UV-Vis., CDスペクトルに基づくポルフィリン集積系の色素配向予測 −解析プログラムの作成−

森 貴治, 山村 剛士


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1 緒言

紫外可視領域で光の吸収や発光を起す色素の集積系(共有結合で結ばれたアレイや非共有会合体など)は、光合成器官において効率の良いエネルギー伝達系(アンテナクロロフィル)[1] としての役割を担い、また、液晶 [2] や色素増感太陽電池 [3]、写真の増感剤 [4] などさまざまな分野に応用されており、非線形光学材料 [5] としての応用も期待されている。このように色素の会合が興味深い性質を示すことから、色素会合体の合成・構築や配列構造の解析は多くの研究者にとって挑戦するに足る問題である。ポルフィリンを用いた分子ワイヤー [6] や光合成モデル [7] などといった研究が現在盛んである。しかしながら、ポルフィリンなどの色素を用いた化合物は一般に結晶性に劣るために、X線結晶構造解析が困難である。そのため、合成された化合物の構造や会合状態、色素同士の配向を知るには、NMR [8] やX線散乱(XRD)[9] などといった限られた実験手段に頼る場合が多い。このような測定法が効かない系については、一部、計算化学的手法(分子力学、分子動力学計算など)から安定な構造を求めたり [10]、或いはそうして計算された構造をもとに励起子理論などに則ってスペクトルを計算して実測との一致を議論することが行われている [11]。しかし、多くの研究ではUV-vis. スペクトルとCDスペクトルから溶液中での会合形態やキラル配置について定性的に議論するにとどまっている [12]。
UV-vis. スペクトルとCDスペクトルの理論計算法として代表的なものに、DeVoe法 [13]、行列法 [14]、分子軌道法 [15, 16] などがある。我々は、KashaおよびDavydovによるシンプルな励起子理論 [17, 18] を用い、ポルフィリン集積系のスペクトルから集積系を構成するポルフィリンの相互配置を予測するプログラムを開発した。本論文ではこのプログラムについて詳述する。我々は、このプログラムを用いることにより、Crossleyらにより合成されたポルフィリンダイマー(Figure 1a)[19] のUV-vis. スペクトルとCDスペクトルをもとに、X線構造によくフィットする構造の再現に成功した。さらにプログラムの適用限界を確認するために、大須賀らにより合成されたメソ-メソ結合ポルフィリンダイマー(Figure 1b)[20] を対象とし、その UV-vis. および CD スペクトルをもとに配向予測を行った。


Figure 1. (a) Troger's base porphyrin by Crossley's group [19]. (b) meso-meso-linked diporphyrin by Osuka's group [20].

2 スペクトル計算

2. 1 励起子理論

色素は紫外可視光を吸収することにより励起されるが、色素同士が近接していて強く相互作用する場合、そこに光があたると励起状態が色素間に渡って非局在化する(励起子状態)。励起によって分子内で電荷の偏りが生じ、その際発生する遷移モーメントが色素間で相互作用することにより、励起状態のエネルギー準位が分裂 (Davydov分裂) する。その結果、単一分子と比較してスペクトルのエネルギーや強度の変化が観測され、また、色素の配置によっては円二色性が表れる [21]。
ポルフィリンやバクテリオクロロフィルでの電気遷移モーメントは窒素上で直交する2個のベクトルmxmyで表され (Goutermanの4軌道モデル [22])、励起子状態を表すNポルフィリン系の波動関数Yは式 (1) で表される。

ここで、fsx (s = 1 ~ N) は、s番目のポルフィリンが励起状態にあり、この励起がx方向への遷移ダイポールを持つこと、且つ、他のポルフィリンがすべて基底状態にある、という状態を表す波動関数である。Csaa= x, y)は各状態の波動関数の結合係数である。励起子状態における分裂の様子と分裂した各準位の波動関数は、式 (1)から変分原理により導出される永年方程式を解くことで得られる。N分子系の永年方程式は、モノマーのx方向、y方向への励起エネルギーExEyを用いて式 (2) のように表される。

