フラグメント分子軌道法に基づいた生体巨大分子の電子状態計算の現状と今後の展望

中野 達也, 望月 祐志, 甘利 真司, 小林 将人, 福澤 薫, 田中 成典


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1 はじめに

近年、国際的な構造ゲノミクス/プロテオミクスプロジェクトの進展により、世界全体でタンパク質立体構造データベース(Protein Data Bank; PDB)への登録数が急増しており、2007年3月現在、42,000件以上の立体構造が登録されている。日本においても、理化学研究所の構造プロテオミクス研究推進本部(RIKEN Structural Genomics/Proteomics Initiative; RSGI)が中心となって「タンパク3000プロジェクト」のもとにX線及びNMRによるタンパク質の立体構造解析が強力に推進されており、決定されたタンパク質の立体構造に基づいた創薬(Structure Based Drug Design; SBDD)への期待が高まっている。これまで薬物設計の分野では、定量的構造活性相関(Quantitative Structure-Activity Relationship; QSAR)や、1980年代以降はそれに加えて計算機上で医薬品候補化合物を標的タンパク質に結合させるドッキング法が主に使われてきた。しかしながら、分子間の相互作用は古典力学的な力場関数や経験的なスコア関数では精度よく記述できない場合が多く、第一原理(量子力学)に基づいた、タンパク質のような巨大分子系にも適用できる分子計算手法の実現が待たれていた。
本稿では、産業技術総合研究所の北浦により提唱されたフラグメント分子軌道法(Fragment Molecular Orbital method; FMO法)について、その概要と生体高分子への応用を紹介する。FMO法は、量子力学に基づいて生体分子の電子状態計算を行うことができるため、分極や電荷移動を伴う分子認識や、酵素反応、さらには光合成反応のようなタンパク質の励起状態にも適用可能な方法である。
非経験的分子軌道(ab initio MO)法や密度汎関数(DFT)法は、低分子化合物の電子状態、物性、構造の計算などに大きな成果を上げてきた。しかしながら、これらの方法は計算時間やメモリー使用量が莫大なうえ並列化が難しいため、生体分子への応用は、先駆的な研究は出ているものの[1 - 5]、その数が限られていた。ところがFMO法の出現により、生体高分子の電子状態を丸ごと計算することが、比較的小規模なPCクラスターでも実用的な計算時間で可能になった。
FMO法は、分子の電子状態の近似計算法であり、「フラグメント」MO法の名前のとおり、分子をフラグメントに分割して計算を行う。ただし、フラグメントに分けてはいるものの、多体効果を効果的に取り込んでいることが理論的にも数値的に示されている。そのため、通常のab initio MO法と同等の結果を得ることができる。しかも、分子系の大きさをNとすると、通常のHartree-Fock (HF)法ではO(N2-4)の計算時間がかかるが、FMO法ではそれをO(N1-2)に落とすことができる。また、並列化計算にも向いている。
FMO法の実装としては、産業技術総合研究所のFedorovらによるGAMESS版[6 - 22]、豊橋技術科学大学の関野らによるNWChemへの組込み[23 - 25]、現在文部科学省次世代IT基盤構築のための研究開発プログラム「革新的シミュレーションソフトウェアの研究開発(RSS21)」プロジェクト及びJST CREST「フラグメント分子軌道法による生体分子計算システムの開発」プロジェクトを中心に開発が進められているABINIT-MP [28, 30 - 33, 36 - 39, 41 - 54]などがある。ABINIT-MPの公開版はRSS21のホームページ(http://www.rss21.iis.u-tokyo.ac.jp/result/download/) から無償でダウンロードできる。以下の章では、FMO法の概要、多層FMO (MLFMO)法、及びFMO法に基づいた解析方法について紹介する。

2 フラグメント分子軌道(FMO)法

FMO法[17, 26 - 30]では、分子をNf個のフラグメント(モノマー)に分割したときの、モノマーIのHamiltonian HIとして次の形のものを用いてSchrodinger方程式を解く。

