
Figure 1. Schematic representation of F-ATPase. a3b3g is the catalytic unit of ATP hydrolysis. F1 part consists of a3b3gde and F0 part of a, b2, and c. H+ is transported through channel in a subunit and the interface between a and c. Red circles on c subunits represent H+ binding sites on c. The positive charge on a is important for the transport activity.

Figure 2. Three dimensional structure of F1-ATPase. The model was constructed based on the structure determined [4]. a-, b-, and g-subunits are represented by ribbon model in pink, gray, and blue, respectively. ATP and ADP are represented by green and yellow spheres. bTP represents ATP bound form and bDP represents ADP bound form.
F1-ATPase の触媒反応についてBoyer らのグループは,基質親和性の異なる3 つの触媒部位が存在することを見出し, binding change mechanism と呼ばれる反応機構を提唱した [5]. これは, 基質親和性の異なる3 つのb サブユニットが交互に反応に参加し, 後から結合した基質が隣接した触媒部位に先に結合していた基質の反応を促すように働くというものである. さらにBoyer らは, 3 つのbサブユニットが平等に役割を交替するために, 1 つずつしかないd, g, e は酵素複合体中で回転するという回転触媒説を提唱した[6]. その後, 吉田らのグループにより, 加水分解反応に伴うg サブユニットの回転が一分子観察により接確認され, この仮説が実証された [7]. 吉田らの実験において, g サブユニットは細胞質側から見て反時計周りに回転し, この回転方向は結晶構造から考えられる方向と一致していた. 以上の事実から, 加水分解反応において, ATP の結合・加水分解・加水分解産物の放出に伴い3 つのb サブユニットの構造が, 結晶構造中で見られた構造へと交互に変化し, それによってg サブユニットの回転が引き起こされると考えられている. またこの過程におけるエネルギー効率はほぼ100%であることが分かっており [8], そのエネルギー変換機構や力学的な共役機構に興味が集まっている.
さらに吉田らは一分子観察を続け, ATP 低濃度の条件下でg サブユニットの回転は120°単位で止まることを確認した(120°dwell) [9]. これはb サブユニットの数と一致している(360°/3 = 120°). ATP 濃度上昇に伴いdwell の時間が短くなることから, 120°dwell はATP 結合待ちの時間であり, 結合により回転のエネルギーが生じるものと考えられている. さらに120°dwell は80°, 40°の単位に分かれ [10], 80°dwell は加水分解待ち, あるいは加水分解産物であるPi の放出を待つ時間であると考えられている[11, 12].
現在考えられる加水分解モデルをFigure 3 に示した [12 - 14]. まず空のbE にATP が結合し, bTP への構造変化と共にg サブユニットが120°回転する. さらに加水分解を生じて80°の回転が起こり, 次にPi が放出され, 40°の回転と共にbDP へと構造が変化する. 最後に120°の回転とbE への構造変化により, ADP が放出される. または, 二度目の120°回転で加水分解が生じ, その後Pi の放出に伴って80°の回転が起こり, 最後に40°の回転でbE に戻るとされる. これらの反応が, 120°単位で3 つのb サブユニットにおいて並行して進行する.