式(2)中、Vpx:qyp番目のポルフィリンのx方向の遷移モーメントと、q番目のポルフィリンのy方向の遷移モーメント同士の相互作用(式(3))を表している。epx, eqyは各遷移モーメントの単位ベクトル、epqはポルフィリンp-q間の単位ベクトル、Rはポルフィリン間距離である。この永年方程式の固有値が励起子状態での各準位の基底状態からのエネルギーに相当し、固有ベクトルが各準位を 構成する波動関数 fsaの結合係数Csa に相当する。エネルギー分裂後のi番目の準位の双極子強度 Di と旋光強度 Ri は式 (4) (5) のように与えられる。

ここで、Y0は系全体が基底状態のときの波動関数、Yii番目のエネルギー準位の波動関数、mは電気双極子モーメント演算子、Mは磁気遷移モーメント演算子、s0ii番目のエネルギー準位への励起エネルギー、Cは波動関数の結合係数、mはモノマーの遷移モーメント、eは遷移モーメントの単位ベクトル、Rjk はポルフィリンj-k間距離である。DiRii番目のエネルギー準位の双極子強度と旋光強度で、これらの値は次節で述べるスペクトル関数の面積に相当する。
モノマーの遷移モーメントmの値は、UV-vis. スペクトルから求めるが、色素集積系では励起子効果によりオリゴマー中でのモノマー当たりの遷移モーメントが減少するという報告 [23] があることから、オリゴマー中の仮想的モノマーのm はオリゴマーのUV-vis. スペクトルから求める。

2. 2 スペクトル関数

一般にスペクトルには個々の分子の振る舞い(エネルギー緩和)に由来する線幅(均一幅)と各分子の周囲の環境の微妙な違いに由来する統計的な広がり(不均一幅)の寄与がある。そこでスペクトル関数にはGauss関数(不均一幅)とLorentz関数(均一幅)を組み合わせたVoigt関数 [24] を用いることが多い。本研究では式 (6) で表されるVoigt関数を用いる。

ただし、

ここで、f(s)はUV-vis. スペクトルではe(吸光係数)、CDスペクトルでは Deである。cgs単位では、Kは9.184 × 10-39 (UV-vis.), 2.296 × 10-39 (CD) で、s は波数、Ds は半値幅である[25]。また、kV , kG , kL はそれぞれVoigt関数、Gauss関数、Lorentz関数の線幅を自由に定義できるための係数で、kG = kL = 1のときkV = 1.501882である [25]。I は、UV-vis. スペクトルに対しては双極子強度D 、CDスペクトルに対しては旋光強度R を意味する。なお、色素集積系のスペクトルは、Davydov分裂した複数のエネルギーバンドのスペクトルの和で表される。
スペクトルを計算するのに必要な線幅 Dsの値は実測スペクトルのデコンボルーションから得られる値を用いても良いが、複雑な系ではデコンボルーションが困難である。ポルフィリン同士が近接した場合では、モノマーと比べて周囲の環境が変化するのは明らかであり、基底状態でも励起状態でも振動の様子が孤立したモノマーの状態と異なったり、また励起状態の寿命が変化することが予想される。よって本研究ではDsを変数として扱い、実測スペクトルにフィッティングするように、Dsを最適化できるようにした(この妥当性については5章の考察において説明する)。

3 構造最適化の手法

構造最適化の方法として準ニュートン法を用いた。この手法では構造をランダムに与えてスペクトルを計算し、実測スペクトルとの差の二乗和Sが最小になる(最小二乗フィット)ように構造を動かす。Sは次式で表される。

