Heyd-Scuseria-Ernzerhof遮蔽クーロンハイブリッド汎関数を用いた周期境界条件(PBC)計算:アナターゼ型およびルチル型TiO2の電子構造

中井 浩巳, Jochen HEYD, Gustavo E. SCUSERIA


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1 緒言

固体物理の分野では、平面波(PW)基底を用いた周期境界条件(PBC)計算がしばしば行われる[1]。内殻電子をPW基底により表現することは困難なので、通常、擬ポテンシャルが用いられる。PW基底によるHartree-Fock (HF)交換積分の表式は提案されているが、密度汎関数理論(DFT)による交換相関汎関数を用いた取り扱いが一般的である。従来は局所密度近似(LDA)を用いた半定量的な議論が行われていたが、一般化密度勾配近似(GGA)の開発により、エネルギーや構造に対する定量的な議論が可能となった。PW基底によるPBC計算プログラムには、PayneらのCASTEP [2]、HafnerらのVASP [3] (CASTEPとルーツは同じ)、SchwarzらのWIEN2k [4]などが有名である。
一方、量子化学の分野では、ガウス型軌道(GTO)を基底関数として用いるのが標準的である。GTOは、内殻および価電子ともに精度良く記述できるので、擬ポテンシャルを用いる必要がない。GTOを用いたDFT計算は、1990年代に多くのプログラム(ADF [5], Dmol [6], Dgauss [7], deMon [8], GAUSSIAN92 [9], CADPAC [10])に組み込まれ、急激に普及した(例えば、文献[11]]参照)。さらに、GGAを超える汎関数としてHF交換項を取り入れたハイブリッド法[12, 13]が提案され、化学的精度(kcal/molオーダー)での議論が可能となった。実際、ハイブリッド法によると、原子化エネルギーは平均誤差3 kcal/molという高精度で見積ることができる[11]。
GTOを用いたPBC計算は、Pisani, Dovesi [14]やSaunders [15]によって定式化され、CRYSTALシリーズ[16]の改良とともにアルゴリズムの検討がなされた。最近、Kudin, Scuseria [17]によって開発されたコードがGAUSSIAN03プログラム[18]に組み込まれた。両プログラムの詳細な比較は、別の解説を参照されたい。長距離的なクーロン相互作用は、CRYSTALではEwald法[19 - 21]、GAUSSIAN03では高速多重極展開法(FMM)[22 - 28]によりそれぞれ効率良く計算している。しかしながら、これらの方法はHF交換相互作用の計算には用いることができない。そこで、いくつかの打ち切りのスキームが提案されてきた[29 - 31]が、バンドギャップが小さいかゼロである系はHF交換相互作用の減衰が遅く、結果として、計算コストの軽減には成功していない。
Heyd, Scuseria, Ernzerhof [32]は、通常の1/rではなく遮蔽されたクーロンポテンシャルを用いることにより、HF交換相互作用の減衰を速くする方法を提案した。この遮蔽クーロンポテンシャルに対応するHF交換相互作用を用いたハイブリッド汎関数がHSE03である。
本研究では、HSE03汎関数を用いてアナターゼ型およびルチル型二酸化チタンTiO2の電子構造を検討する。TiO2の電子構造が着目されるきっかけは、1971年のFujishima, Honda [33]による水の光分解の報告まで遡る。その後、このTiO2の光触媒作用は、本多−藤嶋効果として広く知られるようになった。特にこの10年間、TiO2は光触媒材料として産業界へ普及し、その機能は脱臭、殺菌、抗菌、防汚など様々である[34]。また、超親水性という興味深い現象も報告されている。一方、TiO2の電子構造の理論計算[35 - 56]は、1990年に入って数多く報告されているが、PW基底にLDA汎関数という組み合わせか、GTO基底にHF法という組み合わせがほとんどである。GGA汎関数を用いた計算も多少報告されている[44, 49, 54, 56]が、ハイブリッド汎関数に至っては1報のみである[50]。本研究の目的は、このように多くの実験的.理論的研究がなされているTiO2に対して、新しいタイプのハイブリッド汎関数HSE03がどの程度有効であるかを検討することである。
本論文の構成は、以下の通りである。次節では、本研究の理論的背景として、GTOを用いたPBC計算とHSE03汎関数について説明する。3節では、本研究で用いた計算方法を述べる。4節の結果と考察では、HSE03汎関数の計算効率、凝集エネルギーとバンドギャップ、状態密度(DOS)、構造パラメータと体積膨張率について議論する。最後に、本研究の結論を述べる。

