
Figure 1. Changes in the birthrate and in the population rate according to age, from 1920 to 2001 in Japan. Data were from "Summary of Vital Statistics" in Statistics and Information Department, Minister's Secretariat, Ministry of Health, Labour and Welfare, Japanese Government [1].
ヒトで先天異常が発生する確率は新生児の約3〜4%と報告されている[5].そのうち,明らかに環境因子が原因と考えられるものは10%未満であり,さらに医薬品や環境化学物質などによるものは1%程度と推定されている.1960年代初頭のサリドマイド禍以来,妊娠中の薬物服用で胎児に先天異常が誘発される場合があることが広く知られるようになった.しかし一般に,どのクスリにも催奇形性があると思い込んでいる人が多く,薬物による先天異常が過大に評価され恐れられる傾向にある.Figure 2は,1996年11月から1977年3月の間に,NTT東日本関東病院産婦人科に来院した150人の初産婦に対して妊娠とくすりに関する意識についてアンケート調査を行った結果である.54%の妊婦が,妊娠に気づかずクスリを服用したと答え,そのうち95%が生まれてくる子供に対するクスリの有害作用を心配していた.現在もなお,単に「妊娠に気づかずクスリを服用してしまった」として夫婦ともに強く中絶を希望するケースが多い.

Figure 2. Consciousness of primiparas regarding "drugs in pregnancy". The questionnaire was administered to the 150 primiparas who visited the obstetrics and gynecology section of NTT-East Kanto Medical Center between November, 1966 and March, 1977.
このような妊婦の不安を解消し,無用な生命の中断を防ぐ意味でも,妊婦への適切な情報提供と指導が望まれる.しかしながら,わが国には,TERIS (Teratogen Information System,米国)[6], Motherisk(カナダ)[7],OTIS (Organization of Teratology Information Services,オーストラリア)[8]のような薬物催奇形性に関する情報提供機関が設立されておらず,薬物の胎児への危険度を評価するために必要な情報があまりにも不足している.この情報不足こそが医療関係者による適切な助言を妨げ,妊婦の不安を助長する要因となっている.
サイドマイド薬害を教訓として,1963年,旧厚生省により,医薬品の製造(輸入)承認申請に際し動物による催奇形性試験が義務づけられ,1989年には毒性試験のガイドラインも定められた.これにより,医薬品の研究開発において生殖・発生毒性に関する試験が必ず実施されるが,試験の結果,開発が中断された薬物に関する情報は広く有効に利用されることなく各製薬企業の研究所に眠っているのが実状である.
また,2000年12月の医薬品GPMSP改正により,従来の市販後調査に加えて,2001年10月1日から新たに市販直後調査が義務付けられ,特に新薬発売後6ヶ月間の医薬品の副作用・感染症報告が強化された.しかしながら,未だ,臨床現場から催奇形性情報を含めた医薬品安全性情報が効率的に収集・提供され,医薬品開発にフィードバックされているとは言い難い.

Figure 3. Chemical formulas of a teratogenic compound, thalidomide and an environmental endocrine disrupter, phthalic acid.
近年,創薬の流れが変わりつつあり,新薬開発には,コンビナトリアル合成やハイスループットスクリーニング等のロボットを使ったラボラトリーオートメーション技術と情報化学的解析技術が導入されている.しかし,国内製薬企業18社が1996年から5年間に探索合成した422,653化合物のうち,前臨床試験まで進んだのは238個であった[14].A社によると,前臨床試験で約13%の化合物に遺伝子毒性(Ames試験と小核試験で陽性)が認められたと言う[私信].続いて臨床試験が開始されたのは162個で,最終的に医薬品として承認されたものはわずか63個であった.このうち自社開発で上市されたものは35化合物にすぎず,新薬開発の成功率は実に12,076分の1と低いことから,今後の開発効率の向上が望まれている.
薬物による催奇形性は,頻度は低いが薬物治療において決して起こしてはならない副作用である.そこで,有用な催奇形性化合物情報DBがあれば,催奇形性のある化合物,あるいはその疑いのある分子については,予め候補化合物ライブラリーから除外することが可能である.また,催奇形性化合物情報DBを利用して,定量的構造活性相関等の手法を用いてデータマイニングの過程で疑いのある化合物を予測し,除外することができる.さらに,生殖・発生毒性関連の様々な試験結果や臨床症例を新たな催奇形性毒性情報としてDBに加えることにより,DBは更に成長していくことになる.このように,創薬の現場においても,「先知恵」としての催奇形性情報は極めて重要な意味を持つ.催奇形性に関する毒性・副作用情報がドラッグデザインの中に組み込まれることによってはじめて,効率的な新薬開発がなされ,一般市民・妊婦にとっても安全な医薬品が誕生することになる.