ここで、obsは実測、calcは計算を表わす。なお、一般にポルフィリンの場合、e は5乗、Deは1 ~ 3乗のオーダーであるため、実測と計算スペクトルのUVとCDが同じ精度でフィッティングした結果を得るには、重み a, bを変える必要がある。a, b は化合物による値で、eDeのオーダーから概算した上で、UVとCD項の釣り合いがとれるよう経験的に決める。また、lは波長であり、波長刻み(本研究では1nm毎)の数だけの和をとることになる。以下に手法の具体的な説明を記す。
まず、二つのポルフィリン色素の配置を6変数(R, Q, F, f, q, y)で表す(Figure 2)。ここで(R, Q, F)は1番目のポルフィリンの中心を原点とした2番目のポルフィリンの中心の極座標表示である。また、(f, q, y)は、1番目の色素に対する2番目の色素の回転を表すオイラー角変数である。この6変数をランダムに発生させてポルフィリン相互配置の初期構造を作り、この初期構造に対応するスペクトルを計算する。次いで、実測と計算のスペクトルの差の二乗和を求め、計算スペクトルが実測スペクトルに最小二乗フィットするように、6変数を動かして行く。最適化には準ニュートン法を用いる。最適解を探索する際、局所ミニマムに陥ることを避けるため、初期構造を大量に(~数万個)発生させる。なお、計算によって得られる構造は必ずしも化学的に正しいとは限らないため(例えばポルフィリン同士が接触するなど)、二つのポルフィリンの何れかの原子が van der Waals 相互作用距離以内に入った結果を棄却できるようにした。


Figure 2. The polar coordinates (R, Q, F ) and Euler angles ( f, q, y ) that define the mutual configuration of two porphyrins.

4 結果

4. 1 Troger's Base型ポルフィリンダイマー

本研究で作成したプログラムの性能を確認するために、まず、Crossleyらにより合成されたTroger's Base型ポルフィリンダイマー [19] について計算を行った。これは、2個のポルフィリン同士がキラルな配置を保って結合しており、配向が堅固でUV-vis., CDスペクトルと共に、X線結晶構造解析(ただし、中心金属はパラジウム)の結果が報告されている例の1つである。
計算では、Rを7.0 ~ 9.0 A、(Q, F, f, q, y)を -90 ~ 90 deg の範囲でランダムな初期構造を2万個発生させた。モノマーの遷移モーメント mx, y として65 D2 を用い、励起エネルギー (Bバンド)として 23320 cm-1、重みには a = 1.0, b = 5.0×104 を用いた。
モノマーである [5,10,15,20-Tetrakis(3,5-di-tert-butyl-phenyl)porphyrinato]zinc(II) の励起エネルギーは、ポルフィリンの2,3位に結合した置換基の影響 [26] や、Ar 基同士の立体的な反発によるポルフィリン環のゆがみ[27] などの要因によりシフトすることが予想される。したがって、モノマーの励起エネルギー(Bバンド)も変数化して、23200~23700cm-1の間で種々の値で動かして計算した(結果として、最適解を与える励起エネルギーは23320 cm-1 であった)。
プログラムでは、6変数(R, Q, F, f, q, y)の値とそのときのlog Sの値がリストとして出力される。計算の結果、(R, Q, q)で明白な収束値を得た。Figure 3に得られた変数(R, Q, q)の値とlog Sの三次元プロットを示す。これらの図から(R, Q, q)=(8.2, ±42, ±56)近辺に極小解があることがわかる。一方、他の変数(F, f, y)に関しては明白な収束が見られなかった。これは、計算によって得られるスペクトルが変数(R, Q, q)に大きく依存していることを示している。そこで、さらに(R, Q, q)=(8.2, -42, 56)で固定して(F, f, y)を変数として -90 ~ 90 deg の範囲でランダムな初期構造を2500個発生させて構造最適化を行ったところ、(F, f, y)=(-59, -66, 26)で極小解log S = 10.29を得た。Figure 4にlog Sの極小解として得られた最適スペクトルと実測スペクトルとの比較を示す。Figure 5はlog Sの極小解として得られた構造である。計算結果は、X線結晶構造解析結果とほぼ一致している(ポルフィリンの中心金属・窒素原子に関してRMSD = 0.21 A)。ただし、X線結晶構造が与えられた化合物は中心金属がパラジウムである。構造は亜鉛の場合とそれほど相違はないと考えている。Table 1に構成スペクトルの詳細をしめす。これらのバンドは基底状態から一重項励起状態が分裂した状態(励起子一重項状態)への励起であり、今回注目しているのはポルフィリンのBバンドであるので、いずれのバンドも p-p* 遷移に帰属される。


Figure 3. Plots of log S vs (a) R- Q, (b) R-q , and (c) Q - q. Note that the z-axis is upside down for clarity. Coordinates in parentheses afford the optimized spectra and structure.