Figure 3. Model of hydrolysis process by F1-ATPase. (1) The conformational change of b-subunit is induced by ATP binding, and g-subunit rotates 120°. By ATP binding and conformational change of the b-subunit from bE to bTP structure, energy for the rotation is generated. (2) After the rotation, hydrolysis of ATP proceeds. The g-subunit rotates 80°. (3) Accompanying with the release of Pi, the rotation of g-subunit is promoted and b-subunit takes structure of bDP. (4) The g-subunit rotates 120°, and ADP is released.
このように触媒反応と構造変化, 回転が密接に関連して機能するF1-ATPase であるが, これらが熱力学的に, あるいは構造学的にどのようにして共役しているのかは未知な部分が多い. この共役機構を解明するためには, 以下の2 つの疑問を解く必要がある.
(1) Binding change mechanism の「基質親和性の異なる3状態」は, 結晶構造中で見られたどのb サブユニットの構造に該当するのか?
F1-ATPase の加水分解反応において, ATP 加水分解のエネルギーはほぼ100%の効率でg サブユニットの回転エネルギーに変換されることが知られている[8]. これは, 「bサブユニットにおける基質親和性の変化は, 構造変化のエネルギーに対応し, 構造変化のエネルギーは回転のエネルギーへと1:1 で変換される」ことを意味する. 従って,各構造の異なる基質親和性を見積もることで, その自由エネルギー差からどれだけのエネルギーが変換されるのかを議論することが可能となる. 現在, bTP, bDP, bE のATP に対する親和性が実験的に得られており, それぞれ-12.41 kcal/mol, -8.31 kcal/mol, -6.25 kcal/mol である[15, 16]. しかし, ADP に関して-9.95 kcal/mol, -6.19kcal/mol, -6.19 kcal/mol の3 つの基質親和性が得られているものの [15], これらがどの構造に相当するかは実証されていない.
(2) 基質変化−b サブユニットの構造変化−g サブユニットの回転は, どのような分子機構で共役するのか?
触媒反応とg サブユニットの回転を結びつけるのは,基質の変化に伴うb サブユニットの構造変化である. 構造学的にこれらがどのように共役しているかを知るには, 原子レベルかつリアルタイムな観察が必要であるため, 実験による解明は困難である.
本研究では分子動力学/自由エネルギー計算により以上 2 つの疑問を検証した. (1)の疑問について, 過去にYangらによってb サブユニットの各構造におけるATP とADP+Pi の親和性の差を見積もる自由エネルギー計算がなされた [17]. しかし, bDP ではADP 結合状態であるとするモデルも提案されている (Figure 3) [12]. そこで今回, b サブユニットの各構造におけるADP の親和性を見積もった. また(2)の疑問に関して, 実験的に実証することが難しいことから, これまでに分子動力学法による解析が盛んに行われてきた [18 - 22]. しかし, 基質の変化に伴うb サブユニットのどのような構造変化がg サブユニットの回転を引き起すかという分子機構は, 未だに明らかになっていない. そこで今回, 基質変化の自由エネルギー計算に伴う構造変化を観察し, その分子機構を検証した.

Figure 4. The initial structures for the simulations. A: The system of ligand-solvent. Water molecules are shown by sticks. The ligand (ATP in this figure) is represented by green spheres. B: Protein-solvent system. a- and b-subunits are colored in pink and gray, respectively. ADP and ATP are shown by green and yellow spheres, respectively. C: The structures of ligand molecules. C (Cyan), N (blue), H (white), O (red), S (yellow), Mg2+ (green) and dummy atoms (gray).





V/
l は大きく揺らぎ, 誤差の原因となった. そこでvdW半径の変化では, l を20 分割し, 直線的に
V/
l が得られる部分電荷の変化についてはl を7 分割した. 積分点liは, ルシャンドル多項式を解くことで求められ, そのliに対応した重みwi は, 以下の式によって求められる[30].
Table 1. Combination of li and wi.
| n = 20 | n = 7 | ||
|---|---|---|---|
| li | wi | li | wi |
| 0.00344 | 0.00881 | 0.02545 | 0.06474 |
| 0.01801 | 0.02030 | 0.12923 | 0.13985 |
| 0.04388 | 0.03134 | 0.29708 | 0.19092 |
| 0.08044 | 0.04164 | 0.50000 | 0.20898 |
| 0.12683 | 0.05097 | 0.70292 | 0.19092 |
| 0.18197 | 0.05910 | 0.87077 | 0.13985 |
| 0.24457 | 0.06584 | 0.97455 | 0.06474 |
| 0.31315 | 0.07105 | ||
| 0.38611 | 0.07459 | ||
| 0.46174 | 0.07638 | ||
| 0.53826 | 0.07638 | ||
| 0.61389 | 0.07459 | ||
| 0.68685 | 0.07105 | ||
| 0.75543 | 0.06584 | ||
| 0.81803 | 0.05910 | ||
| 0.87317 | 0.05097 | ||
| 0.91956 | 0.04164 | ||
| 0.95612 | 0.03134 | ||
| 0.98199 | 0.02030 | ||
| 0.99656 | 0.00881 | ||
| Equilibration | 10 ps | 100 ps | 100 ps | 100 ps |
| Sampling | 50 ps | 200 ps | 250 ps | 500 ps |
| Total | 3.44 ns | 16.4 ns | 19.1 ns | 32.6 ns |
例えば, ADP®ATP のシミュレーションにおいて, ADPからATP への変化を前進(Forward)シミュレーションとすると, 本研究では後退(Reverse)シミュレーションも行った. つまり, ADP®ATP(Forward)とした後に, ATP の状態で200 ピコ秒の平衡化シミュレーションを行い, 次いでATP®ADP へと戻す逆過程(Reverse)を計算した.
以上の計算は, Amber ver. 8 プログラムパッケージのsander モジュールにて行った. 本研究の計算過程を, Figure 5 に示した.

