トポロジカル共鳴エネルギー計算プログラムのExcel/VBAへの移植とダイオキシン毒性予測への応用

大前 貴之


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1 はじめに

相原によって提案されたトポロジカル共鳴エネルギー(TRE)[1]の概念はいわゆる芳香族性を記述する一種の指数を提供する理論であり,細矢のトポロジカル・インデックス[2]とならぶ,わが国が世界に誇る理論化学上の成果の一つである.にもかかわらず,TREやトポロジカル・インデックスの理論がヒュッケル分子軌道法と同じ特性多項式に基礎を置くということだけでその信頼性が疑われ,密度汎関数法などのより精密な理論手法にばかり人々の注目が集まっている現状は残念と言わざるを得ない.しかしながら,相原もその著作の中で指摘しているように[3],ab initio 分子軌道法や密度汎関数を駆使しても,TREやトポロジカル・インデックスを用いれば華麗と言ってもよいほどに美しく説明できる芳香族分子のエネルギー的な安定性の起源[4]や安定化エネルギーの大きさと反磁性磁化率の関係[5]にはたどり着けないことを考えれば,これらの手法は互いに相補いあってこそはじめてその特色を発揮できるものと考えられる.
われわれはこの優れた理論的手法であるTREやトポロジカル・インデックスがより広く教育と研究の場で活用されるためには,現在,多くのパーソナル・コンピューターのOSとして用いられているWindows環境でこれらの理論計算が,新たに特別なソフトウェアを導入することなく,実施できることが望ましいと考えた.そこで今回,表計算ソフトウェアとして広く用いられているExcelで入出力データが扱えるように,相原らが作成したTRE計算のためのBASICプログラム[6]をExcel/VBAに移植することを試みたので,これを報告する.先年,佐藤らによって出版された書籍[7]にもTREの計算プログラムは収録されておらず,われわれのこの試みは意義のあるものであると考えられる.
またさらに,移植したプログラムのテスト計算としてダイオキシンのTREを計算してみたところ興味深い知見が得られたので,これもあわせて報告する.

2 TRE計算プログラムの移植


Figure 1. Calculation Scheme of TRE.

本報で移植したプログラムにおいて,入力データである隣接行列からトポロジカル共鳴エネルギーが計算されるまでの流れをFigure 1に示した.

2. 1 Excelワークシートを用いた入出力データの表示

相原らのTRE計算プログラムはMoharとTrinajsticのPASCAL版プログラム[8]をBASICに翻訳したものであり,入力データをプログラムに直接記入し,計算結果はプリンターへ出力する形式になっている.今回のExcel/VBAへの移植に際してはRead文やData文が使用できないことを考慮し,データの入出力をExcelのワークシート上で行えるようにするために吉村の研究[9]を参考にして,Figure 2に示した入出力部のBASICプログラムを作成した.
ただし,入出力部のプログラム作成にあたっては,データ処理部として移植する相原らのBASICプログラムとの整合性を保つ都合上,本来VBAには不必要な行番号をあえて付加した.なお,Figure 2aに示した入力部に先立つ数行では,データ型などの宣言をまとめて行った.


Figure 2. The list of BASIC program of data input part and data output part

また,Figure 3Figure 2aに示したプログラムによる入力画面を示した.


Figure 3. An input page of this program.

2. 2 データ処理部のExcel/VBAへの移植

相原らのBASICプログラムのうち,参照エネルギー[1]や共鳴エネルギー(TRE,REPE)を計算する部分を,データ処理部としてExcel/VBAに移植した.変数名と配列名の重複を取り除くために若干の変数を新たに導入したが,移植に際して文法上の本質的な修正の必要はなく,ほぼオリジナルどおりに移植することができた.また,ベンゼンなどの環状共役炭化水素について実施したテスト計算の結果は,相原らの計算結果[1]と比較して満足できるものであった.
なお,すでにオリジナルのBASICプログラムが稼働するパーソナル・コンピューターが身近になかったので,今回の移植にともなう計算時間の比較検討は実施しなかった.しかしながら,テスト計算を実施した際に計算結果がプログラムの起動とほぼ同時に表示されたナフタレンの計算時間が,FM-7(富士通)では90秒[1],われわれが以前に使用していたPC-286(EPSON)では18秒ほどであったことを考えると,計算時間に関する問題はないと考えられる.ただし,われわれはプログラムの開発や移植に関して習熟しているとは言い難く,よりスマートな移植の可能性は否定できない.