ここでrJ(r')はモノマーJに含まれる電子の位置 r'における電子密度である。モノマーのHamiltonianには周囲のNf-1個のモノマーからの環境静電ポテンシャル(式(2)第3項)が含まれている。このため、全てのモノマーについて電子分布が自己無撞着(self consistent)になるまで繰り返し計算(monomer self consistent charge計算、monomer SCC計算)を行う。フラグメントペア(ダイマー)IJについても、モノマーと同様に、次のSchrodinger方程式をMOがダイマー内に局在するようにして解く。

ダイマーのHamiltonianは環境静電ポテンシャルがNf-2個のモノマーからの寄与となる以外、モノマーのものと同じである。
Hartree-Fock法の場合(FMO-HF)の具体的な計算手順を以下で説明する。ここではモノマーおよびダイマーは閉殻系であると仮定する。ただし、FMO法自体は開殻系や励起状態に対しても適用可能である。モノマー及びダイマーのHartree-Fock-Roothaan方程式は、modified Fock演算子を用いて次のように表される。

ここで、X = Iの場合がモノマーの、X = IJの場合がダイマーのHartree-Fock-Roothaan方程式となる。VXは周囲のフラグメントからの環境静電ポテンシャルであり、周囲のフラグメントの原子核からの静電ポテンシャルuKと電子からの静電ポテンシャルvKの和からなる。
式(6)の第3項が、MOをフラグメント内に局在化させるための射影演算子で、パラメータBkを106にセットすることでqkを変分空間から外す働きをする。分子内でフラグメントに分割する場合は、sp3炭素の位置で分割する。この、分割位置にある原子をbond detached atom (BDA)と呼ぶ(Figure 1)。qkにはC-H間の原子間距離を1.09Aに固定したメタン分子のMOをnatural localized MO法で局在化したMOを用いる。ただし、分子内のフラグメント分割はsp3炭素の位置に限定される訳ではなく、sp3ケイ素で分割することも可能である[32]。
実際の計算では、BDAが属するフラグメントをI、BDAに結合している原子が属するフラグメントをJとすると、q1がBDAに結合しているフラグメントJの原子へ向くように局在化MOを回転し、フラグメントIからは回転後のq1をシフト演算子を用いて除き、フラグメントJからは回転後のq1以外の局在化MOを除く。このように変分空間を制限することで、フラグメントのMOをフラグメント内に局在化させることができる (Figure 1)。また、後述するフラグメント間相互作用エネルギー(Inter-Fragment Interaction Energy; IFIE)解析のために、BDAの炭素原子の核電荷6を、BDAが属するフラグメントIに5、BDAに結合しているフラグメントJに1と分割している。


Figure 1. Bond detached atom and localization of fragment MO.

FMO法の計算手順をFigure 2に示した。


Figure 2. The FMO computational scheme.

実際のFMO計算では、計算時間がかかる環境静電ポテンシャルを近似することや十分離れたダイマーのエネルギーを静電相互作用エネルギーのみの計算で求めることにより、ほとんど精度を落とすことなく高速な計算が可能である[24]。
核−核反発エネルギーを含めた分子の全エネルギーEは、モノマーエネルギーEI及びダイマーエネルギーEIJを用いて、近似的に次のように計算できる。

また分子の全電子密度r(r)も同様に計算できる。

FMO法による全エネルギーEの式(14)を変形すると、全エネルギーをフラグメント間相互作用エネルギー(IFIE) と環境静電ポテンシャルからの寄与を除いたモノマーのエネルギーE'I = EI - Tr(PIVI)の和