Figure 4. Circulation of information in the bi-directional and growing information community for teratogenic agents.
双方向とは,従来の成書やCDのような一方向的な情報提供ではなく,市民,薬剤師,医師,製薬企業,大学等公共機関からの情報の送受信,情報の共用を意図している.様々なコミュニティメンバーを対象とするため,利用層に合わせた階層構造を持つ広域分散型のDBとしてシステムを管理することになる.症例,分子構造と活性などの多様な情報を安全に交換,蓄積,利用できる環境を実現するために,データ記述言語XMLとデジタル認証技術およびデータマイニング技術を活用し,情報の安全性を確保する必要がある.
本システムにおけるもう一つの重要なコンセプトは,成長・知識獲得である (Figure 5).催奇形性に関する情報は,コミュニティから集積し,DBに登録される.市販医薬品の臨床症例情報については,登録される文書情報の信頼度レベルを審査するため,情報評価専門委員会による審査制度を考えている.市民からの苦情のようなものも,服薬に関する意識調査として貴重な情報となる.特に,妊娠初期に服薬したにもかかわらず異常の認められなかった症例のように,これまで収集されることのなかった無数の情報の蓄積は,妊婦の薬物治療に有益な科学的根拠を与えるものとなる.また,新規化合物については,情報化学的手法を導入し,定量的構造活性相関・分子情報化学的解析・生物的等価性などによる化学構造類似性評価を行い,催奇形性予測度をスコア化することにより,ドラッグデザインに利用することができる.

Figure 5. Outline of the system with growing and knowledge acquisitioning process.
このように,双方向・成長型薬物催奇形性情報コミュニティでは,単にDBを拡大させるのではなく,サイエンスにおけるInformationからKnowledge,そしてWisdomの獲得・成長を一般市民と共に実現することをゴールとしている.

Figure 6. Database system for the teratogenic agents.
本薬物催奇形性情報データベースの作成に当たり,医薬品一般名,販売名,製造・販売会社名,規格,薬効分類名,及び妊婦・産婦・授乳婦等への投与時の使用上の注意,化学構造式,CAS(Chemical Abstracts Service)登録番号,及び薬物催奇形性に関する研究報告等の項目を設定した.これらの情報を収集・整理・評価するため,医薬品の添付文書やインタビューフォーム,The Merck Index,成書Catalog of Teratogenic Agent,及びMedlineを情報源とした.今回作成した薬物催奇形性情報に関する試用データベースは,Webブラウザを介して,テキストだけでなく薬物の化学構造式も検索条件とすることが可能であった.
さらに,Webブラウザを介する症例登録機能についても,Active Server Pages(ASP)を利用したシステムを構築し検討を行った.登録項目は,今回,医療関係者を対象とする項目を設定し,テキスト情報の登録を行えるものとした.その結果,クライアント側から,登録者や薬物催奇形性に関する様々な情報をデータベースに登録する事が可能となった.
本試用DBにより,インターネットを介した化学構造式を含む薬物催奇形性情報の提供だけではなく,クライアントによるWebブラウザからの症例・研究情報の登録等もできる,双方向通信機能を持つDBシステムの構築が可能であることを確認した.本システムは,薬物催奇形性情報コミュニティの基盤となるものであり,その実用化に向けた準備を開始している.
本研究の一部は,徳島大学薬学部研究助成金によって支援され,文部科学省科学研究費補助金 (萌芽) 15659039により行なわれた.