2 理論的背景

2. 1 GTOによるPBC計算

ここでは、GTOによるPBC計算[57, 58]を概説する。周期系に対する1電子波動関数は結晶軌道と呼ばれ、Bloch関数 の線形結合で表される。

ここで、r は波数ベクトル、k は電子座標を表す。基底関数としてGTO

を用いる場合、Bloch関数は次式で与えられる。

ここで、g は格子ベクトルを表す。Bloch関数に対するFock行列は、

となる。ここで、 は中心セルのm番目のGTOと格子ベクトル g で表されるセルのn番目のGTOに対するFock演算子の行列要素である。通常、 は実空間のFock行列、 k 空間のFock行列と呼ばれる。
ハイブリッド法に対する実空間のFock行列は次式で与えられる。

ここで、

である。また、(7), (8)式中の電子反発積分(ERI)は、最大4個の異なるセルに属するGTO間の積分となる。

(8)式中のパラメータaおよび(9)式中のbは、それぞれHF交換項とDFT交換相関項の寄与率を表す。したがって、(a = 1, b = 0)の場合はHF法、(a = 0, b = 1)はDFT法、(a <> 0, b <> 0)はハイブリッド法となる。
Bloch関数に対する重なり行列もFock行列と同様、

となる。
HF方程式あるいはKohn-Sham (KS)方程式は、次のように k 空間で定義される。

すなわち、結晶軌道の展開係数 k 空間で与えられる。そのため、実空間で定義される密度行列 および密度 は、それぞれ次式で求める必要がある。

ここで、wkは級数の重み、q(De)は階段関数、eFはFermi準位である。
結局、HF/KS方程式を自己無撞着場(SCF)的に解くには、Figure 1のサイクルが必要となる。そのため、GTOによるPBC計算のコストは、Fock行列
の作成、 へのFourier変換、Fock行列 の対角化、密度行列 の作成、そしてSCF繰り返し回数による。
ユニットセル内のGTOの数をNk 点の総数をK、考慮するセルの総数をGとすると、Fourier変換の計算コストは、K × G × N2のオーダーである。対角化は、K個のN × N次元のFock行列 に対して行うので、その計算コストはK × N3に比例する。密度行列 の計算コストは、K × G × N3のオーダーである。
Fock行列の作成には、(5) ~ (9)式の行列要素の計算が含まれている。したがって、その計算コストは、行列要素の個数に比例する。 などの1電子積分の計算コストはG × N2のオーダーである。一方、ERIの総数はG3 × N4に比例し、他の行列要素に比べ圧倒的に多いことがわかる。ユニットセルを小さく取り、Nを小さくしても、相互作用が打ち切れない限り、この総数は減らない。この点が、通常の分子系の計算と大きく異なる。逆に、ユニットセルを大きく取ると、Nは大きくなるが、相互作用の打ち切りまでのGは小さくなる。結局、(G × N)はほぼ一定となり、ERIの計算コストはユニットセルのサイズにあまり依存しないことがわかる。クーロン相互作用に対しては、FMMを用いると、近接場に対してのみ、あらわにERIが必要となる。言い換えると、Gを小さくすることができる。一方、交換相互作用に対しては、ERIの打ち切りが困難である。結局、交換相互作用に必要なERIの計算が、PBC計算のボトルネックとなる。


Figure 1. SCF scheme in the PBC calculation.

2. 2 HSE03汎関数

HSE03汎関数[32]では、まずクーロンポテンシャルを次式のように誤差関数により短距離(SR)成分と長距離(LR)成分に分割する。

ここで、erf(wr)は誤差関数、erfc(wr)=1-erf(wr)は補誤差関数である。この分割は、固体物理[59]では広く行われており、また、量子化学の分野[60 - 64]でも最近行われるようになってきた。パラメータwの値によりSR成分とLR成分が調整される。HSE03では、w=0.15を採用している。Figure 2は、w=0.15に対するクーロンポテンシャルの分割の様子を示している。HSE03では、遮蔽されたクーロンポテンシャルを交換相互作用にのみ適用する。


Figure 2. Partitioning of Coulomb interaction.