3 TREの計算例

移植したプログラムの利用例として,近年その生態系への影響が懸念されているダイオキシン(Figure 4)[10]の各種異性体のTREを計算し,いくつかの生物活性などとの関係を検討した.ただしここで,TRE計算に必要なパラメーターは文献[11]から引用した.


Figure 4. Polychlorinated dibenzo-p-dioxins(PCDDs).

3. 1 LD50-30と共鳴エネルギー

モルモットに対する実験から見積もられたPCDD異性体の急性毒性に関するLD50-30の値[12]と今回計算した共鳴エネルギーの値を,Table 1にまとめた.ただしここで,REPEはp電子1個あたりのTREの値を意味する.また,%TREは次式で定義され,この値が大きいほど反応性が小さいとされる共鳴エネルギーの一種である[13].

Table 1. LD50-30 values (mmol/kg) and calculated resonance energies.
PCDDLD50-30EprefTREREPE%TRE
2,8118016.35800.50940.02551.5570
2,3,7120.4118.35460.50370.02291.3721
2,3,7,80.00620.35140.49790.02071.2233
1,2,3,7,80.00922.34850.49190.01891.1005
1,2,4,7,83.1522.34860.49160.01891.0998
1,2,3,4,7,80.18522.72380.41030.01470.9028
1,2,3,6,7,80.17822.72320.41140.01470.9052
1,2,3,7,8,90.15322.72390.41050.01470.9032
1,2,3,4,6,7,8140026.34160.47880.01590.9088

%TRE = 100・TRE / Epref.
なお,上式の中のEpref. は参照系のp電子エネルギーを表す.
移植したプログラムには%TREを計算するルーチンが含まれていないので,今回は計算されたTREとEpref.の値から定義式に従って別途に求めたが,今後,この量を計算するルーチンをプログラムに追加することを検討する予定である.
Table 1に示したLD50-30と共鳴エネルギーの関係を視覚的に検討するために二次元散布図を作成したところ,LD50-30はどの共鳴エネルギーとの間でも同一の関係もつと考えられる結果が得られた.そこで,Figure 5にLD50-30と%TREの散布図を代表例として示した.ただし,縦軸には対数目盛を用いた.
Figure 5からLD50-30と共鳴エネルギーの間に何らかの関係が存在する可能性のあることは推測できるが,いくつかの異性体が他の異性体と比べて大きく異なる傾向を示しており,共鳴エネルギーのみでLD50-30を予測することは困難であると考えられる.


Figure 5. A plot of LD50-30 values for %TRE for the PCDD congeners.

3. 2 酵素誘導能と共鳴エネルギー

文献[14]と[15]から引用した,ラットの肝細胞におけるPCDD異性体の酵素誘導能などの値と共鳴エネルギーの計算値をTable 2にまとめた.なお,酵素誘導能などの値はモル濃度で与えられており,この値が小さいほど生物活性が高いことを意味する.

Table 2. he effects of resonance energies on the in vitro rat hepatic cytosolic receptor binding and AHH/EROD induction potencies.
PCDDIn vitro EC50(M)EprefTREREPE%TRE
Receptor bindingAHHEROD
2,3,7,81.0E-087.2E-111.9E-1020.35140.49790.02071.2233
2,3,77.1E-083.6E-071.4E-0718.35460.50370.02291.3721
1,2,3,7,87.9E-081.1E-081.7E-0822.34850.49190.01891.1005
2,3,6,71.6E-076.1E-081.1E-0820.35180.49610.02071.2131
1,2,3,4,7,82.8E-072.1E-094.1E-0922.72380.41030.01470.9028
1,3,7,87.9E-075.9E-073.2E-0720.35280.49650.02071.2197
1,2,4,7,81.1E-062.1E-081.1E-0822.34860.49160.01891.0998
1,2,3,41.3E-063.7E-062.4E-0620.35010.49920.02081.2265
1,2,3,4,76.4E-066.6E-078.2E-0722.34790.49240.01891.1017
1,2,41.3E-054.8E-052.2E-0618.35430.50410.02291.3732
Abbreviations: AHH, aryl hydrocarbon hydroxylase; EROD, ethoxyresorufin O-deethylase.