Figure 5. Process of our calculations. Step for the free energy calculation is shown in the blue box.
Table 3. Summary of results of free energy calculations
| 50 ps | 250 ps | Ave | Err | ||||
| 基 | ADP | (6) | (4) | ||||
| → | F | -205.1 | -206.7 | -206.2 | |||
| 質 | ATP | R | 211.3 | 205.8 | 207.6 | ||
| Ave | -208.2 | -206.3 | -206.9 | 0.8 | |||
| | | 50 ps | 250 ps | 500 ps | Ave | Err | ||
| ATP | (8) | (5) | (2) | ||||
| 溶 | → | F | 210.2 | 207.0 | 208.9 | 208.7 | |
| ADP | R | -205.8 | -207.7 | -205.2 | -206.2 | ||
| 媒 | Ave | 208.0 | 207.3 | 207.1 | 207.5 | 0.2 | |
| bDP | 50 ps | 200 ps | 500 ps | Ave | Err | ||
| ADP | (3) | (2) | (1) | ||||
| 複 | → | F | -191.0 | -195.4 | -199.6 | -193.9 | |
| ATP | R | 217.9 | 214.9 | 214.8 | 216.4 | ||
| 合 | Ave | -204.5 | -205.1 | -207.2 | -205.1 | 0.3 | |
| bTP | 50 ps | 250 ps | 500 ps | Ave | Err | ||
| 体 | ATP | (3) | (2) | (1) | |||
| → | F | 232.4 | 220.3 | 220.2 | 226.5 | ||
| ADP | R | -193.7 | -197.5 | -206.0 | -197.4 | ||
| Ave | 213.1 | 208.9 | 213.1 | 211.9 | 1.0 |
Table 4. Differences of the free energy components obtained from forward and reverse simulations.
| 50 ps | 250 ps | ||
|---|---|---|---|
| bDP | Protein | 11.0 | 7.4 |
| Mg2+ | 14.4 | 14.4 | |
| Water | 0.3 | 0.8 | |
| Counter ion | 1.2 | 0.6 | |
| bTP | Protein | 26.5 | 17.2 |
| Mg2+ | 11.9 | 6.7 | |
| Water | 0.1 | 0.2 | |
| Counter ion | 0.9 | 0.2 |

から, 非平衡系においても, Forward とReverse の平均値はDG を精度良く表すことが理論的に説明されており, また複数回のシミュレーションを繰り返すことでDG の誤差は素早く0 へ収束することが示されている [34] (式(7)において, b は1/kbT, W は仕事, バーは平均を示す). これらの理論的考察から, 今回の計算ではTable 3 中の青色で示したDG が, より正しい値に近いと考えた.
Table 5. Results of free energy calculations -DDG
| DDG | Standard deviation | |
|---|---|---|
| bDP | 1.77 | 0.86 |
| bTP | 4.45 | 0.98 |
得られた結果より, bTP, bDP におけるDDG を求めた(Table 5). この値から, bDP 構造はATP よりもADP を1.77±0.86 kcal/mol 相当結合し易く, bTP 構造はADP よりもATP を 4.45±0.98 kcal/mol 相当結合し易いことが分かった. 得られたDDG を基に, (2)式よりADP に対する結合自由エネルギーを求めると, その値はbDP 構造では -10.08 kcal/mol, bTP 構造では -7.96 kcal/mol と見積もられた(Table 6). 実験により得られているADP 結合親和性 -9.95 kcal/mol, -6.19 kcal/mol, -6.19 kcal/mol のうち, 最も高い結合自由エネルギーがbDP構造の値と対応した. この結果から, bDP 構造はADP を最も結合し易い構造であることが分かった.
Table 6. ADP binding affinities of various b-subunit structures
| bTP | bDP | bE | |
|---|---|---|---|
| ATP (exp) | -12.41 | -8.31 | -6.25 |
| ADP (calc) | -7.96 | -10.08 |