Figure 4. The UV-vis. and CD spectra of Troger's base pophyrin dimer (Solid lines: experimental spectra measured in CHCl3. Dotted lines: calculated spectra).


Figure 5. Comparison of the X-ray crystal structure (CSD code: YUKFEP) with the calculated structure giving the lowest log S. RMSD for the MN4 core was 0.21 A.

Table 1. List of Excitation Energy (E), Dipole Strength (D), Rotatory Strength (R), and Half-Width (Ds) for Troger's Base Porphyrin.
BandEDRDs
(cm-1)(D2)(DBMa)(cm-1)
124080.481.94.91300
223522.0110.316.9900
323109.918.9-16.61700
422551.647.3-4.61050
a Debye-Bohr magneton

4. 2 メソ-メソ結合ポルフィリンアレイ

大須賀らのメソ-メソ結合ポルフィリンアレイ [20] を選び、スペクトルからの構造推定を行った。この化合物もまたUV-vis., CDスペクトルとともに、X線結晶構造解析(ただし中心金属は銅原子)が報告されている例の1つである。
計算では、Rを7.0 ~ 9.0 A、(Q, F, f, q, y)を -90 ~ 90 deg の範囲でランダムな初期構造を2万個発生させた。モノマーの遷移モーメント mx, y として70 D2 を用い、励起エネルギー (Bバンド)として 24387 cm-1、重みには a = 1.0, b = 1.0×104 を用いた。
最適化の結果、(R, Q, q)=(6.8, ±80, ±62)付近に収束値を見出し、他の変数(F, f, y)に関してはCrossleyらのダイマー同様、明白な収束が見られなかった。なお、極小解log S = 10.83 を与える(F, f, y)は(-66, -34, 81)であった。Figure 6は最適化により得られた log S極小の結果である。Figure 6のスペクトル結果を与える構造はFigure 7のように、ポルフィリンのvan der Waals雲が大きく衝突する構造をとっていた。しかしながら、予測構造とX線結晶構造は比較的似ており、RMSDは0.95 Aであった。Table 2は計算により得られたスペクトルの構成成分の詳細である。


Figure 6. The UV-vis. and CD spectra of meso-meso linked bisporphyrin (Solid lines: experimental spectra measured in CH2Cl2. Dotted lines: calculated spectra).


Figure 7. Comparison of the X-ray crystal structure (CSD code: HUQHAC) with the calculated structure giving the lowest log S. RMSD for the MN4 core was 0.95 A.

Table 2. List of Excitation Energy (E), Dipole Strength (D), Rotatory Strength (R), and Half-Width (Ds) for meso-meso Linked Bisporphyrin
BandEDRDs
(cm-1)(D2)(DBMa)(cm-1)
126504.68.9-1.82500
224879.297.226.42000
323894.843.3-25.4650
422269.4131.51.51650
a Debye-Bohr magneton