前節と同様に,共鳴エネルギーと酵素誘導能などの関係を検討するため,ここでも散布図を作成した.Figure 6には,酵素誘導能などと%TREをプロットしたものを示した.ただし,ここでも縦軸には対数目盛を用いた.


Figure 6. A plot of Receptor binding, AHH and EROD for %TRE for the PCDD congeners.

Figure 6の各散布図から明らかなように,酵素誘導能などと共鳴エネルギーの間の関係は,LD50-30の場合に比べてさらに不明瞭であり,わずかながらに,散布図の各点が%TREに対して右上がりの傾向を示しているのみであった.

3. 3 毒性等価係数と共鳴エネルギー

毒性等価係数(TEF),すなわち,2,3,7,8−テトラクロロジベンゾ−p−ジオキシンの毒性を1とした場合のPCDD異性体の相対的な毒性係数[16]と共鳴エネルギーの値をTable 3にまとめた.さらに,前節までと同様に作成した散布図のうち,TEFと%TREの例をFigure 7に示した.なお,TEFと他の共鳴エネルギーの関係はFigure 7に示したものと同様であり,これまでとは逆に,共鳴エネルギーが大きくなるほど, TEFの値が大きくなる傾向を示した.

Table 3. TEF(WHO,1997) and calculated resonance energies.
PCDDTEFEprefTREREPE%TRE
2,3,7,8120.35140.49790.02071.2233
1,2,3,7,8122.34850.49190.01891.1005
1,2,3,4,7,80.122.72380.41030.01470.9028
1,2,3,6,7,80.122.72320.41140.01470.9052
1,2,3,7,8,90.122.72390.41050.01470.9032
1,2,3,4,6,7,80.0126.34160.47880.01590.9088
1,2,3,4,6,7,8,90.000128.24730.47530.01490.8413


Figure 7. A plot of the TEF values for %TRE for the PCDD congeners.

4 まとめ

トポロジカル共鳴エネルギーを計算する相原らのBASICプログラムをExcel/VBAに移植し,Windows環境での計算が可能になった.
テスト計算として取り上げたPCDD異性体の各種のトポロジカル共鳴エネルギーの値から,PCDD異性体の急性毒性予測にトポロジカル共鳴エネルギーを利用できる可能性のあることがわかった.
なお,本プログラムは%TREのルーチンを追加した後,公開する予定である.

本研究の一部は山口県立大学研究創作活動助成事業によるものであることを,ここに記して感謝する.また,テスト計算の実施を補助してくれた船越雄亮君にもこの場を借りて感謝する.

参考文献

[ 1] J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 98, 2750 (1976).
[ 2] H. Hosya, Bull. Chem. Soc. Jpn., 44, 2322 (1971).
[ 3] J. Aihara, CICSJ Bulletin, 13(1), 9 (1995).
[ 4] H. Hosoya, K. Hosoi, I. Gutman, Theoret. Chim. Acta, 38, 37 (1975).
[ 5] J. Aihara, J. Am. Chem. Soc., 101, 558 (1979).
[ 6] 岡 修, 高嶋 洋, 相原淳一, 化学, 40(1) (1985), 巻末付録.
[ 7] 佐藤寿邦,佐藤洋子, Excel VBA による化学プログラミング, 培風館 (2002).
[ 8] B. Mohar, N. Trinajstic, J. Comput. Chem., 3, 28 (1982).
[ 9] 吉村忠与志, 化学とソフトウェア, 23(1), 11 (2001).
[10] 日本化学会, 内分泌かく乱物質研究の最前線, 学会出版センター (2001).
[11] 米沢貞次郎, 永田親義, 加藤博史, 今村 詮, 諸熊奎治, 改訂 量子化学入門(上), 化学同人 (1968), p.56.
[12] E. E. McConnell, J. A. Moore, J. K. Haseman, M. W. Harris, Toxicol. Applied Pharmacol., 44, 335 (1978).
[13] J. Aihara, Pure Appl. Chem., 54, 1115 (1982).
[14] G. Mason, K. Farrell, B. Keys, J. P.-Pliszczynska, L. Safe, S. Safe, Toxicology, 41, 21 (1986).
[15] S. H. Safe, Ann. Rev. Pharmacol. Toxicol., 26, 371 (1986).
[16] 日本化学会, ダイオキシンと環境ホルモン, 東京化学同人 (1998), p.179.


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