ナノ秒のMDシミュレーションから求めたペプチド二次構造の確率予測―三角マップ表示した%スティッキネス法の有用性

村山 真一, 吉田 昼也, 青山 崇, 浦田 賢, 西垣 功一


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1 序文

アミノ酸配列(一次構造)情報からタンパク質の立体構造(三次構造)を予測することはフォールディング問題として、多くの研究がなされてきたが、未だ十分に実用的な解法は得られていない[1 - 3]。ポストゲノム計画として立ち上がってきた「タンパク3000プロジェクト」は、現存するタンパク質のフォールド全体をX線やNMRで解析し、それらを一般的構造予測の資源としようとする壮大な試みである。この場合、一次構造を三次構造に直接結び付ける手がかりを探すことになろう。一方、一次構造から二次構造さらに三次構造へと順次構造を組み上げていくアプローチもあり、多くの試みがなされてきた[4]。この一つに分子動力学(MD)的アプローチがあり、まだ厖大な計算時間を必要とし実用的ではないものの、対象がペプチドレベルであれば、分子動力学的に平衡構造を求めることが可能となってきている。例えば、ペプチドがヘリックスを形成するのには、約300ns要することが示されてきた[5]。
この状況で、最近筆者らは、ナノ秒の計算で求めたオリゴペプチドやオリゴヌクレオチドの構造が実体験時間(秒~分)での現象と関係付けられることを発見した[6, 7]。特に、ペプチドにおいては二次構造形成傾向がナノ秒段階で、ある程度窺い知ることができるという、いわば「栴檀は双葉より芳しい」ともいえる現象を見出した[7]。このことは、確率論的ではあるものの、ナノ秒段階で将来の構造を予測しうることであり、現在興隆しつつある厖大な分子ライブラリー(1012∼15分子)を扱う進化分子工学には、「in silico淘汰」の基礎になる重要な事実といえる。とりわけ、“モジュール”や“ドメイン”などのタンパク質部分構造をシャッフルして組合せ化学的に分子構築を行う“ブロックシャフリング法”[8, 9]においては、その出発ブロック材料の設計問題が大きなテーマであるが、このための有力なツールを提供する可能性がある。先の論文 [7]で不思議な現象として、結晶構造解析データに基づき経験則として作り上げられたはずの「タンパク質におけるアミノ酸の二次構造形成性向」に関するChou-Fasmanパラメータ[10]が、ペプチドのナノ秒構造におけるaヘリックス含量の予測に用いうるという事実を報告した。本論文ではこのことをより一層鮮明に捉えるために、三角マップ法の導入が有効であることやその後、追加補強したデータに基づきながら新たに「(確率論的)2次構造簡易判別法」を作成しうることを報告する。

2 方法

(i) シミュレーション試料
シミュレーションには16残基のペプチド配列を用いた(一部文献[7]に)。配列は、Chou-Fasmanの経験則を用いながら一定の方式で3つのカテゴリー(a-helix-biased (a型)、b-sheet-biased (b型)、Non-biased (非バイアス型))に分類されるものを合計100種(内、新規20種)作成した。
(ii) MD シミュレーション
MD計算は既報の文献[7]に従った。すなわちまず、それぞれのペプチド配列についてランダムに初期構造を作成し、その後、エネルギー極小化と系の平衡化を行い、1ナノ秒のMDシミュレーションを行った。計算は、分子動力学計算パッケージAMBER 7を用い、力場はAMBER 99の下で、溶媒モデルとしてGB/SAを採用した。
(詳細は、Appendixおよびhttp://gp.fms.saitama-u.ac.jp/sequence.htmを参照)

3 結果と考察

出力された原子座標から求めた旋回半径(Rg)の一例とアミノ酸配列をFigure 1に示す。これらの結果に対して統計処理したものがTable 1にまとめられている。ここで、X%スティッキネス(X%s)とは、文献[7]で導入された動的構造記述パラメータであり、分子内の2つの原子が計測時間(ここでは1ns)中のX%(ここでは20%)以上の時間、定義された原子間距離(ここでは0.5nm)に存在したときに、その2つの原子はX%sにあると呼び、構造安定性の指標となる。


Figure 1. Rg trajectories of three representative peptides (a) a-helix forming biased peptide (Pa-a05_46), (b) b-sheet forming biased (Pb-b29_13), and (c) Non-biased (P0-018_44), which have the sequences : QMLLGKAYKLHCDKQL, VFYVEIWWYCTFFYQW, and GGVGAFNMFYIQILKL, respectively.