5 考察

5. 1 スペクトル計算と適用限界

本研究により、UV-vis. スペクトルとCDスペクトルから構造を推定することが可能であることが分かった。また、実測スペクトルを再現するのにVoigt関数を使用することと、線幅 Dsを変動させることが重要であることが示唆された。通常、オリゴマーやポリマーのスペクトルを計算する際、線形や線幅については任意に定義する場合が多く、一方では、モノマーの線形 [28] や振動の影響 [29] を考慮に入れた計算も行われている。ここでの問題点は、スペクトルの各バンドに対して異なる線幅を与えても良いかどうかということである。Berovaらは各バンドで同じ線幅を用いて計算しているが [11]、本研究ではWarshelら [30] やKoolhaasら [31]、 Meyersら [32] を参考に各バンドで任意に線幅を与えた。その結果、実測によくフィッティングするようになった。
序で述べたDeVoe法はモノマーの線形を考慮に入れたスペクトルの理論計算法の1つである。BerovaらのグループではこのDeVoe法を用いてCrossleyらのダイマーのスペクトル予測を行っているが [11]、その際、スペクトル関数にはLorentz関数を用い、線幅を全バンドで同じ値を使っている。我々のグループでも本研究に先立ち、Crossleyらのダイマーのクロロホルム中での分子動力学(MD)シミュレーションを行い、得られた構造からスペクトルを予測することを試みた。スペクトル関数にはGauss関数、線幅は全バンドで同じ値を使ったが、結果は彼女ら同様、UV-vis.スペクトルは実測とある程度一致したが、CDスペクトルはずれていた。しかしながら、本研究のようにVoigt関数を用い、各バンドで異なる線幅を用いることで上述のずれが改善され、より実測スペクトルにフィットした結果が得られることとなった。
線幅が各バンドで異なる原因としては、色素分子の相対運動による分子間振動や分子内振動モードの変化が考えられる。即ち、ポルフィリンは各バンドで異なる電荷分布を持っているため、分子が相対運動すると、バンド毎に静電的相互作用が異なり、これにより各バンドでの緩和時間や運動の分布に違いが生じると考えられる。Friesnerら [29] は分子間振動や分子内振動モードの影響をハミルトニアン中に入れることで、実測に近い計算結果を得ている。また、各バンドで同じ線幅を与えると、理論的には、CDスペクトル中の De = 0 となる波長(ゼロ・クロッシング)はUV-vis. スペクトルの最大吸光波長と一致する。しかし実際には、Crossleyらのダイマーの実測CDスペクトルではゼロ・クロッシング(Figure 4 中の矢印1)がUV-vis. スペクトルの最大吸光波長(Figure 4 中の矢印2)より12nmレッドシフトしている。本研究での計算結果はこのゼロ・クロッシングのレッドシフトを再現できている(Figure 4 点線)。これはTable 1に示すように、短波長よりも長波長側に、双極子強度が小さくかつ旋光強度が大きい線幅の広いピーク(Band-3)があるためである。もし、各バンドで同じ線幅を使うと、CDスペクトルの線形は実測のように非対称ではなく対称形となり、ゼロ・クロッシングはUV-vis.スペクトルの最大吸光波長と一致することになる。このことから、各バンドで異なる線幅を与えることが重要であることがわかる。
