環境影響を考慮した化学プロセス設計のための統合情報基盤

平尾 雅彦, 杉山 弘和


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1 はじめに

人工的に合成された化学製品は、プラスチック、医薬、肥料など広く人類の生活に役立っているにもかかわらず、その生産に伴う不適切な排出物質による公害問題、近年の環境ホルモンや化学物質過敏症など不安を与える要素にもなっている。また、多くは化石資源である原油由来の原料と燃料から製造されており、製品自体の使用後の廃棄物問題も存在する。化学産業ではレスポンシブルケアなどで、地球環境への取り組みを推進しているが、社会からの批判は絶えない。
Eissen[1]らは、化学産業が地球持続性に貢献するためには、化学製品と化学プロセスにおけるイノベーションが重要であることを示し、プロピレンオキサイド製造における直接酸化触媒や再生可能資源原料への転換、新規分離プロセスなどを例としてあげている。さらに、それらの技術評価として、経済性と社会性、環境影響を統合した観点からの評価手法の必要性、環境影響評価については、製造プロセスからの排出ばかりではなく、ライフサイクルアセスメント(LCA)による総合的な評価の必要性が示されている。このような技術イノベーションと社会性を含む適切な評価によって、化学製品が人間社会に貢献し、それを社会に示すことができる。
本論文では、化学製品や化学プロセスの開発における早い時期に環境影響評価を取り込む方法について検討し、計算機支援の役割とその統合による技術基盤の必要性を議論する。化学プロセスの設計には、原料や反応、プロセスの基本構成を決める概念設計から機器のサイズまで決定する詳細設計に至る様々なフェーズがあるが、環境影響を最後に検討することは従来のいわゆるEnd-of-Pipe処理の発想であり、自由度の高い早期に検討することが技術イノベーションによって地球持続性に貢献することにつながる。最後に、PETボトルのケミカルリサイクルプロセスの設計という問題を実例として示す。

2 ライフサイクル

近年、LCAと呼ばれる、製品の原料から製造、使用、リサイクル、廃棄までの製品ライフサイクルを評価する考え方、手法が広まってきた。ISOでも14040シリーズとして環境マネジメントのためのツールとして位置づけられ規格化されている[2]。例えば、自動車について見てみると、鉄鉱石から鋼板を経てボディになり、原油からナフサ、エチレンを経てプラスチック部品になり、それらを組み立て、化学製品である塗料で塗装し、製品としての自動車になり、石油から精製されたガソリンを燃料として利用し、廃車後はスクラップとなって再利用されたり、埋め立てられたりする、という製品の「ゆりかごから墓場まで(Cradle to Grave)」を通して環境影響を考える。自動車の場合は、一般的な条件では使用時に消費する燃料とそれに伴って排出される物質の影響が大きく、燃費の向上や排ガス浄化に大きな意味があることを定量的に解析できる。このような観点から、軽量部材の開発、排ガス浄化触媒の開発、燃料電池の開発といった技術イノベーションの意義が明確となる。もちろん、ライフサイクルといっても産業活動や消費者活動はすべてなんらかの繋がりがあり、本当にライフサイクルすべてを考慮することは大変難しく、どこかで境界を設定することになる。
Figure 1には化学プロセスを中心とした、様々なシステムバウンダリーを示した。「環境問題への対応は各種の法規、規制を遵守すること」とする考え方は、Process Viewの範囲での考え方であり、End-of-Pipe技術と呼ばれる排出前の処理技術の導入という手法が代表的である。Gate-to-Gate Viewでは、排出物の処理までも同じバウンダリーとして考慮するため、環境を考慮した反応や分離を選択する可能性が出てくる。Cradle-to-Gate Viewでは、資源消費のレベルまで考えるため、原料選択にも環境考慮の可能性が出てくる。Cradle-to-Grave Viewになると、製造した製品の廃棄やリサイクルまでも考慮してシステムを決定することになる。


Figure 1. Extension of system boundary.

このような製品ライフサイクルと並んでプロセスライフサイクルがある。これは、製品開発から始まり、製品製造プロセスの設計、プロセスの運転、プロセスの解体・廃棄までのアクティビティのライフサイクルである。Figure 2 に示したように、製品ライフサイクルとプロセスライフサイクルはプラント運転というアクティビティを通して関係している。これらのアクティビティの中では様々な意志決定が行われている。そして、その意志決定を支援する計算機支援ツールが存在する。化学製品開発においては、量子化学や分子動力学計算のような分子シミュレーション、反応予測、物性予測、流体力学計算、そして、これらに関わるデータベースが利用されている。化学プロセス設計においては、単位操作の合成によってプロセスをモデル化し、物質収支や熱収支を計算するプロセスシミュレータ、運転や制御設計のためのダイナミックシミュレータ、物性や反応データベースが利用される。最近のプロセスシミュレータでは、経済性評価やその最適化までも含むものがある。プロセス運転でも、プラント制御はDistributed Control System(DCS)と呼ばれる計測器と計算機が有機的に結合されたシステムが利用されている。


Figure 2. Process and product life cycles.

