計算化学によるKDP結晶成長に関する添加剤の着色、吸着機構の解明
朝熊 裕介, 前田 光治, 福井 啓介
Return
1 緒言
レーザ核融合の分野では、核融合反応の高効率化のため、KDP(KH2PO4)結晶に代表される非線形光学結晶による波長変換が有力である。その核融合レーザ媒質に必要な性質として、(1)熱破壊に強い、(2)適切な誘導放出断面積を有する、(3)大型化可能などがあげられる。そこで、この核融合用レーザに用いられる大型の非線形光学結晶は、コストの面などから高速に育成させる必要がある。しかし、KDP結晶作成時において、たとえ数ppmの金属イオンが不純物として含まれたとしても、結晶成長速度を大きく低下させる[1 - 3]。また、その不純物は結晶表面に吸着し、さらに結晶内に取り込まれ、レーザ波長変換効率に影響を及ぼすと考えられる。
従来、種々の添加剤(金属イオン・染料)の吸着・分配実験により、この添加剤による成長速度低下の原因が実験的に研究されている。つまり、金属イオンの結晶表面への吸着がステップの進行を抑制し、成長速度が減少する。例えば、KDP飽和溶液に不純物として金属イオンが添加された成長実験の場合、溶液中の3価の金属イオン(Al3+, Fe3+, Cr3+)が2価よりも(100)面に対して成長速度抑制効果を示す[4, 5]。さらに、金属イオンとともにEDTA(ethylene-diamine-tetra-acetic acid, エチレンジアミン4酢酸)等のキレート剤を添加すると、成長速度の回復がみられる[6, 7]。また、各種染料(Sunset Yellow, Brilliant blue etc.)は、(100),(101)面等の複数の成長面からなるKDPや硫酸カリウム等の結晶に対して、特定の成長面だけに吸着し、着色する[8 - 10]。現在までのところ、これらの選択性はKDP結晶の表面構造の違いや溶液中での添加剤の構造が原因の1つと考えられる。しかしながら、実験データから得られる現象の理論的な検証はなされていない。そこで、これらの実験で示される添加剤の結晶表面の吸着に起因した成長抑制・回復現象、染料による特異的な着色現象を分子軌道計算から検証した。
2 計算
添加剤の吸着・着色現象に関して、結晶表面および添加剤分子の構造、電荷、静電ポテンシャル分布等、様々な特徴が重要であると考えた。そこで、これらのデータが得られる非経験的分子軌道法(Gaussian R 03W Ver.6, Gaussian Inc.)を用いた[11]。結晶構造および添加剤分子の計算にはそれぞれ以下の2つからなる。
(1) 分子構造の最適化
(2) 静電ポテンシャルおよび各種データの算出
まず、それぞれの結晶構造や分子に対して、既往のデータから、適度な原子配置を与える。これにより最適化された分子構造が得られる。次に、この最適化された原子配置を利用し、各種データを算出する。本研究では添加剤吸着・着色メカニズムを静電ポテンシャル(ESP: electrostatic potential)およびその分布を用いて評価する。この静電ポテンシャルの定量的な意味は、プロトンがその分子周囲に配置された時の引力と反発力を意味する。例えば、負の静電ポテンシャルはプロトンに対して引力を示し、正のポテンシャルは反発力を示す。結晶表面と添加剤分子の関係では、両者の符号が逆の場合は引力を、同じ場合は反発力を示す。また、静電ポテンシャルは分子周囲の電子密度によって異なる値を示すため、同じ電子密度の領域で比較する必要がある[12]。つまり、分子に近い場所では電子密度は高く、離れた場所では小さい。そこで、電子密度r=0.001 electrons/au3の領域でそれぞれの静電ポテンシャルを算出し比較する。以下、今回計算した結晶、金属キレート錯体、染料について説明する。
2. 1 KDP結晶
KDP(KH2PO4)結晶は4つのプリズム面(100面)と8つのピラミッド面(101面)より構成され、Figure 1に本研究で用いたKDP結晶のユニットセルを示す。初期原子配置はX線回折結果[13]を参考にした。それぞれFigure 1 (a),(b)のユニットセルの上部が(100)、(101)面となる。(100)面ではK+が、(101)面ではH2PO4-がそれぞれ上部に平行に配置されて成長する[14]。今回の計算では単純な基底関数および計算法(rhf/sto-3g*)で、周期境界条件を用い計算を行った。なお、複雑な基底関数、計算法(rhf/6-31g*)との差異は6 %未満である。

Figure 1. Unit cell of KDP crystal
2. 2 金属キレート錯体
一般に水溶液中では添加される金属イオンM3+は下記のように、アクア錯体(M(H2O)63+, M(H2O)5(OH)2+)として存在する。

KDP(KH2PO4)飽和溶液中では、K+とH2PO4-のイオンが存在する。金属イオンM3+がKDP溶液中に添加されると、以下のようなH3PO, H2PO4-, HPO42-, PO43-イオンとの配位により、金属イオンMを含む複数の錯体(M(H2O)4H3PO43+, M(H2O)4H2PO42+, M(H2O)4HPO4+, M(H2O)4PO4)が存在する[5]。