Table 1から明らかなようにa型はb型に比べて、1ns時点での平均aヘリックス含量が高い。同時に20%sにある原子の割合が有意に高いが、これはb型よりa型の方が(ns以下の寿命の話ではあるが)安定した構造にある原子の割合が多いことを示していると解される。一方、非バイアス型は配列生成時点においてはバイアスをかけていないが、生成したペプチドは結果的にa偏向やb偏向した配列を含むことになる。有限分子集団(30試料)に対しての結果であるが、非バイアス型は各種のパラメータ全体ではa型ともb型とも異なる挙動を示しているのが注目される。

Table 1. Some properties of hexadecapeptides obtained after ns-MD simulation
CategoriesMean Rg (102pm)a-helix contentb-sheet content20%stickiness*/molecule
a-biased8.05(0.23)33.10.2910.4 (1.87)
b-biased8.07(0.17)29.10.468.31 (1.76)
Non-biased7.81(0.21)28.40.3611.9 (2.26)
* The number of atomic pairs having 20%-stickiness per molecule (see Ref.[7]).
Standard deviations are shown in parentheses.

3. 1 %スティッキネスの三角マップ表記

今回、%スティッキネスを視覚化し有益な情報をえる目的で、三角マップ表示を導入した(Figure 2)。すなわち、ペプチド分子の1ns−MDシミュレーションの間にそれぞれの原子対で20%sが成立したものを数え上げた(実際の表示はそれぞれのペプチド分子に関して異なる初期構造(50種)から出発したシミュレーション結果の総和となっている)。


Figure 2. Triangle map representation of 20%-stickiness of a peptide. The Ca atoms (iA) and the mass center of the side chain (iS) are aligned on the top and at the side in a numerical order to provide the %stickiness result (summation over 50 different simulations) at the intersect for the relevant atomic pairs, which is effectively monitoring NH...C=O pairs. The higher the number at the cross is, the more the %stickiness is. The peptides shown here are (A) a-helix forming biased (Pa-a02), (B) b-sheet biased (Pb-b23), (C) non-biased (P0-024), and (D) the highest a-helix content monitored by snapshot analysis.

Figure 2の代表例に見られるように、a型では、三角マップの対角線から3残基分だけ平行シフトしたライン(“対角線シフト”)が現れ、ちょうどaヘリックスが形成したときに期待されるものと対応している。実際には、全体の一部(20%)の寿命であり、それぞれの原子対のフェーズが必ずしも揃って現れるものではないことを考えれば、この“対角線シフト”の出現はaヘリックスの形成を積極的に意味するものではないが、それにもかかわらず、それを示唆するものとして興味深い。ここにも「栴檀は双葉より芳しい」性質が現れている可能性がある。
Table 2に、a型(35分子)、b型(35分子)、非バイアス型(30分子)合計100種のヘキサデカペプチドに関してこの処理をしてえたものを統計処理した結果を示している。

Table 2. %stickiness pairs appearing on the whole or on the off-diagonal line of the triangle map.
CategoriesWholeOff-diagonal line
Total* 20%sAverageAverageAverage over threshold
a-biased18137518.2112.5 (30.1)80.2 (34.0)
b-biased14546415.694.6 (29.6)52.6 (32.2)
Non-biased17914597.199.1 (21.5)53.8 (26.8)
* The summation was taken over all the different peptides of non-biased (30 species), a-helix biased (35), and b-sheet biased (35).
(the number of %stickiness atomic pairs on the triangle map) / (the number of molecules).
(the number of %stickiness atomic pairs on the off-diagonal line) / (the number of molecules).
The number of %stickiness pairs which is larger than or equal to the threshold value was subjected to the average calculation

Table 2から、平均値としては、この処理においてもa型がb型よりも高い%スティッキネスを示すことがわかり、Table 1の結果と符合している。ただし、標準偏差がやや大きいためにこの解釈の信頼性はやや低いものとなっていることに留意する必要がある。
ここで、以上のような統計的解析を離れて、Chou-Fasman経験則からaヘリックス形成能が最も高いと考えられる配列のペプチド(すなわち、Pa-a28)の三角マップを描いたものがFigure 2Dであり、他のペプチドに対するもの(Figure 2B, C)とは異なり、かなり有意に対角線シフトが現れている。このことから、この三角マップ表記により、ナノ秒レベルの観察でaヘリックス形成能の推測が可能になったと考えられる。

3. 2 確率的二次構造簡易判定方式

最後に、Figure 3に示すMDシミュレーションで得られた“ペプチドの20%sと旋回半径(Rg)の相関”を元にして、これまでの結果を踏まえて、ペプチドが形成する2次構造の判定方式として次のものを試みに提唱する。


Figure 3. Correlations between 20%-stickiness and Rg of each category of hexadecapeptides. The symbols, , , , represent a-helix forming biased, b-sheet forming biased, and non-biased, respectively. The number of each symbol per block was counted to obtain the probability.