Figure 6. The free energy profile of F1-ATPase hydrolysis focused on a b-subunit. The free energy differences (DGs) obtained from experiments are indicated by purple arrows. The DG predicted by combination of experimental and our computational values is shown by red arrow. The DGs estimated indirectly from our calculation are shown by green arrows. The DG estimated from result of Yang et al. (Table 1 in ref. 12) is shown by black arrow. The alternative profile in which the structure at 240° rotation is bDP:ADP:Pi instead of bDP:ADP is shown by broken lines. The unit is kcal/mol.
F1-ATPase において, 加水分解エネルギーは, 効率100%でg サブユニットの回転エネルギーへと変換される[8]. 従って, b サブユニットの構造変化のエネルギーは, 基質の結合や変化, 解離のエネルギーに1:1 で対応し, さらにそのエネルギーは, g サブユニットの回転エネルギーへと1:1 で変換されると考えられる. すなわち, Figure 6 で描いた基質親和性の自由エネルギープロファイルは, g サブユニットの回転エネルギーに対応すると考えられる.
以上の結果, この自由エネルギープロファイルにより加水分解モデルを熱力学的に上手く説明できると考えられる.

Figure 7. The positional displacement of residues between bTP and bDP X-ray structures. The Ca was considered as the residue. The DELSEED (yellow ribbon in the structural model) and Phe418~Gly426 (purple ribbon in the structural model) regions are highlighted by orange and green circles, respectively. In the structural model, bTP, g-subunit and ligand (ATP, red spheres) are shown.

ここで, ri, Ri は各構造のアミノ酸i のCa原子の座標である. 最もPD の大きい残基は, DELSEED (Asp-Glu-Leu-Ser-Glu-Glu-Asp)と呼ばれる部位であった. DELSEED は, g サブユニットの回転とb サブユニットの構造変化を結び付ける配列であると考えられている [35]. また, DELSEED 近傍にあり基質のアデニン部位と密接するPhe418~Gly426 も, 特にPD の大きい部位であった.
続いて, シミュレーション中の各残基毎の揺らぎ(root mean square fluctuation, RMSF)をFigure 8 に示した. 残基 j におけるRMSF は,

Figure 8. The residual RMSF of bTP. The region of Phe418~Gly426 is highlighted by green circle. The RMSF of the regions with constraint are not shown.

で表される. bTP のATP®ADP のシミュレーションにおいてRMSF の最も大きかったアミノ酸(群)は, 結晶構造中のbDP, bTP 間で大きなPD が見られたPhe418~Gly426 のへリックス構造部位であった. セカンドピークの領域(残基番号340 近辺)は,基質結合部位から離れたループ部位であり, PD の結果との相関は見られなかったため解析から外した.
上記から, DELSEED と, 基質のアデニン部位と密接するPhe418~Gly426 の動態と基質変化の関連性が示唆された. そこで, DELSEED とPhe418~Gly426 の構造変化と基質変化(加水分解反応)の関連性を詳細に調べるために, bTP のシミュレーション中のPhe418~Gly426 へリックス上のPhe418 と, DELSEED の切れ目に存在するLys401 間のCa 原子同士の距離を測定した(Figure 9). その結果, Phe418-Lys401 間距離は, 基質がATP からADP へと変化することで結晶構造中のbTP の距離からbDP の距離へと移行していることが分かった. これは, DELSEED を引っ張るような方向のものであり, この距離の変化は特にg 位リン酸基が部分電荷を失うときに起こった. さらに,Reverse シミュレーションで基質をADP からATP へ戻す際にも同様な変化が見られた.