今回はKDP結晶に対して成長速度抑制効果を最も示すアルミニウムイオンの錯体で検討した[4, 5]。Figure 2に、今回の分子軌道計算で用いた金属錯体の分子構造の一例を示す。
現在までの研究で、金属イオンによる成長速度抑制効果がキレート剤の添加により、回復することが知られている[6, 7]。一般に、溶液中の金属イオンM3+は、EDTA(エチレンジアミン4酢酸)に代表されるキレート(H4Yと略記)と錯体を形成する。

今回の計算で用いたキレート剤はEDTAで、KDP溶液中の他の配位子とキレート剤の安定度定数との比較から金属イオンとほぼ100 %配位する[15]。また、これらのキレート剤はカルボキシル基(-COOH)を複数含んでおり、pHが大きくなるとH+イオンが解離し、その一部は-COO-となる。例えばEDTAの場合4つの-COOH基を持ち、H+が解離したキレート(H3Y-, H2Y2-, HY3-, Y4-)が3価の金属イオン(M3+)へ配位する場合は以下のようになる。

解離した分子の存在率は解離定数によって決定され[15]、pHの関数となる。Eqs.(6)-(10)中の金属キレート錯体(MH4Y3+, MH3Y2+, MH2Y+, MHY, MY-と略記)の回復効果も分子軌道計算によって検証する。なお、今回計算したアルミニウムEDTA錯体の一例をFigure 3に示す。
2. 3 染料
KDP結晶は染料の種類によって異なる面が着色される[10]。例えば、Sky blueの場合(101)面が、Methylene blueでは(100)面がそれぞれ着色される。さらに、Brilliant blueは両面に着色する。今回、Table 1に示すような7種類の染料(Sunset yellow, Amaranth, Sky blue, Brilliant blue, Acid fuchsin, Methylene blue, Crystal violet)を選んだ。染料はpH指示薬の一種であり、pHによってその吸収波長領域が変わる。これは主に、プロトン化といわれる反応であり、非共有電子対をもつ窒素原子(-NH2, -NCH3)および酸素原子(-OH)へのH+の配位である。しかし、Bronsted -Lowry の定義より、-OH基の塩基性度はとても小さく、R-OH2+はH3O+より強い酸になる。そのため、水溶液中にはR-OH2+ として存在しない。そこで、染料分子のプロトン化の度合いは-NH2, -NCH3等の窒素原子を含む置換基の数によって決定される。Table 1 にプロトン化による染料分子の可能な電荷の変移nをあわせて示す。このプロトン化を考慮し、各電荷で染料分子の分子軌道計算を行い、実験によって得られた着色面との検討を行った。Figure 4に今回用いた染料の分子構造の一例(Sunset yellow, Methylene blue, Brilliant blue)を示す。

Figure 2. Structure of aluminum complex

Figure 3. Structure of aluminum EDTA complex
Table 1. Characteristics of coloured crystal
| Kind of dye | Sunset yellow | Amaranth | Sky blue | Brilliant blue | Acid fuchsin | Methylene blue | Crystal violet |
| Chromophore | N=N | N=N | N=N | C=N | C=N | C=N | N=N |
| Auxochrome | SO3H, OH | SO3H | NH2, OH | SO3H | SO3H | NCH3 | NCH3 |
| Protonation | Non-active | Non-active | Active | Active | Active | Active | Active |
| Valency, n | (-2) | (-3) | (-4) - (-3) | (-2) - (0) | (-2) - (+1) | (+1) - (+2) | (+1) - (+4) |
| Coloured face | (101) | (101) | (101) | Both | Both | (100) | (100) |

Figure 4. Structure of dye
3 結果と考察
3. 1 KDP結晶
Figure 5にKDP結晶の静電ポテンシャル(ESP)分布を示す。(a), (b)それぞれ上部が(100)、(101)面である。(100)面の表面のESPは負の値を、(101)面では正の値を示す。これは、正の電荷を持つ金属イオンなどの添加剤が(100)面に吸着し、成長速度を抑制する実験結果と一致する[4, 5]。また、(101)面は負の静電ポテンシャル分布を示し、金属イオンの成長速度抑制効果は示さない。

