分子動力学シミュレーションによるアルキル基側鎖を有する液晶ポリエステル層状構造の作成

福田 光完, 玉井 良則, 桑島 聖


Return

1 緒言

高分子の動的構造をミクロな視点から知る上で,分子動力学(MD)シミュレーションは,極めて有効な手段である。従来,多くの高分子固体を対象としてMDシミュレーションが行われてきたが,それらの多くは無定形高分子あるいは,結晶性高分子の非晶領域を対象とした研究であった。最近では高分子結晶に対してもMDシミュレーションは活発になっているが,高分子液晶のように,特殊な高次構造を呈する高分子についての報告例は非常に少ない。この理由として,実験から明らかにされている高次構造を,分子オーダーで再現するためには,系の大きさや作成方法を始めとして種々の検討事項が要求されるためであろう。
本研究では高分子液晶の一例として,柔軟な側鎖を有し剛直な主鎖からなる液晶ポリエステルに対するMDの結果を報告する。ピロメリット酸の1,4-ジアルキルエステルと,4,4'-ビスフェノールからなる全芳香族ポリエステル(以下B-Cnと記す)は,温度に依存して異なる液晶相を示すサーモトロピック液晶高分子である[1, 2]。これまで側鎖アルキル鎖の炭素数が6から18の場合には,ある温度領域で主鎖のポリエステル鎖が二次元的に凝集して層を形成し,層間はアルキル基で満たされた層状構造を示すことが実験的に知られている[3]。このような特殊な構造を有する液晶高分子鎖の動的構造や分子間空隙の分布など微細な点については実用上にも興味のあるところである。これまでDSC,広角X線回折,NMRによる構造解析[3, 4],あるいはガス透過実験[5]は行われているが,ミクロな視点での側鎖アルキル鎖の動的挙動やそれとカップリングした主鎖の運動等,実験的には知見を得がたい面もある。今回はまずこの液晶ポリエステルに対し,MDシミュレーションを用いて安定な層状構造を再現する方法について述べ,さらに得られた層状構造が実験値をどの程度再現するかを検討したい。

2 モデリングと計算方法

2. 1 初期分子構造

本研究で対象とする全芳香族ポリエステルは,側鎖炭素数が6 (B-C6)と14 (B-C14) とした。


(R = -(-CH2)5-CH3, あるいは -(-CH2)13-CH3 )

この分子鎖を複数用いて凝集構造の作成を行うが,層状構造をMDシミュレーションで作成するには,種々の検討事項が必要である。シミュレーションの場合,高温状態における等方相から温度を下げることにより液晶相を発現させることは,通常のMDの数十ナノ秒という時間オーダーでは到底不可能である。従って,初期構造としていかに適切な層状構造を作成するかという点が重要である。ここではz軸方向に主鎖が無限に伸びていると仮定し,x軸方向にアルキル基が伸びて層状構造となるモデルを作成した。
ポテンシャル関数は水素を炭素原子に含めた統合分子近似を用いた。アルキル鎖やフェニル基部分については,以前報告したもの[6 - 8]を用い,それ以外は今回新たに決定した。特に,ピロメリット環の隣接する2つのエステル結合の適切な結合角ポテンシャルや二面角ポテンシャルの決定には,HF/6-31G**あるいはB3LYP/6-311G**に基づくエネルギー変化を検討して注意深く決定した。これらの力場ポテンシャルについては別報で詳しく述べる予定である。初期コンフォメーションは,主鎖側と側鎖側のそれぞれのエステル基とピロメリット環のなす二面角が,エネルギー状態が最も低い状態の1つを選び,さらにSoneらによってNMR測定から推察されているコンフォメーション[4]を参考にして初期状態として採用した。Figure 1にモノマー単位のジェオメトリを示す。側鎖アルキル基は,主鎖方向に対してほぼ垂直方向に伸びる構造となっており,アルキル基はオールトランス構造とした。


Figure 1. Initial structure of B-C14 monomer unit.