HSE03は、Perdew, Burke, Ernzerhof [65]によるGGA汎関数PBEと対応するハイブリッド汎関数PBE0 [66 - 69]をベースとしている。PBE0汎関数に対するHF交換項およびPBE交換項を、それぞれSR成分とLR成分に分割する。

ここで、交換項の混合パラメータは、a = 1/4である。いま、HF交換項のLR成分とPBE交換項のLR成分が相殺すると仮定すると、次式が導かれる。

このHSE03は、w = 0ではPBE0汎関数と等価になり、w ® ¥でPBEに漸近的に近づくという性質を持つ。
HF交換項のSR成分の計算には、遮蔽されたクーロン演算子に対するERIが必要となる[70, 71]。

PRISMアルゴリズム[72, 73]を用いると、通常のERI

は、次の積分[0](m)を出発として、漸化式より求められる。

ここで、

である。ここで、U, R, z, hはGTOの積に関する規則から導かれる([72]参照)。同様に、(19)式のSR ERIは、次の積分[0](m),SRから漸化式より求められる。

PBE交換エネルギーのSR成分およびLR成分の計算方法はHSE03の原著[32]でも示されているが、その後、改良が提案されている[74]。ここでは、用いた文献[74]の方法を説明する。まず、PBE交換孔[75]にSRクーロン遮蔽因子を掛けることより、SR PBE交換孔を定義する。

ここで、

(29)式のあらわな表式は、文献[74]を参考されたい。対応する増強因子FXPBE,SR(r, s)は、この交換孔を積分することにより得られる。

さらに、PBE交換エネルギー密度およびPBE交換エネルギーのそれぞれのSR成分は、

と計算される。また、通常のPBE交換エネルギー密度 を用いるとPBE交換エネルギーのLR成分は、次のように計算される。

これに通常のPBE相関エネルギーECPBEを加えると、(18)式のHSE03交換相関エネルギーが計算される。

3 計算方法

本研究では、アナターゼ型およびルチル型TiO2バルク固体の電子構造を、HSE03汎関数を用いたPBC計算により検討した。比較として、LDA、GGA、そして従来のハイブリッド汎関数による検討も行った。LDA汎関数として、Slater交換項[76]とVosko, Wilk, Nusair相関項(VWN5) [77]を含むSVWN5を用いた。GGA汎関数としてPBE [65]、ハイブリッド汎関数としてPBE0 [66 - 69]をそれぞれ用いた。PBC計算はすべてGAUSSIANプログラムの開発版(GDV) [78]を用いて実行した。
GTOを用いたPBC計算では、基底関数の線形従属性によりしばしば数値的な不安定化が起こる。これは、通常の非周期系のHF/KS計算でも見られる問題であるが、その場合、正準直交化により回避する処方が存在する。しかし、 k 空間でHF/KS方程式を解くPBC計算では、現在のところ有効な方法が知られていない。我々の経験では、この線形従属の問題は、軌道指数が0.05 ~ 0.10より小さなGTOを含む場合に発生しやすい。Tiの6-31G基底[79]では、最外殻のsp関数は0.032036という軌道指数を持つ。そこで、この関数を取り除き、次に広がったsp関数(軌道指数0.084096)を縮約から外して用いた。Oの6-31G基底[80]では、すべて軌道指数は0.10以上なので、そのまま用いた。
Figure 3aに示すアナターゼ構造は、P42/amd 正方晶空間群に属する。ユニットセルには、2つのTiO2 ユニットが含まれ、Ti原子は(0, 0, 0)と(a, a/2, c/4)、O原子は(a, a, u), (a, a/2, c/4-u), (a, a/2, c/4+u), (a/2, a/2, c/2-u)に位置する。3つの並進ベクトルは、(a, 0, 0), (0, a, 0), (a/2, a/2, c/2)で与えられる。PBC計算には、X線の実験データ、a = 3.785 A, c = 9.514 A, u = 1.96559 A [81]を用いた。
Figure 3bに示すルチル構造は、I42/mnm 正方晶空間群に属する。ユニットセルには、2つのTiO2 ユニットが含まれ、Ti原子は(0, 0, 0)と(a/2, a/2, c/4)、O原子は(u, u, 0), (a/2+u, a/2-u, c), (a/2-u, a/2+u, c), (a-u, a-u, 0)に位置する。3つの並進ベクトルは、(a, 0, 0), (0, a, 0), (0, 0, c)で与えられる。PBC計算には、X線の実験データ、a = 4.594 A, c = 2.958 A, u = 1.4025 A [81]を用いた。
GDVのPBCコードでは、等方的な k 点を採用している。一般に、 k 点の個数は、実空間の密度行列 、そして、最終的にはエネルギーが収束するように決定される。しかし、その個数はユニットセルのサイズや系のバンドギャップなどに大きく依存する。1次元系のポリフェニレンビニレンに対して、エネルギーの k 点依存性が報告されている。ポリフェニレンビニレンは比較的小さなバンドギャップのため、多くの k 点が必要であると予想されるが、8個の k 点でエネルギーが10-7 Hartreeの誤差で収束することが確かめられている。今回は、アナターゼとルチルにそれぞれ576個(12×12×8/2)と700個(10×10×14/2)の k 点を使用した。この k 点は、各並進ベクトルあたり8個以上に相当する。