しかしながら、これらの計算機支援ツールは、各アクティビティの中で利用されるものであり、相互に情報を統合的に利用するものではない。特に製品ライフサイクルに関わる環境情報を取り込んで利用するような仕組みは存在しない。

3 LCAに基づくプロセス設計手法

化学製品を製造する化学プロセスは、Figure 3のように、問題の定式化、代替案生成、プロセス解析と評価、最適化、感度解析という手順で進められる[3]。この図は、機能モデル言語IDEF0によって記述されている。IDEF0は、Figure 4に示すアクティビティへの入力(Input)と出力(Output)、制約(Control)、メカニズム(Mechanism)を要素としてビジネスやソフトウエアの手順をモデル化するものである。Figure 3のA2で生成した複数代替案についてA3でプロセスシミュレータを用いて物質・熱収支を求めプロセス解析し、評価する。ここで、コスト評価と並行してLCA評価を行う。このA3のアクティビティを詳細化したモデルがFigure 5である。LCA評価(A32)では原料、製品、ユーティリティなどプロセスの全入出力物質のライフサイクルをモデル化し、評価に必要なデータを取得する。評価結果の解析(A33)では各設計案の経済性、環境性能を多目的評価結果として得て、最適化や詳細設計をすべきプロセスが決定される。決定できない場合は、Figure 3に示すように、代替案の再生成という要求をA2の代替案生成にフィードバックする。その際、目標とする性能の達成度や不確実性などに応じて代替案の再生成やデータの再収集が行われる。また、最適化、感度解析を経て最終案として適切なプロセスが選択できない場合は、問題の再構成までフィードバックされる。


Figure 3. Activity model of process design.


Figure 4. IDEF0 Activity model.


Figure 5. Activity model of alternative evaluation.

4 ケーススタディ

これまで検討したプロセス設計手法にしたがって、PET樹脂のケミカルリサイクルプロセス設計についてケーススタディを行った。Figure 6に示すように、本プロセスは、洗浄・破砕された使用後PETボトルを、エチレングリコールを用いて分解し、その後の処理反応によってジメチルテレフタル酸(DMT)、高純度テレフタル酸(PTA)のモノマーを得る[4, 5]。これらのモノマーは、繊維もしくはボトル用途の重合原料として再生可能だが、モノマーによって再生製品が異なるため、反応の選択はPET樹脂のライフサイクルに影響する。これらの反応プロセスの選定は、Figure 3におけるA2にあたり、実験、理論計算、反応予測、あるいは論文、特許などがツールとなる。これらの代替案をFigure 3におけるA3で評価するために、各プロセスのフローシートを商用の化学プロセスシミュレータASPEN[6]により設計し、プロセスの入出力関係を得た。さらにプロセス導入後に変化の起きる、バージンモノマー製造部、焼却部についてインベントリデータを取得し、ライフサイクルをモデル化した。導入後のライフサイクルCO2削減量を目的関数として評価し、Figure 7を得た。リサイクルのためにエネルギーを消費するのでCO2排出量は増加するが、リサイクルする分、焼却が削減され、バージンモノマーの生産が削減されるので、総計としてCO2が削減されることに注意する。この結果、いずれのプロセスを選択してもCO2排出量は削減されることがわかったが、Option1が他の代替案に対して優位と分かった。現実のプロセスとするためには、ここでコスト評価も実施しなければならない。ここで用いられたプロセスシミュレータやLCAツール、経済性評価ツールは、A3でのツールとして統合が望まれる。さらに、選択されたプロセス案について"A4:最適化"、"A5:感度解析"が実行され、最終的なプロセスフローシートとなる。


Figure 6. Life cycle alternatives for PET chemical recycling.


Figure 7. LCA results for each option.

5 まとめ

このケーススタディでは、プロセスの選択は反応の選択に他ならないが、ライフサイクルを選択していることにもなっていることが重要な点である。目的製品が与えられたとき、反応を選択し決定することは、原料と生成物、使用する触媒などを決定することになる。それは、反応器やそれに続く分離精製プロセスに影響を与え、ひいては製品ライフサイクルに影響を与える。逆に、製品ライフサイクル情報は、反応を選択する際に必要な情報となっている。計算機支援という視点から見ると、Figure 8のように、反応から単位操作、プロセス、ライフサイクルまでを階層的に支援する仕組み=情報基盤が求められる。このような情報基盤の上で、Figure 3のような設計アクティビティを繰り返し実行することで、環境影響を考慮したプロセス設計が可能となり、有機的に統合されたことになる。


Figure 8. Hierarchical structure of models and tools for the integration of product and process life cycles.

本論文では、化学プロセス設計を取り上げたが、Figure 2に示すように、製品設計、反応設計においても同様なアクティビティモデルの構築とそれを支援する統合設計環境が可能と考えられる。例えば、反応経路がすべて予測できれば、同じ製品の製造について、原料、副生成物の情報を持つ代替案が生成できることになり、これらから環境影響を評価しながら代替案選択を実行可能になると考えられる。化学産業における設計から生産までのすべてのアクティビティを、地球持続性を考慮した形で統合するためには、統合情報基盤の上での計算機支援が欠かせない。

参考文献

[ 1] M. Eissen, J. O. Metzger, E. Schmidt and U. Schneidewind, Angew. Chem. Int. Ed., 41, 414 (2002).
[ 2] ISO 14041 (2000) Switzerland
[ 3] J. A. Cano Ruiz, G. J. McRae, Annual Review of Energy and the Environment, 23, 499 (1998).
[ 4] T. Adschiri, et al., Kagakukougaku Ronbunshu, 23, 511 (1997).
[ 5] http://www.teijin.co.jp/japanese/news/2001/jbd011217.htm
[ 6] http://www.aspentech.com/


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