また、スペクトル関数(式(6)〜(8))の係数kについての検討を行った。上記の計算では、kG = kL = 1を用いたが、この係数を用いたスペクトル関数はモノマーのスペクトル線形(特に裾野)に厳密にフィットしない。そこで、モノマーの線形を再現できるようにkを最適化したところ、kG = 1, kL = 0.15で良くフィッティングした。このときのkV は0.875351である。これらの係数でCrossleyらのダイマーを対象に計算を行ったところ、kG = kL = 1の場合とほぼ変わらない結果を得た。
次に、大須賀らのダイマーの計算結果について述べると、スペクトルはピーク位置や線形などをほぼ再現しているが、見た目のフィッティングは完全ではない。一方、得られた構造は比較的X線構造と類似したものであるものの、二つのポルフィリンがメソ位のところでvan der Waals 接触している。したがって、RMSDが0.95 Aとなって、構造予測の精度が必ずしも良いとは言えない結果になった。本研究では双極子-双極子相互作用に基づいた励起子理論のみに依存して計算したので、当然ながら扱う系およびそのスペクトルが励起子理論の枠外の要因を含む場合は適用できない、もしくは、誤差が大きくなる。大須賀らの系ではポルフィリン同士が直接結合しており、本計算で注目しているソーレ帯付近には電荷移動遷移が存在することが半経験的分子軌道法計算(INDO/S)から分かっている [20]。このような系については、より厳密な相互作用計算を行う分子軌道法に依拠しつつ複数のポルフィリンをランダムに動かせるプログラムが必要である。
一方、分子軌道法 [15, 16] を用いてCrossleyらのダイマーを計算したところ、励起子理論と近い結果を得ていることからも、色素同士が直接接触していないような系では比較的シンプルな励起子理論でも実測スペクトルに一致した結果が得られると言えるだろう。なお付け加えると、Berovaらの研究 [11] との比較から、励起子理論でもDeVoe法と同程度の精度で計算できると考えている。結局、本プログラムでは、重み a, bの値は実測スペクトルにフィッティングするように経験的に決める値で、mもまたダイマーのスペクトルから求めるため、スペクトルが十分再現できていれば、励起子理論の適用の枠内での構造予測精度のほぼ上限を達成できると考えられる。
本来なら、プログラム評価は多数の標準を対象に行なうべきであるが、UV-vis., CDスペクトル、X線結晶構造解析結果を備えた標準は本論文の2例しか見当たらなかった。従って、適用限界を十分検討できたわけではないが、少なくとも、ポルフィリン同士が直接結合した系には上記の理由により適用は困難で、非共有的に結合した系には適用可能であることが示唆された。
最後に本法を適用するに当たっての注意であるが、一般にポルフィリンのスペクトルは置換基や中心金属、溶媒が変わると大きく変化する。この問題を考慮するには、一般的には、集積系を構成するポルフィリンと同じ金属イオンを中心に持ち、可能な限り類似した置換基を持つポルフィリンを、集積系を観測したのと同じ溶媒(もしくは誘電率や極性、構成原子の類似した溶媒)で測定して、Ex,yを求めれば良いと考え勝ちであるが、本研究では、4.1 で述べたように、オリゴマーのスペクトル計算の中から最適な値をえらんだ。遷移モーメントm に関しては2.1で述べたように、オリゴマーのスペクトルからモノマー m を計算することで、置換基や中心金属、溶媒による相違も考慮できる。なお、対称性がひどく崩れることがない構造の場合は、あまりこれらのことを考慮せずに実測スペクトルから遷移モーメント mx = myを上と同様に求めればよい。対称性がひどく崩れたポルフィリンの場合は大きさの異なる二つのm(mx, my)を用いる必要があるであろう。