Figure 5. ESP distribution of KDP crystal
3. 2 金属キレート錯体
Figure 6に今回得られる金属キレート錯体の静電ポテンシャル分布の一例を示す。同様にKDP飽和溶液中の金属イオンの構造として、Eqs. (1)-(10)中にある各金属キレート錯体(アクア、リン酸、EDTA錯体)の静電ポテンシャルの平均値をFigure 7に示す。なお、横軸はキレート錯体分子の電荷を示し、各ポイントの誤差範囲は静電ポテンシャル分布における最大値、最小値である。これらの金属錯体は上述したようにpHに対して存在率が変化する。Figure 7の各錯体のESP値とその存在率からpHに対する相対的な静電ポテンシャル[7]を算出した。Figure 8に示すようにpHとともに静電ポテンシャルは減少する。アルミニウムのみを不純物として添加した場合、KDP過飽和溶液中の構造はアクア錯体およびリン酸による錯体であり、その静電ポテンシャルは図中の青と赤のラインの間になる。また、今回実験したKDP飽和溶液のpHは4.6であり、さらにキレート剤を添加することによって、その静電ポテンシャルはキレートによる錯体形成によって減少する。この静電ポテンシャルの低下は負の静電ポテンシャルをもつ結晶表面(Figure 5 (a))への吸着力の低下を意味する。これにより、金属キレート錯体の形成による成長速度の回復効果を検証できた。さらに、Figure 7 の各キレート錯体の最大値、最小値が示すように、分子サイズが大きくなれば、その差が大きくなる。つまり、キレート剤の錯化することにより、中心の金属イオンの電荷が周りの取り囲まれた原子によって緩和されることを意味する。この錯化による緩和も回復効果の原因の一つとして考えられる。

Figure 6. Electrostatic potential distribution of impurity

Figure 7. Relation between ESP and valency

Figure 8. Relative ESP as a function of pH
3. 3 染料
Figure 9に今回計算した染料の中で、各結晶面に着色する染料分子の静電ポテンシャルの代表例を示す。(a)のSunset yellowは負の静電ポテンシャルを(b)のMethylene blueは正の静電ポテンシャル分布をもち、それぞれ反対の符号の静電ポテンシャルを示す(101)、(100)面に着色する。なお、各結晶面の静電ポテンシャルはすでにFigure 5(a), (b)で算出してある。一方、(c)のBrilliant blueの静電ポテンシャル分布では分子内に正・負の両方の値をもち、吸着する分子の方向と結晶表面との角度によっては、両面に吸着・着色する可能性がある。Figure 10に各染料の静電ポテンシャルを分子の電荷(プロトン化の度合い)に対して示す。誤差範囲は静電ポテンシャル分布の最大値、最小値を表している。Table 1で示した着色面と比較すると、静電ポテンシャルの最小値が正の場合、つまり、すべてのポテンシャルが正の陽イオン性染料の場合、(100)面が着色する。また、その最大値が負の陰イオン性染料の場合、(101)面を着色する。さらに、その最大値が正、最小値の負になる中性染料の場合、両面に着色する。従って、KDP結晶への染料の着色メカニズムが染料分子の静電ポテンシャルから明らかにされた。

Figure 9. Electrostatic potential distribution of dye

Figure 10. Relationship between ESP and valency
4 結論
KDP結晶成長において、結晶表面や種々の添加物(金属イオン、キレート剤、染料)に対して分子軌道計算を行った。まず、結晶表面の計算では、(100)、(101)面の静電ポテンシャルを確認した。それぞれ結晶成長実験により予想されている各面の表面状態を確認できた。さらに、金属イオン、キレート剤が過飽和溶液に添加された場合の、金属イオンによる成長速度抑制効果やキレート剤による成長速度回復効果、染料による結晶への着色現象を静電ポテンシャル分布(最大値・最小値)から検証した。いずれの場合も、各現象を既往の研究と矛盾なく説明でき、計算化学が結晶成長メカニズムの解明に有効であることが示唆された。
参考文献
[ 1] K. Sangwal, J. Crystal Growth, 242, 215 (2002).
[ 2] N. Zaitseva, L. Carman, I. Smolsky, R. Torres and M. Yan, J. Crystal Growth, 204, 512 (1999).
[ 3] R. J. Davey and J. W. Mullin, J. Crystal Growth, 23, 89 (1974).
[ 4] L. N. Rashkovich, and N. V. Kronsky, J. Crystal Growth, 182, 434 (1997).
[ 5] S. V. Verdaguer, and R. R. Clemente, J. Crystal Growth, 79, 198 (1986).
[ 6] Y. Asakuma, Q. Li, K. Maeda, K. Fukui, H. M. Ang and M. O. Tade, WCPT5, S7-TW104 (2006).
[ 7] Y. Asakuma, M. Nishimura, K. Maeda, K. Fukui, H. M. Ang and M. O. Tade, Crystal Research and Technology, 42, 424 (2007).
[ 8] M. Moret, Materials Chemistry and Physics, 66, 177 (2000).
[ 9] A. Mauri, and M. Moret, J. Crystal Growth, 208, 599 (2000).
[10] L. A. Guzman, K. Maeda, S. Hirota, M. Yokota and N. Kubota, J. Crystal Growth, 235, 541 (1997).
[11] D. Stockigt, Chemical Physics Letter, 250, 387 (1996).
[12] E. A. Zhurova, J. M. Zuo and V. G. Tsirelson, Journal of Physics and Chemistry of Solids, 62, 2143 (2001).
[13] D. Xu, D. Xue and H. Ratajczak, Journal of Molecular Structure, 740, 37 (2005).
[14] E. A. Salter, A. Wierzbicki and T. Land, International Journal of Quantum Chemistry, 100, 740 (2004).
[15] L. G. Sillen, A. E. Martell, Stability constants of Metal-Ion Complexes, 2nd ed., The Chemical Society, London (1964).
Return