で表すことができる[14, 17, 25, 33]。ここで、

である。DPIJはモノマーとダイマーの電子密度行列の差分行列であり、E'IJはダイマーに対する環境静電ポテンシャルの寄与を除いたダイマーのエネルギーE'IJ = EIJ - Tr(PIJVIJ)である。IFIEを用いることで、例えば受容体タンパク質の各アミノ酸残基とリガンドとの相互作用を定量的に解析することができる。
三体項まで考慮したFMO(FMO3)法のエネルギー表記は、式(18)となる[7, 8, 17, 18, 21]。式(18)を用いると、三個のモノマーの内、一個でも離れている場合の三体項の寄与は0となるため、互いに近接した三個のモノマーからなる三体項のみ計算すればよい。環境静電ポテンシャルに近似を導入した場合のVIJKの計算方法には工夫が必要であるが[18]、今後はFMO3計算が主流になると考えられる。

分子のフラグメントへの分割方法は、FMO法の計算精度に影響する。一般論としてフラグメントサイズを大きくすることで計算精度は向上するが、計算時間も増大するため、バランスのとれた分割方法が必要となる。ポリペプチドの場合、デフォルトでは1残基単位で分割する(Figure 3)。フラグメント間相互作用解析を行う場合は、1残基で分割すると解析結果が見やすい。


Figure 3. Fragmentation of polypeptide.

ジスルフィド結合で結合した二つのシステイン残基はFigure 4に示したように分割する。


Figure 4. Fragmentation of disulfide bond.

DNAについてはFigure 5で示したように分割する。Figure 5 (b)のように塩基をフラグメントに分けると計算精度は低下するが、塩基間の相互作用を解析する場合に便利である。


Figure 5. Fragmentation of DNA.

ABINIT-MPは最初、PCクラスタのようなスカラーパラレルアーキテクチャを念頭に開発されてきたが、現在は、地球シミュレータのようなベクトルパラレルアーキテクチャにも対応している。Hartree-Fock (HF)レベルのFMO計算プログラムをベクトル化する際のボトルネックとしては下記の二点が上げられる。

  1. 積分計算のベクトル化
  2. Fock行列生成のベクトル化
1) については、ABINIT-MPで使用している小原法[34]の漸化式を全て展開し、その外側の原始ガウス型関数(primitive GTF)と短縮殻(contracted shell)から構成されるベクトル化ループ長をできるだけ長くするという方針で修正を行った。2) については、止まり木アルゴリズム[35]を採用し、修正を行った。これらの修正により、ポリグリシン512残基のFMO-HF/STO-3G計算において、地球シミュレータ512ノード(4096プロセッサ)を用い、ベクトル化率97.681%、並列化率99.9840%、実効フロップス値5.1TFLOPSを達成した。
タンパク質のような生体系分子においては、水素結合やvan der Waals相互作用が重要である。HF法レベルでも、水素結合については半定量的に記述することが可能であるが、分散力に基づいたvan der Waals相互作用を記述するためには、電子相関を考慮することが必須である。このような計算には、化学反応の計算によく用いられる密度汎関数法は、分散力を適切に記述することができないため、必ずしも適しておらず、Post-HF法の中では、2次のMoller-Plesset摂動論に基づいたMP2法が計算コストの面から第一選択となる。FMO法では、モノマー及びダイマーのMP2相関エネルギーを、それぞれEIMP2, EIJMP2とすると、系全体のMP2相関エネルギーEMP2は、

で計算される。したがって、IFIEのMP2法による補正DEIJMP2は、

となる。ABINIT-MPには望月により開発された、並列化された高速な積分直接駆動型MP2計算エンジン[36, 37]が組み込まれており、タンパク質やDNAのような巨大分子系のFMO-MP2計算が可能となっている[38, 39]。また、相関エネルギーだけでなく、緩和項を含む2次の密度行列も計算できる。このMP2計算エンジンは、ループの最深部が全てBLASでコーディングされているため、修正を行うことなしに地球シミュレータ上で稼働することができた。
実証計算として、エーザイ株式会社と共同で、抗アルツハイマー型認知症薬のターゲットとして重要なアセチルコリンエステラーゼとアリセプト(一般名:ドネペジル)のFMO-MP2法による相互作用解析を行った。地球シミュレータ128ノード(1024プロセッサ)を用い、532残基+アリセプト(原子数:8,409,原子軌道数:46,831, Figure 6)のFMO-MP2/6-31G計算を3.0時間で実行し、van der Waals相互作用などいくつかの重要な相互作用が示唆された。これは、地球シミュレータを用いた500残基を超えるタンパク質の電子相関を考慮した電子状態計算の有用性と実用性を示しており、創薬分野にも大きく貢献することが期待される。


Figure 6. Graphic representation of acetylcholine esterase (PDB ID: 1EVE) in solid-ribbon fashion. Aricept (generic name: donepezil) molecule is drawn with spheres.