2. 2 MDシミュレーション

まず周期境界条件を付した基本セルにB-C14は12本鎖(x軸方向に2,y軸方向に6),B-C6では24本鎖(x軸方向に2,y軸方向に12)をそれぞれ主鎖の分子軸をz軸方向にして配置した。B-C14では全原子数が2784,B-C6では4032である。B-C6でy軸方向の主鎖の数をB-C14の2倍にした理由は,アルキル鎖の密度分布を計算する場合に統計的な平均量を両者でほぼ同等にするためである。主鎖は,モノマー単位を4個結合したものを用いたが,主鎖の両端は周期境界条件で次のモノマー構造と仮想的に連結しており,事実上無限長の分子鎖となるようにプログラム上で設定した。なお,今回は報告しないがこの結合は任意に切断可能であり,モノマー4単位としてのMDも可能である。
凝集構造を作成する上で,どのような圧縮過程と平衡化過程を用いるかについて,温度や圧力条件を種々調整した。MDプログラムにはNanobox(ナノシミュレーションAssociates)を用い,温度,圧力を制御するNPTアンサンブルですべてのMD計算を行った。なお,温度制御はNose-Hooverの方法,圧力制御はAndersenの方法を用いている。静電相互作用はEwald truncation法を用い,ファンデァワールス相互作用のカットオフ半径は9 Aとした。カットオフによるエネルギー補正はWilliamsの方法[9]に従った。全計算を通してMDの時間刻みは2 fs とした。分子中の全てのベンゼン環とカルボニル基(>C=O)は平面を維持するように剛体として扱った。計算はPentium4を16台搭載したクラスタ−計算機を使用した。

2. 3 層状構造の作成

常温における凝集層状構造を得るために最終的に決定した方法を以下に示した。大きく分けて4段階に分かれる。
  1. 主鎖間を十分空間をとって規則正しく配置させた初期構造(Figure 2a)のMDセルをまずx軸の長さを固定し,y軸とz軸方向に50℃,10 MPaの条件で圧縮した。この際,鎖分子そのものを剛体とし,側鎖アルキル基がトランス構造を保った状態で主鎖間が密に隣接した構造となるようにした。この状態から与えられた力場に従って,50℃で500ピコ秒平衡化した。(Figure 2b)
  2. x軸方向に基本セルを50℃でセル収縮速度を調整しながら500ピコ秒間3辺が独立に変化する条件で10 MPa の条件で圧縮した。この過程でほぼ層状構造となる。(Figure 2c)
  3. 50℃,1気圧の下で,さらに500ピコ秒平衡化した。なお,1から3の過程では主鎖と側鎖が層状構造を保持するため,主鎖を構成する原子がアルキル基の領域に入らないように以下に示す2次のポテンシャル壁を設定している。

    ここで,xa はセルボックスのある範囲内に拘束されるフラクション座標成分であり,uは層状拘束ポテンシャルである。k1, k2,c1,c2 は定数であり,c1 <= c2 < (c1+1) である。なおc1c2 は無次元であるが,k1k2 はkcal/mol の次元をもつ。今回はx軸方向に2列の分子鎖を配置しているので,主鎖と側鎖が交互になるように主鎖を構成する原子団に対して,1列目はc1 = 0.2, c2 = 0.3, 2列目の主鎖に対してはc1 = 0.7, c2 = 0.8とし,両列に対してk1 = k2 =1000 として計算した。k1k2 は十分大きい数であればよい。(もしこの条件を付さなければ,分子鎖はランダムにパッキングし,ネマチック液晶ライクの構造になってしまう。)
  4. 分子鎖間の層状拘束ポテンシャルを取り除き,人為的な力が働いていない状態でさらに25℃,1気圧の条件で500ピコ秒間平衡化した。この状態をスタート構造として,さらに25ナノ秒の計算を行い,10ピコ秒ごとにトラジェクトリーを保存した。計算途中の14ナノ秒後のxy平面から見たスナップショットをFigure 2d,xz平面から見たスナップショットをFigure 2eに示した。構造解析には後半の15ナノ秒間のトラジェクトリーを用いた。


Figure 2. Snapshots at various stages of B-C14 to obtain the layer structure.

3 結果と考察

3. 1 高次構造

B-C14の25℃におけるセル長の時間変化を15ナノ秒にわたって追跡した結果をFigure 3に示す。xy,及びz軸の各辺の長さはほぼ一定であり,また図示しないがポテンシャルエネルギーも一定であることから,系は構造的に安定な状態であると考えられる。B-C6についての結果も同様であった。x軸方向には分子鎖が2本パッキングされているため,x軸長の半分がちょうど層間距離に相当する。同様に,y軸方向にはB-C14では6本,B-C6では12本の主鎖がパッキングされているため,y軸長をそれぞれの鎖数で除した値が,層を成す平均的な主鎖間距離に相当する。z軸の長さは,モノマーユニットの長さ16.6 A の約4倍の値になっており,主鎖がz軸方向にまっすぐ配向していることを示している。x軸方向の層間距離とy軸方向の主鎖間距離を実験値と比較した結果をTable 1にまとめた。


Figure 3. Changes in the cell length with time for B-C14 at 25 oC.