ここにおいて、Rg およびsはそれぞれ、試料についてえられた旋回半径および20%スティッキネスの値を示し、SRgs平面の区画座標の関数を表している。Pはその時の確率であり、経験的にTable 3で与えられるものとする。Table 3は現在得られている100種の異なるヘキサデカペプチドに関するものであり、統計的に信頼性のあるものにはなっていないが、今後、試料数を増やすことによりこのテーブルの信頼性を高めていくことが出来ると考えられる。この表はペプチドに関する計算から得られているがタンパク質の部分構造としての二次構造予測にも当然使いうると期待される。

Table 3. Probability matrix of secondary structure formation obtained by MD simulation.

* The serial number for Rg-Interval. The serial number for %stickiness Interval. Figures within a section represent the ratio of the number of points within a section, the total number of points, and the number of points belonging to a-helix-biased, b-sheet-biased, and non-biased actually found.

4 結論

本研究を通じて、ヘキサデカペプチド100種に関してns−MDシミュレーションを行ったが、その結果えられたペプチドのRgや%スティッキネス解析(動的構造解析)などからペプチドのaヘリックス形成能が確率的に予測可能となった。一方、%スティッキネスの三角マップ解析を導入することでaヘリックス形成傾向が可視化されたと考えられる。

参考文献

[ 1] Gnanakaran S., Nymeyer H., Portman J., Sanbonmatsu K. Y., and Garcia A. E., Curr. Opin. Struc. Biol., 13, 168-174 (2003).
[ 2] Snow C. D, Sorin E. J., Rhee Y. M., and Pande V. S., Annu. Rev. Biophys. Biomol. Struct., 34, 43-69 (2005).
[ 3] Fetrow J. S., Giammona A., Kolinski A., Skolnick J., Curr. Pharm. Biotechnol., 3, 329-47 (2002).
[ 4] Baldwin R. L. and Rose G. D., Trends Biochem. Sci., 24, 26-33 (1999).
[ 5] Sporlen S., Carstens H., Statzger H., Renner C., Behrendt R., Moroder L., Tavan P., Zinth W., and Wachtveit J., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 99, 7998-8002 (2002).
[ 6] Biyani M. and Nishigaki K., J. Biochem., 138, 363-373 (2005).
[ 7] Murayama S., Mori T., and Nishigaki K., BIOINFO2005, 300-04 (2005).
[ 8] Gilbert W., Nature, 271, 501 (1978).
[ 9] Kitamura K., Kinoshita Y., Narasaki S., Nemoto N., Husimi Y., and Nishigaki K., Protein Eng., 15, 843-853 (2002).
[10] Chou P. Y. and Fasman G. D., Annu. Rev. Biochem, 47, 251-76 (1978).