Figure 3. Unit cell and periodic image of (a) anatase and (b) rutile TiO2 bulk solid.

PBC計算において考慮するセル数Gの決定には、相互作用が十分打ち切れる範囲を取る方法と、空間的な距離Rcutoffにより妥当な範囲を決める方法がある。前者は、実際に相互作用を見積る必要があり、数値計算上は高コストとなる。一方、後者は相互作用の大小にかかわらずGを決定するため、得られる結果がRcutoffおよびGに依存する。今回用いたGDVのPBCコードでは、後者が採用されている。Figure 4は、本研究で用いたユニットセル(Figure 3)に対するRcutoffとセル総数Gの関係を示している。3次元周期系では、GRcutoff3に比例する。今回は、(4)式のFock行列 および(14)式の密度行列 を扱うセルの範囲は、アナターゼとルチルでそれぞれ21 Aと22 Aとした。対応するセル数は、それぞれ1299 個と1441個であった。交換相関エネルギーを計算するための級数のセル範囲も、これと同じものを用いた。HSE03汎関数と従来のPBE0汎関数におけるHF交換相互作用の空間的な収束性を調べる目的で、5種類のセル範囲を用いた。アナターゼに対してはセル総数を(63, 107, 199, 409, 1299)個、ルチルに対しては (45, 81, 167, 383, 1441)個とした。4.2節以降の結果は、アナターゼ、ルチルに対してPBE0ではそれぞれ(409, 383)個、HSE03では(199, 167)個のセル数を用いた。
また、格子定数を実験値の95 ~ 105 % の間で1 %ずつ変化させ、各体積に対するエネルギーE(V)を求めた。これを、Murnaghanの状態方程式(EOS) [82]

に最小二乗フィッティングすることにより、体積膨張率K0およびその圧力微分K'0を求めた。同時に決定される体積V0より、構造パラメータを算出した。


Figure 4. Number of PBC cells as a function of cutoff distance.

4 結果と考察

4. 1 HF交換相互作用の打ち切り

まず、HSE03汎関数と従来のPBE0汎関数に対して、HF交換相互作用の打ち切りの影響を検討した。アナターゼに対してセル数を(63, 107, 199, 409, 1299)個と変化させて計算を行った。PBE0汎関数では、セル数G <= 199の場合、いずれもSCFの途中でエネルギーの発散が起こった。この数値的な不安定性は、本来、打ち切りが困難なHF交換相互作用を人為的に打ち切ったために生じたものと思われる。一方、HSE03汎関数では、そのような数値的な不安定性は現れず、G = 63に対しても信頼できる結果が得られた。Table 1に示すように、最大のセル数G = 1299を基準とするエネルギーの収束性は、G = 63, 107, 199, 409でそれぞれ10-6, 10-7, 10-8 , 10-9 Hartreeのオーダーである。G = 63に対応する打ち切り距離はRcutoff = 3.8 Aであることを考慮すると、SR HF交換相互作用はかなり速く収束していることがわかる。このSR HF交換相互作用の速い収束は、数値的な安定性だけでなく、計算効率の向上ももたらしている。等しいセル範囲に対する計算でも、HSE03の計算時間の方がPBE0より短くなっている。実際、G = 1299では、1/3倍程度である。HF交換項を計算する必要がないLDAやPBEに比べても、G = 63で打ち切るとHSE03は2.5倍程度の計算コストで済むことがわかる。同様の結果は、ルチルについても得られた。

Table 1. Cutoff distance dependence of PBE0 and HSE03 calculations.