Table 1. Comparison of the structural dimensions and density of B-C14 and B-C6 obtained from the simulation with those from the experiment.
SystemB-C14(2 × 6)B-C6(2 × 12)
Layer spacing (A)
(Simulation)17.811.1
(Experiment at 70 oC)a20.5---
(Experiment)b18.810.1
Main chain spacing (A)
(Simulation)4.204.37
(Experiment at 70 oC)a4.0---
(Experiment)b3.884.76
Repeat length of main chain
(Simulation)16.616.7
(Experiment at 70 oC)a16.6---
(Experiment)b16.616.6
Density (g/cm3)
(Simulation)1.0681.18
(Experiment at 70 oC)a0.97---
(Experiment)b1.091.19
a) from Ref.[1]b) from Ref.[5]

実験値は試料の作成状態や熱処理,さらに測定温度によって変動する。しかし,シミュレーションの結果が,実験値とほぼ近いことが明らかである。まず層間距離の比較では,B-C14では計算値は17.8 A であり,実験値よりもやや小さい結果となった。ここでの実験値とは,溶融紡糸した繊維状の試料を70℃で測定したもの(Ref.[1], 20.5A)で液晶状態を保っているものと100℃で数日間熱処理を施し構造が比較的密になったフィルム状態のもの(Ref.[5], 18.8A)で結晶構造とみなせる状態のものである。
一方,B-C6では,逆に実験値よりも大きい結果となった。y軸方向の主鎖間のパッキングでは平均的な距離がB-C14では実験値よりも大きく,B-C6では逆に実験値よりもやや小さい。ポリエチレンテレフタレートのような一般的なポリエステルでは主鎖間の距離は4.6Aであるので,B-C6の方がこの値に近いといえる。ただし,主鎖間のパッキングについては,ポテンシャル関数の影響も考えられる。分子鎖方向の繰り返し単位は,伸びきり状態を反映して,実験値を再現している。密度については,B-C14では実験値がかなり異なるので,比較は難しいが両実験値の中間である。B-C6の方は実験値との一致はかなりよい。試料の状態に応じて実験値も変化するので,対応は一元的ではないが,層間距離や分子鎖間距離はどれも実験値と数%程度の誤差であり,本MDシミュレーションから得られた高次構造は十分系を再現しているといえる。
得られた層状構造を模式的に描いた結果がFigure 4である。図中の点線で囲まれた一つの直方体は,ピロメリット環を中心に描いたモノマーユニット構造を表している。主鎖間のパッキングについては,隣り合う分子鎖がビフェニル基の一つのベンゼン環分だけ分子軸方向に平行移動した形でスタックしている。すべての隣り合う分子鎖が規則的に交互にずれているわけではないが,全体的にはほぼFigure 4のような構造となっている。これは側鎖側のエステル基が隣り合う分子鎖のエステル基を避けるようにして並んでいる状態である。


Figure 4. Illustration of the molecular packing in the layered structure of B-Cn.

3. 2 密度分布

層間を満たしているアルキル鎖が,対応するアルカンの液体状態と比較してどのような状態にあるのかを知るため密度分布に注目した。B-C14に対してアルキル鎖の密度分布をx軸方向に厚さ1 Aごとに区切って計算した結果をFigure 5に示した。図では最終の4ナノ秒間(400スナップショット)の平均値を示している。
主鎖のポリエステル鎖が存在する場所は値がゼロ付近になっており,アルキル鎖のみが存在する位置では炭素数に応じた値を示している。B-C14では,密度はx軸方向にある周期をもって変動しており,25℃におけるテトラデカン(C14H26)密度,0.762 g/cm3よりも明らかに大きな値を示している部分が存在する点は興味深い。一方,B-C6では,密度の最大値は層間の中央あたりに存在し,同温度のヘキサンの密度にほぼ相当する。またB-C14よりも主鎖の層にまで入り込んでいる。ここで示したテトラデカンとヘキサンの密度は,B-Cnの側鎖アルキル基と同じポテンシャル関数を用いて立方体セル,NPT-MDから求められた25℃における結果である。25℃における実験値は,テトラデカンが0.759 g/cm3,ヘキサンが0.655 g/cm3であり実験値との対応は極めて良い[10]。
このようにB-C6ではB-C14とはやや異なり,アルカン鎖も主鎖の層内構造に入りこんでいると解釈できる。B-C14ではDSCの結果から常温付近で発熱ピークが観察されており,これはアルキル側鎖の融解に伴うものと報告されている[1, 3]。テトラデカンの融点は5.8℃であるため,25℃では液体状態である。しかしB-C14の層間に存在するアルキル鎖は運動が抑制される結果,部分的に結晶構造が残っていると解釈されている。B-C6では常温で側鎖は極めて液体状態に近いといえる。
Figure 6には25ナノ秒後のB-C6のスナップショットを示す。層間の最も密度の高い部分がヘキサンの密度と対応していることをFigure 5で示したが,スナップショットを見てもこれは層間に空隙部分が多いという意味ではなく,主鎖の乱れのためにアルカン鎖が分散していると考えるべきであろう。