5. 2 構造のサンプリング、最適化、および、対応

本プログラムの特徴としては以下の点が挙げられる。1)ポルフィリンの配置をランダムに発生させるため、広く配置空間をサンプリングできる、2)得られた結果が化学的に正しいかどうかは、van der Waals接触しているか否かでしか判断できない、3)ポルフィリン同士が共有結合で非直接的に結合したような化合物については、ポルフィリン同士の結合様式までは分からない、などである。
本法は、構造のサンプリングと最適化について、初期構造をランダムに発生させているため、探索法としては大雑把であり、サンプリング数が足りなければ十分最適化がなされない可能性も残している。もちろん初期構造をさらに大量に発生させれば、1段階の計算で最適解を得ることができる。しかし、本計算の例では、1段階目でランダムに広く配置空間をサンプリングし、変数(R, Q, q)で収束値を見出して変数を固定し、2段階目で(F, f, y)について「十分に落とし込みをかける」という方法が効率的であることを経験的に見出した。これは、おそらくポルフィリン色素に特有の事情である。即ち、励起子理論では遷移モーメントベクトルの双極子相互作用を計算するのだが、本研究では、ポルフィリンに対してよい近似とされる4軌道モデルに従って、面内で直交する二つの遷移モーメントを用いた。このため、2番目のポルフィリンの面内での回転に鈍感になっている。fyには鈍感な分、2段目の最適化を要したものと考えられる。おそらく、単一の遷移モーメントを持つ系については、2段階法は必要ない。一方、自動的に2段階の最適化を行なうアルゴリズムにしなかったのは、「計算する人自身の自由な構造サンプリングが可能」になることを考慮したからである。例えば、Langmuir-Blodgett 膜中の色素の配向角についてはPolarized UV-vis.法で基板に対する配向角の分布が分かり、X線散乱では面間距離、NMRからはプロトン間距離などがわかる。また、分子力学や分子動力学法などの計算化学的手法で得られた情報(距離や角度)を用い、その周辺で重点的に構造を探索するといったことも有効である。本プログラムは、このような実験的に得られた情報や他の計算で得られた情報を用いて変数を減らし、最適化することも可能となっている。
なお、本法では、初期構造発生段階でのvan der Waals相互作用チェックは行わなかった。仮に初期段階でvan der Waals接触していても、その後より短時間に最適構造に向かうこともあり得るからである。ただし、既に述べたように、その後の最適化ではその考慮を行っている。
今回開発したプログラムを用いると、通常のコンピュータ(Pentium 4, 2.66 GHz)でダイマー1万個の計算が5時間で終了し、実用的である。なお、計算時間短縮のため、プログラム中ではlog Sがある値以下になったときのみ線幅を自動調節するように設定できる。
本 プログラムは3量体以上の計算にも対応している。3番目のポルフィリンの配置は2番目のポルフィリンを原点にして(R, Q, F, f, q, y)で与える。原理的には4番目以降のポルフィリンの位置も同様に与えることになるが、本研究で開発したプログラムは、変数の最大値が 6×2 つまり色素数最大3までに抑えられている。何故なら、ポルフィリンの相互配置をランダムに空間上に発生させて最適化を行うため、4量体以上では発散しやすくなり構造が決まらないことが多いことがわかったからである。また、通常のLinux machineでの計算を想定しているため、計算時間が増大する4量体以上にはあまり向いていない。しかし、いわゆるJ-aggregateやH-aggregateに近い構造で繰り返しを有する場合は、(A)n 型や (AB)n 型のシンプルな単位を有するものである限り50量体まで計算できる。
先述のように、本プログラムの短所は、得られた結果が化学的に正しいかどうかを、van der Waals接触でしか判断できないことである。現在、分子力場を考慮に入れ、分子論的にも無理のない構造をスペクトルからシミュレーションするプログラムを開発中である。また、Warshel, Alden [15, 16] 等の分子軌道法を取り込んだプログラムの開発も進んでいる。

6 まとめ

励起子理論に基づき、ポルフィリン集積系のUV-vis. スペクトルとCDスペクトルからポルフィリン同士の相互配置を求めるプログラムを開発した。このプログラムを用いて、Crossleyらのダイマーと大須賀らのダイマーを対象に計算を行った。Crossleyらのダイマーでは推定構造がX線結晶構造解析結果と一致し、大須賀らのダイマーはポルフィリン同士で接触が起きているものの、比較的実測構造と似た結果を得た。本プログラムがポルフィリン集積系の新たな構造解析法となる可能性を示すことが出来た。

7 プログラムについて

Figure 8 が今回作成したプログラムのフローチャートである。プログラムは日本コンピュータ化学会のホームページにて配布する予定である。本プログラムは、FORTRAN77でかかれており、UNIX, Linuxマシンで動作する。また、配向予測プログラム以外にも、構造からスペクトルを計算するプログラムもパッケージとして同梱している。


Figure 8. Flowchart of quasi-Newton Method.

本研究は文部科学省・特定領域研究「光機能界面の学理と技術(課題番号 417)」の科学研究費補助金を得て行われたものである。

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[25] 係数kV の値は以下のようにして導出した。まず、双極子強度Dは実験的には式(10)に基づいて、

スペクトル関数の面積から求めることが出来る[
21]。この積分は横軸をエネルギー(cm-1)にとるので cgs 単位系になる。スペクトル関数に式(11)のようなVoigt関数を用いると、

(ここでhは関数の高さである。式(12)の0 ~ ∞まで積分したものが式(11)の積分項である)、積分値Sは、高さhと線幅 Ds を用いてS 1.501882 × hDsと近似される(面積は台形法で求めた)。
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