4. 2 凝集エネルギーとバンドギャップ

Table 2は、種々の汎関数により計算されたアナターゼおよびルチルに対する凝集エネルギーである。比較として、先行研究の結果も載せている。括弧内に実験値からの差を示している。HFでは、12 eV以上実験値を過小評価する。一方、LDAではPW基底、GTOともに5 eV程度過大評価する。PBEやBLYP(Becke88交換汎関数[83]+Lee-Yang-Parr相関汎関数[84])といったGGA汎関数では、この過大評価がかなり改善される。PBEでは誤差が1.5 eV程度、BLYPでは0.4 eV以下である。PBE0およびHSE03ハイブリッド汎関数では、絶対誤差が0.5 eV以下とかなり良い結果を与える。特に、PBE0よりHSE03の結果の方が実験値に近いことは興味深い。

Table 2. Calculated cohesive energies of anatase and rutile TiO2 bulk solid (in eV).

Table 3は、種々の汎関数により計算されたアナターゼおよびルチルに対するバンドギャップである。Table 3には、等しい k 点内でのギャップの最小値(Direct)と、異なる k 点間のギャップの最小値(Indirect)を示している。実験値は、後者に対応し、その差を括弧内に示している。HFでは、実験値を3倍以上過大評価する。一方、LDAやGGAでは1 eV以上(約40%)過小評価しているが、これは良く知られたDFT法の性質である。ただ、文献[38]のLDAおよび文献[56]のPBEの結果は、誤差が0.5 eVと比較的小さく、何らかの誤差の相殺が含まれているものと思われる。HF交換項を考慮したハイブリッド法では、バンドギャップは大きくなる。PBE0では1 eV (30 %)オーバーシュートするのに対して、B3LYP [13, 83, 84]では0.5 eV (15 %)、HSE03では0.3 eV (10 %以下)である。PBE0は、HF交換項を25 %含むのに対して、B3LYPでは20 %である。この割合とオーバーシュートの程度はつじつまが合う。HSE03はPBE0に基づくが、SR HF交換項、つまり、HF交換項の一部を含んでいることに相当するのでオーバーシュートが最も小さくなったものと思われる。また、HFを除くすべての方法でアナターゼのバンドギャップの方がルチルより0.2 ~ 0.3 eV大きくなっており、絶対値はともかく両者の差は実験値を再現している。

Table 3. Calculated band gaps of anatase and rutile TiO2 bulk solid (in eV).

4. 3 状態密度(DOS)

Figure 5は、LDA, PBE, HSE03, PBE0汎関数に対して得られたアナターゼおよびルチルのDOSである。これらの図では、価電子バンド(VB)の上端、すなわちFermi準位を0 eVとした。定性的にはどの汎関数に対しても類似したDOSとなっていることがわかる。前節でも議論したとおり、VBと伝導バンド(CB)のギャップは、LDA, PBE, HSE03, PBE0の順で大きくなっている。-20 ~ -15 eVにあるバンドは後述のようにO 2sバンドと帰属される。このO 2sバンドとVBとのギャップもLDA, PBE, HSE03, PBE0の順で大きくなっている。LDAからPBE0へのシフトは、4 eV以上である。また、各バンド幅もこの順で最大0.5 eV広がっている。これらの汎関数依存性は、アナターゼ、ルチルに共通している。


Figure 5. DOS of anatase and rutile TiO2 bulk solid calculated by the LDA, PBE, HSE03, and PBE0 functionals.