Figure 5. Density distribution of the alkyl chain in B-C14 (upper) and in B-C6 (lower) at 25 oC. The bulk density of tetradecane (0.769 g/cm3) or hexane (0.664 g/cm3) is indicated by the horizontal line.


Figure 6. Snapshot of B-C6 (2 × 12) at 25 oC from the x-y plane view. It is demonstrated that the main chains are laterally packed to form the layer structure. The cell-edge lengths of the x-, y- and z-axes are 23.4 A, 50.6 A and 66.5 A.

3. 3 側鎖アルカンの二面角分布

層状構造の主鎖間を満たす側鎖アルカンの状態が対応する液体アルカンとどのような違いがあるかを知るために二面角の分布を調べた。Figure 7には末端メチル基から2番目,3番目に位置するメチレン基間(-C-C-C-CH3)の二面角と,主鎖のエステル基に結合するメチレン基をその隣のメチレン基間(-O-C-C-C)の二面角の分布を表示した。いずれも最終の4ナノ秒における400スナップショットの平均値である。


Figure 7. Population distribution of dihedral angles of alkyl chains for B-C14 at 25 oC.

前者については,通常の液体アルカンの場合とほとんど変化なく,トランスリッチな分布であった。一方,後者については,ゴーシュの割合がかなり高くなっている。これは,主鎖から伸びるアルカン鎖が,付け根の部分で折れ曲がりx軸方向に伸びることを阻害している結果である。他のメチレン基間の二面角部分についても調査したが,通常の液体アルカンとほとんど変わらなかった。レイヤー間を満たすアルカン鎖の構造に何らかの特殊性があるかどうかについては現段階では結論できないが,この点についてはさらに動的運動の側面からも調査する必要がある。主鎖,側鎖の動的挙動や空隙分布の変化については,続報で示すこととしたい。
本論文の目的は,柔軟な側鎖と剛直な主鎖をあわせ持つ高分子液晶の構造を構築することであった。高分子液晶としての液晶状態に起因する性質についての議論は,アトミスティックなMDの時間領域では依然難しい問題である。しかし,高温度領域の大きな構造変化(相転移)に対して,MDシミュレーションから何らかの知見を得ることは将来の課題であろう。

本研究を遂行するにあたり,有益な意見を頂いた名古屋工業大学の辻田義治教授,吉水広明助教授,東京工業大学の渡辺順次教授に感謝します。本研究は,文部科学省科学研究費補助金特定領域研究B(課題番号13133203)によって行われた。

参考文献

[ 1] B. R. Harkness and J. Watanabe, Macromolecules, 24, 6759 (1991).
[ 2] M. Sone, B. R. Harkness, J. Watanabe, T. Yamashita, T. Torii, and K. Horie, Polymer J., 25, 997 (1993).
[ 3] J. Watanabe, B. R. Harkness, M. Sone, H. Ichimura, Macromolecules, 27, 507 (1994).
[ 4] M. Sone, B. R. Harkness, H. Kurosu, I. Ando, and J. Watanabe, Macromolecules, 27, 2769 (1994).
[ 5] 塚原光博, 液晶性低密度ポリエステルの構造と気体収着特性 修士論文 名古屋工業大学 (2000).
[ 6] M. Fukuda and S. Kuwajima, J. Chem. Phys., 107, 2149 (1997).
[ 7] M. Fukuda and S. Kuwajima, J. Chem. Phys., 108, 3001 (1998).
[ 8] 桑島聖, M. Reuter, 真辺篤孝, 計算化学シンポジウム要旨集200 (2000).
[ 9] D. E. Williams, Acta Cryst, A27, 452 (1971).
[10] Thermodynamic properties of organic compounds and their mixtures, Subvolume B, ed. by K. N. Marsh, Springer (1996).


Return