Appendix

Table A1. シミュレーションに用いたペプチド配列
aヘリックス形成傾向バイアスbシート形成傾向バイアス非バイアス
CodeSequenceCodeSequenceCodeSequence
Pa-a01EKEQQCCLDHKLMCELPb-b01YIIVYYYYVFWYIYHTP0-001IYAFCGRRARAVGIDK
Pa-a02CELCMMMKLKALLMLKPb-b02WVTRIFTVTWIIFWWFP0-002AGVGLALRNACFIVTT
Pa-a03CMHEQDEHQMCHHAKEPb-b03VWVWWVTWTWAVTFWFP0-003ERNKMLLMETNKGNII
Pa-a04KHKQLQCHLHGCLAHHPb-b04WVTWYIIYFTWTIMVYP0-004LGKGAIRFVLTETLRR
Pa-a05QMLLGKAYKLHCDKQLPb-b05GIFYFDIVTTWWWVYWP0-005LRSNRVDVERSIVDGT
Pa-a06ECYQLEIEKCECQQMMPb-b06YIITSIIYFVIFTYFGP0-006RSSTRNNFMINDNGKL
Pa-a07KQKLSHCACHQCSMQAPb-b07TVFWTVTWVWWTFFVTP0-007MANSGGLRLISEIFAR
Pa-a08HHGCEKQHQEEHQCAAPb-b08WAVYWFFVHVWCGVWVP0-008ANLHSGYETNNQGDNL
Pa-a09AMLQHHHTLLLCLCLHPb-b09VFVYWVYYVWTIVYIVP0-009ASKIKVAIECAMEGMF
Pa-a10QCMHECEAKQQHMKAEPb-b10IETVYWWIFVIWYVTEP0-010LTTFLKWDIRGLENNL
Pa-a11LHHMCKMKHKLACEEDPb-b11FFWYVWFYHFFVYYVWP0-011RDCNSGFRKWTDIRNN
Pa-a12KGEKQKCWEAMMELLLPb-b12VTTTIFWFYYVWIYVTP0-012RMNNELDQIKRSTYYL
Pa-a13KALECMQQEKSIMCAEPb-b13WSVIVTTTTTFFFVFIP0-013QYGGDRMDDWKDKELL
Pa-a14LQEEALLQYEMELKGQPb-b14ITFTVYFFVWFITIVIP0-014GYWTDRRLTMTYRNLI
Pa-a15HMMEFMMCLECEAACKPb-b15VYNYTTTVFWYIFTVYP0-015SACELKMRSILKVEKT
Pa-a16EEMCLGMQMHHKYQAHPb-b16STFVFWVVIIRVWITCP0-016NRITKNVCDSDAAGCA
Pa-a17KMQHCQELQQMEHLLKPb-b17VTFVYIFFWVFIQTKWP0-017TMKRRTQENVRFIENS
Pa-a18LEHHKMKHCWDMKKAHPb-b18FVWTIFVWFTWFFVYTP0-018GGVGAFNMFYIQILKL
Pa-a19TLCQAELAESCQQLHEPb-b19YYYFYYVWVIVWCFIIP0-019WDNTLLGCIHFSCVQK
Pa-a20HHEKQAKHKEQQHKYQPb-b20FWYVYWIFETIVYWVTP0-020RNIEDCMGQGADRDNL
Pa-a21EHMKADMKLKFHMLMIPb-b21WIYVIFITISTCICTWP0-021LGKDRFLAVEVLHVTI
Pa-a22HKHDELKAMHAHLALMPb-b22WGTIYFCVVVWFWCFVP0-022LRTERILCTFRFKGAG
Pa-a23LDAHAEEKWAHLMMMIPb-b23YSFVIIYWLYIIIYVFP0-023LKASSDYREAVLDFRT
Pa-a24WMWLHKELMAAEKMDEPb-b24IFYYWTWNTVVYTFWWP0-024GRGFEYQNTGSRVRYY
Pa-a25MEKKELLMHHCDLELKPb-b25VCWWIVFVVGCFCIVWP0-025KVNGNREDGFRRTYDK
Pa-a26HAEADDKALHDALDAKPb-b26CIFCIYFYVFCSGCSCP0-026MEKVCAVMLILFLLLC
Pa-a27AKHKMELKHLLELADHPb-b27CGYFTWVYTWNWTTIIP0-027MFKQDFACSMKGSVVC
Pa-a28EMHKAMMAAEVHLHAEPb-b28TCCWWHVITCVCVCICP0-028RNTVRGINRLHKTKVF
Pa-a29MLAKKEDEDMHMKLTAPb-b29VFYVEIWWYCTFFYQWP0-029AADIDSGLDYDRATNN
Pa-a30EDEADDADHDAEDDLAPb-b30YIWFTYVWVVIYCFTYP0-030VTHEGFVIKLNRACRE
Pa-a31CAMQAVKEMIKQFDAQPb-b31YMYYMWIQCIVTYTCV
Pa-a32WVWLCTTQLMKQVDGLPb-b32MIMTYLMWVIWWMLMI
Pa-a33CFQARMMHIEALMMMVPb-b33LLWLLCVWMWLCWVCY
Pa-a34WKKHELLHWIKHFHHKPb-b34LFVWYFMVLTTTVIEC
Pa-a35QKWMWMKHSWLFMMFQPb-b35AWWWCMICWAYSVCMW
*16残基の各位置に9割の確率で、Chou-Fasmanの経験則においてaヘリックス形成傾向の高いアミノ酸が入るように作成した(aヘリックス形成傾向バイアス:Pa-a01〜a35)。 同じようにbシートに対しても行った(bシート形成傾向バイアス:Pb-b01〜b32)。 一方、aヘリックス、bシートどちらにも偏向をかけない非バイアス(P0-001〜030)を作成した。

Table A2. MDシミュレーション条件
非結合による相互作用のカットOFF
GB/SAモデルON
ステップ数500,000
時間刻み2 fs
温度300K で一定
塩濃度0.2 M


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