3 多層FMO (MLFMO)法

多層FMO (multilayer FMO; MLFMO)法とは、対象とする分子を複数領域(これを層:Layerと呼ぶ)に分割し (Figure 7)、層毎に異なるレベルの計算を行なう手法である[11, 17]。MLFMO計算における全エネルギーは、同一層内フラグメントのエネルギーと異なる層に属するフラグメント間相互作用エネルギーの和として、


Figure 7. The multilayer FMO scheme in the case of two layers.


と計算される。また、全密度行列は、

と計算される。
MLFMO法の応用としては、layer 2についてはMP2計算を行ない、layer 1についてはHF計算を行なうといったことが考えられる。このようにすると、layer 2内のフラグメント間のDEIJMP2は、分子全体でFMO-MP2計算を行った場合と同じ値になるので、低い計算コストで関心領域のフラグメント間相互作用をMP2レベルで見積もることが可能となる。例えば、リガンド-タンパク複合体の結合領域(ファーマコホア)をlayer 2としてMP2計算を実行し、van der Waals相互作用を考慮したリガンド-タンパク複合体のIFIE解析を高速に行なうことができる。
次に、MLFMO法を利用したタンパク質の励起状態計算について述べる。アドバンスソフト研究開発センターの田中により、Head-GordonらのCIS(D)法[40]をCSFベースで定式化した新しいCIS(D)法が開発され、この方法に基づいたCISに軌道緩和エネルギーとMP2基底状態との差分相関エネルギーの補正を行う高精度励起状態計算エンジンが、FSISプロジェクトで開発されたCIS計算エンジン[41]を元に望月により開発された[42]。このCIS(D)計算エンジンは、MP2計算エンジンと同じく、最深部はBLASで記述されているため、地球シミュレータ上でも高いベクトル化性能を発揮できる。ABINIT-MPには、系全体をFMO-HF法で解いた後、クロモフォア領域(光応答タンパク質の中心領域)に対してのみCIS(D)法を適用するMLFMO-CIS(D)法が実装されている[42]。Figure 8は、残基数125の好塩細菌の光活性黄色タンパク質(Photoactive Yellow Protein; PYP)であり、赤い部分がクロモフォアの領域を示している。PYPのモデル系の励起エネルギーの実験値2.78eVに比して過大見積もりとなっていたMLFMO-CIS/6-31G法による計算値4.28eVが、MLFMO-CIS(D)/6-31G法では3.29eVに改善されるなど、励起状態の計算に電子相関を考慮した効果が表れている[42]。


Figure 8. Graphic representation of photoactive yellow protein. CIS(D) region (layer 2) is colored in red. Hole (lower left graphic) and particle (lower right graphic) natural orbitals of the lowest singlet excited state of PYP. (For interpretation of the references to color in this figure legend, the reader is referred to the web version of this article.).