Figure 6は、HSE03汎関数に対する部分状態密度(PDOS)である。アナターゼとルチルでは、多少のバンド構造やバンドギャップの違いが見られるが、かなり類似していることがわかる。-20 ~ -15 eVの深いバンドは、O 2sバンドと帰属される。このバンドにはTi 3d軌道はほとんど寄与していない。VBは、多くの報告があるように、O 2p軌道が主で、部分的にTi 3d軌道が混ざっている。これは、Ti-Oの結合がTi 3d軌道とO 2p軌道の間で形成していることを示す。特に、この結合性軌道はVBの低エネルギー領域のピークに対応しており、高エネルギー領域はO 2p軌道に局在化していることがわかる。一方、CBは主にTi 3d軌道で、O 2p軌道が多少混入している。このバンドはTi-Oの反結合性軌道に対応する。また、結晶場分裂が見られ、低エネルギー側がt2gバンド、高エネルギー側がegバンドに帰属される。さらに高いエネルギーには、幅広いTi 4s, 4p軌道のバンドが存在する。このようにHSE03は定性的には従来報告されているDOSを再現するとともに、バンドギャップなどに関してはより定量的な結果を与えることが示された。


Figure 6. PDOS of anatase and rutile TiO2 bulk solid calculated by the HSE03 functional.

Table 4にLDA, PBE, HSE03, PBE0計算によるMulliken電荷を示す。これにより、各汎関数による化学結合の記述の違いを表している。アナターゼ、ルチルともに、LDA, PBE, HSE03, PBE0の順でイオン性が増大している。また、HSE03とPBE0が近い値となっている。

Table 4. Mulliken charges of Ti and O atoms in anatase and rutile TiO2 bulk solid.

4. 4 構造パラメータと体積膨張率

最後に、格子定数を実験値の95 ~ 105 % の間で1%ずつ変化させ、その結果をMurnaghanのEOS [82]に最小二乗フィッティングすることにより、体積膨張率K0およびその圧力微分K'0を求めた。同時に、構造パラメータaおよびcも決定した。Table 5にLDA, PBE, HSE03汎関数に対して得られた結果を示す。HSE03による構造パラメータaおよびcは、LDA よりも長く、PBEより短い中間的な値を取り、実験値には近い値であった。一方、HSE03による体積膨張率K0の計算値は、PBEより大きくなり、実験値からのずれが大きくなった。ただ、実験値自体大きな誤差を含むので妥当性の評価は困難である。また、HSE03とLDAのK0がアナターゼ、ルチルともに近い値であることは興味深い。Table 5のデータは、HSE03はLDAと同様、PBEより結合を強く表現する傾向があることを示している。

Table 5. Geometric parameters and bulk moduli of anatase and rutile TiO2 bulk solid calculated by the LDA, PBE, and HSE03 functionals.

5 結論

本研究では、多くの実験的・理論的研究がなされているアナターゼ型およびルチル型TiO2バルク固体に対して、新しい遮蔽クーロンハイブリッド汎関数HSE03を用いたPBC計算を実行した。HSE03は、SR HF交換項のみを考慮しているため、かなり短距離でPBCセルを打ち切ることが可能であり、数値計算上の安定性、エネルギーの高収束性、計算コストの軽減が同時に達成された。また、凝集エネルギー、バンドギャップ、構造パラメータ、体積膨張率などの実験値もよく再現することが示された。特に、バンドギャップに関しては、LDAやGGAではかなり過小評価していたのに対して、HSE03は0.3 eV程度の誤差で実験値と一致することがわかった。HSE03を用いたPBC計算から得られるDOSやPDOSは、TiO2バルク固体の化学結合に関する重要な情報を与えることが確認された。以上の検討より、PBC計算におけるHSE03ハイブリッド汎関数の有効性が確かめられた。言い換えると、HSE03はPBC計算にコスト、精度両面において最も適したハイブリッド汎関数である。
最近、HSE03を用いたいくつかの研究[32, 74, 85 - 87]が報告されているが、いずれもその有効性を示す結果となっている。ただ、これらは安定構造近傍の基底状態の性質を議論している。非局所的な交換相互作用が重要とされている遷移状態(TS)や電荷移動型(CT)あるいはRydberg型励起状態の計算への適用例はいまだ報告がない。HSE03によるHF交換項のLR成分の打ち切りが、これらの記述にどのように影響するかは非常に興味深い。

本研究は、「早稲田大学特別研究期間制度」の一環として、第1著者が米国Rice大学で実施したものであり、関係各位に深謝する。

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