会合体についてもMOPAC(PM3)計算によって定性的な議論が可能と結論した。推定されたオゾンクラスターの存在を実験的に検証するため、フロンとの比重差による分離およびGC/MSによる質量分析を試みた。この結果、シリカゲル脱着気体中にオゾンクラスターの痕跡を発見した。このクラスターをKEPCO(Kansai Electric Power Composed Ozone-cluster)と名付けたい。今後、オゾンクラスターを同定し、MOPAC(PM3)による計算結果との定性的な一致を確認し、半経験的分子軌道計算がクラスターの定性的な取り扱いに有用であることを示したい。

参考文献

[ 1] 村井 昭, 田原徳夫, 中島 剛, オゾン貯蔵による電力負荷平準化, 電気設備学会誌, 21, 516-522 (2001).
[ 2] 村井昭, 田原徳夫, 中島剛, 電力負荷平準化を目指したオゾン貯蔵メカニズム解析と貯蔵シミュレーション, 電気学会誌, 122-D, 223-234 (2002).
[ 3] Akira Murai, Norio Tahara, Tsuyoshi Nakajima, Ozone Storage Oriented to Power Loads Leveling, The journal of the international ozone association (Ozone: Science & Engineering), 24, 171-180 (2002).
[ 4] CCS研究会編, コンピュータケミストリー−基礎と応用−, 化学工業日報社 (1993), pp. 3-12.
[ 5] 平野恒夫,田辺和俊編, 分子軌道法MOPACガイドブック−3訂版−, 海文堂 (1998), pp. 30-33.
[ 6] Foresman, J. B. and Frisch, AE, Exploring Chemistry with Electronic Structure Methods, 2nd ed., Gaussian Inc., Pittsburgh (1996), pp. 35 and 118.
[ 7] 杉光英俊, オゾンの基礎と応用, 光琳 (1996), pp. 64-66.


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