次に、赤色蛍光タンパク質(生体蛍光ラベルとして重要な緑色蛍光タンパク質(GFP)の類縁で珊瑚由来のDsRed: 残基数220, Figure 9)の計算を紹介したい。MLFMO-CIS(D) /6-31G*計算による励起エネルギーは2.30eV、発光エネルギーは2.21eVで、各々実験による極大値2.22eVと2.13eVとよく一致している[43]。また、地球シミュレータ128ノード上で、6-31G基底関数を用いた試行計算は34.5分であり、励起エネルギーも6-31G*とほぼ同じであった。これは、PCクラスタだけでなく地球シミュレータを用いたタンパク質の高精度励起状態計算が、変異株群のバッチ処理によるスキャンをも可能とする実用段階に入ったことをしており、光応答タンパク質の機能解析、さらに計算機上での仮想変異に基づく最適化に大きく貢献することが期待される。


Figure 9. Graphic representation of DsRed (PDB ID: 1ZGO) in solid-ribbon fashion. The pigment moiety located at the center of barrel is drawn with spheres. Hole (lower left graphic) and particle (lower right graphic) natural orbitals of the excited state of interest.

4 FMO法に基づいた解析手法

FMO法は、フラグメント間の相互作用エネルギー(IFIE)解析が行えることが大きな特徴であるが、FMO-MP2計算がPCクラスタでも実用的な計算時間で可能になったことにより、式(20)のDEIJMP2で見積もられる、生体系で重要な分散力に基づくvan der Waals相互作用やCH/p相互作用を解析できるようになり、製薬企業を含めた産業界での利用も広がってきている。ここでは、軌道レベルの相互作用解析を可能とする、configuration analysis for fragment interaction (CAFI)と、リガンドとタンパク質の相互作用パターンのクラスター解析を行うvisualized cluster analysis of protein-ligand interaction (VISCANA)について紹介する。IFIE解析の実例については、本特集号の福澤らの稿を参照されたい。
望月により提案されたsize-consistent/extensiveな軌道緩和法であるconcurrent electron relaxation functional (CERF) [44]をFMOの文脈に応用して開発されたCAFI [45]は、生体系あるいは溶液系で重要な水素結合に伴う電荷移動(CT)に注目して、フラグメント間の水素結合ネットワークのトポロジーを定量的・可視的に解析する手法である(Figure 10)。


Figure 10. Computational scheme of CAFI.

CAFIをABINIT-MPへ実装することにより、生体系において重要な水素結合の、電子の移動方向まで含めた軌道レベルの解析が可能となった。Figure 11は(Gly)5について分子内の水素結合-NH…OをCAFIで解析した例である。空孔軌道は赤‐青で、粒子軌道は緑‐黄色で表示されている。ここでは、カルボニル基の軌道からNH側に電子が移動したことを示している。CAFIにより相互作用の大きさだけでなく、電荷移動の向きや移動量についても解析することが可能となった(Table 1)。また、BioStation Viewer [46]に、CAFIの可視化機能を組み込み、グラフィカルな解析を可能にした。


Figure 11. Two pairs of hole orbital and particle orbital concerning CT of Gly3-Gly5 hydrogen-bonding in glycine pentamer.

Table 1. CAFI energies (in Hrtree) for Gly5 hydrogen bonding in glycine pentamer.
No.EnergyEnergyDonerAcceptorOccupation
(CT)(POL)orbitalorbitalnumber
1-0.0030550.000023s lone-pairs*NH0.00245
2-0.0022600.000057p lone-pairp*NH0.00032

甘利らにより開発された VISCANAは、受容体タンパク質に対して複数のリガンドとのIFIE解析を行い、得られたIFIEに基づいたクラスター解析により、受容体結合におけるリガンドの類似性を抽出する手法である[33]。
解析するリガンドの種類をligand 1,...,ligand Lとし各フラグメント(アミノ酸残基)の番号を1,...,NとするとIFIE ( )を要素とする受容体−リガンド相互作用マトリクスは次のように表すことができる。

VISCANAでは、個々の を、一つのセルで表示し、その大きさによって色分けすることで受容体−リガンド相互作用マトリクスを可視化している。例えば、リガンドとアミノ酸残基が結合的に相互作用している( <0)場合はセルの色を赤色で表示し、反発的に相互作用している( >0)場合は青色で表示している。また、 の絶対値の大きさに比例するように色の濃さを変えることで、その大きさが視覚的に分かるようにしている。
受容体−リガンド相互作用マトリクスの各行間の距離(非類似度)dIJを、ユークリッド平方距離