Figure 9. The time course of distances between Lys401 Ca and Phe418 Ca during bTP forward and reverse simulations (A) [See also (E)] and the snapshots highlighted around ATP and Phe418~Gly426 helix region (B~D). (A) The distance plot obtained from the forward simulation is colored in blue, and that from the reverse simulation is colored in red. The averaged values during 250 ps period are also plotted and shown by thick lines with their colors. The distances obtained from X-ray structures of bTP and bDP are shown by thick straight lines with blue and red, respectively. (B) The final structure of b-subunit bound with ATP obtained from MD simulation. (C) The final structure of b-subunit bound with ADP obtained from forward simulation. (D) The final structure of b-subunit bound with ATP obtained from reverse simulation. In B~D, Phe418~Gly426 helix is colored in orange, and Phe418 Ca is shown by pink sphere. (E) The positions of Lys401 (red) and Phe418 (green). Phe418~Gly426 helix and DELSEED regions are colored in orange and yellow, respectively. ATP is shown by sticks and balls, and g-subunit is colored in purple.
さらに, シミュレーションの各段階における基質とPhe418~Gly426 へリックス周辺の構造を見ると, ATP からADP となるとき基質が触媒部位内部により深く入り込む様子が観察された. Reverse シミュレーションにおいて, ADP からATP へ戻したとき, 基質の位置は変化前と同様な位置となった (Figure 9). また, Phe418~Gly426 へリックス上の基質のアデニン部分と相互作用するPhe424 の挙動を観察すると, 基質が触媒部位内部に入り込むのに伴いPhe424 の側鎖も基質に引っ張られるように動くことが分かった. Reverse シミュレーション完了後には, Phe424 の側鎖は基質変化前と同様な位置へ戻った(Figure 9).
以上の結果より, 基質変化とg サブユニットの回転が共役する分子機構が示唆された. それは, 以下のように要約される. まず, 基質の変化(加水分解)により, b サブユニット中のPhe424 と基質の相互作用が変化する. その相互作用の変化に伴い, Phe418~Gly426 へリックスの位置が変化する. Phe418~Gly426 へリックスの位置変化は,DELSEED を引っ張るような変化であり, それがDELSEED とg サブユニット間の相互作用に何らかの影響を及ぼし, g サブユニットの回転が生じるという機構である. 過去に, g サブユニットをATP 合成方向に120°強制回転させたシミュレーションがなされ, DELSEED の構造変化に伴いPhe418~Gly426 へリックスが今回のシミュレーションと同様に構造変化することが報告されている[18].
これらのことから, Phe418~Gly426 へリックスは, 基質変化とg サブユニットの回転との共役を担う要因であることが強く示唆された. ADP を触媒部位内部へ引き込む要因を調べるため, シミュレーション中に基質中のg位リン酸, b 位リン酸と水素結合を形成しているアミノ酸残基を調べた. その結果, bTP においてATP からADP へと部分電荷を変化させる際に, b サブユニットのLys162とg 位リン酸との間の水素結合が消失すると共に, b 位リン酸との水素結合が安定して存在するようになることが分かった(Figure 10).これまでのLys162 に関する変異実験では, Glu あるいはGln へ変異させたときATP 加水分解活性が著しく低下する結果が得られている [36]. これらの事実から, Lys162 はADP を触媒部位内部へと引き込むことでb サブユニットの構造変化を誘導し, g サブユニットの回転を促す役割を担うと考えられる.上で述べた構造変化は, ATP が加水分解されPi の放出が完了した後の構造変化に相当する. つまり, Pi の放出によってADP が触媒部位内部へ移動することで, bDP への構造変化が促されると考えられる. 実際に, 触媒部位にADP+Pi 状態を模倣した結晶構造(ADP とAlF4 を結合した構造)において, Lys162 はAlF4 と水素結合を形成していた [14]. さらに, ADP のb 位リン酸原子とLys162 側鎖のNe 原子との距離は, 今回使用したADP のみを結合したシミュレーション構造よりもADP + AlF4 を結合した結晶構造中の方がわずかに長かった(0.12A). これらのことは, ADP + Pi の状態ではLys162 によるADPの触媒部位内部への引き込みは起こっておらず, Pi の放出によって始めて生じるものと考えられる. これらの事実は, 本研究で予測された「Lys162がPi の放出が完了した後にADP を触媒部位内部へと引き込む」という結果と一致する.

Figure 10. The freequency of hydrogen bond formation between Lys162 and b-phosphate or g-phosphate of the ligand.
本研究は, 文部科学省の私学学術フロンティア(平成17 年度~平成21 年度) (to T. A.), ハイテクリサーチセンター整備事業(平成18 年度~平成22 年度) (to T. A. and I. Y.), および科学研究費補助金(19042022 と18770122)(to T. M.)による助成を得て行われた.