で定義すると、dIJを用いて階層的クラスター解析を行うことができる。階層的クラスター解析には色々な手法があるが、VISCANAでは、クラスターの分離能に優れていた最長距離法をデフォルトにしている。クラスター解析の結果を、樹形図を用いて可視化することは一般的に行われているが、VISCANAでは、受容体−リガンド相互作用マトリクスの行を樹形図と一対一に対応するように並び替え、クラスター解析の結果とIFIE解析の結果を一つの図として可視化した点に大きな特徴がある。VISCANAは、FMO法に基づいたIFIEの解析を目的に開発されたが、受容体−リガンド相互作用マトリクスが定義できれば、例えば分子力場に基づく相互作用解析にも適用できる。


Figure 12. VISCANA of androgen receptor using BioStation Viewer.

VISCANAの応用としては、virtual ligand screening (VLS)における候補化合物の選択や、受容体側の機能解析に役立つとことが期待される。アンドロゲン受容体と複数のリガンドについてBioStation Viewer [46]を用いたVISCANAによる解析を行なった例をFigure 12に示す。中央のカラムにリガンド分子名とリガンド結合エネルギーがカラースケールで表示されている。その右側にリガンド分子と受容体タンパク質の各アミノ酸残基との相互作用エネルギーの大きさがカラー表示されている。左側には、クラスター解析の結果が樹形図として表示され、相互作用パターンが類似するリガンドが同じクラスターに分けられていることが確認できる。また、リガンド名を選択し”View”ボタンをクリックすることでリガンドと周辺残基との相互作用の状態が表示される。

5 FMO法の今後の展開

本稿で紹介したように、北浦により提唱されたFMO法は、巨大分子系の電子状態計算法として極めて有効であり、今後のさらなる発展が期待される。スペースの関係で紹介できなかったが、FMO法に基づいたタンパク質の構造最適化やab initio MD (FMO-MD)も実用化されつつある[29, 47 - 51]。RSS21プロジェクトでは、さらに実用性を高めるため、FMO法に基づいたQM/MM法の開発を行っている。
また平成16年から開始されたJST CRESTの「フラグメント分子軌道法による生体分子計算システムの開発」では、CASSCF法、分極率等の物性値の計算[52]、モデル内殻ポテンシャル(MCP)法による重元素の取り扱い[53]、FMO-DFT法の組込み[54]、三体項を考慮したFMO3法、周期境界条件FMO(PBC-FMO)法、解析手法としては石川らによる分散力の寄与を軌道レベルで解析するfragment interaction analysis based on local MP2 (FILM)や、栗崎らによるIFIE mapの開発を行っており、プロジェクト終了時には実用的な生体分子計算システムが完成するものと期待している。
これまではX線結晶解析構造や最適化構造における真空中の一点計算が主流であったが、今後はダイナミクスと溶媒効果を計算に取り入れることが必須になると考えられる。このためには、FMO法の高速性を生かし、explicit waterを考慮したMD(古典MD (MM-MD), QM/MM-MD, AIMD (QM-MD))シミュレーションを行い、得られたトラジェクトリからサンプリングした構造(数100〜1,000点)でFMO計算を行い、種々の物性値の平均値と分散を計算することが有効と考えられる。望月らによる水和ホルムアルデヒドのFMO-MDシミュレーション[51]は、この方向性を示した先駆的研究事例と言えるだろう。

本研究は、文部科学省次世代IT基盤構築のための研究開発プログラム「革新的シミュレーションソフトウェアの研究開発(RSS21)」プロジェクト及びJST CREST「フラグメント分子軌道法による生体分子計算システムの開発」プロジェクトの支援を受けています。また、海洋研究開発機構の支援により、地球シミュレータを利用しています。FMOプログラムABINIT-MPは、多くの方々の協力により開発が進められています。ここに全員のお名前を挙げることはできませんが、ご協力頂いた皆様に感謝いたします。

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