α−アミノニトリルジアステレオマーの配座解析

櫻井 ルミ子, 内田 朗, 服部 徹太郎, 山浦 政則


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1 はじめに

光学活性体を得るための不斉合成や光学分割において,有機結晶の担う役割は大きく,また,近年ますます広がりを見せている.例えば,溶液中では不斉要素(キラリティー)をもたないアキラルな分子が,結晶中ではキラルな配座や配列をなして存在する場合がある.このような結晶中のみに存在するキラリティーを,結晶内の反応で分子のキラリティーに変換することにより,光学活性体を得ることができる[1].また,結晶中の配座のキラリティーが溶液反応でも利用できることがわかってきた[2 - 4].光学分割にも様々な進展がみられる.ラセミ体の結晶は,2つの純エナンチオマーの結晶の混合物であるラセミ混合物(conglomerate),2つのエナンチオマーが対をなして1つの結晶中に規則的に並んだラセミ化合物(racemic compound),2つのエナンチオマーが不規則に並んだラセミ混晶(racemic mixed crystal)に分類される.結晶がラセミ混合物として得られる場合に,一方のエナンチオマーを選択的に晶析させる方法は優先晶出法として良く知られている[5].この方法は原理的にラセミ化合物やラセミ混晶には適用できない.しかし,ラセミ混晶が得られる場合に,再結晶の母液に一方のエナンチオマーが濃縮する優先富化現象が見出され,その機構が解明された[6].ラセミ体を光学活性な分割剤を用いて2つのジアステレオマーに導き,溶解度の違いを利用して再結晶により光学分割する方法は,古典的ではあるが,現在なお光学活性体の工業的生産法として主要な地位を占めている.最近では,分割剤として類似した構造で同じ絶対配置のエナンチオマーの混合物を用い,分割成績を向上させるダッチ分割法や[7],再結晶に用いる溶媒の誘電率を制御することにより,任意のジアステレオマーの晶析を可能にするDCR法などが開発されている[8].
光学分割では,ラセミ体から所望のエナンチオマーは理想的な方法でも50%しか得られない.したがって,不要な対掌体を化学反応により原料(ラセミ体)にもどすことが,経済性と環境適合性の観点から求められる.不要な対掌体は,光学分割後にラセミ化しても良いが,例えば,上述のジアステレオマーによる光学分割において,一方のジアステレオマーの晶析と同時に,他方のジアステレオマーをエピマー化して原料(ジアステレオマー混合物)にもどすことができれば,理想的には100%の収率で所望のジアステレオマーを得ることができる.このようなエピ化晶出法(Crystallization-Induced Diastereomer Transformation)は,アルデヒドを触媒として容易にラセミ化するa-アミノ酸をはじめとして種々の化合物に適用でき,工業的にも利用されている[9].Merck社が,コレシストキニン受容体拮抗薬L-364,718の合成中間体3-アミノベンゾジアゼピノンを,分割剤として(+)-10-カンファースルホン酸[(+)-CSA],エピマー化触媒として3,5-ジクロロサリチルアルデヒドを用いてエピ化晶出した例をScheme 1に示す[10].


Scheme 1.

Strecker反応は,アルデヒドまたはケトン,1級または2級アミン,およびシアニドの3成分の縮合により,a-アミノニトリルを得る反応である[11].生成物は加水分解によりa-アミノ酸に導けるので,この反応はa-アミノ酸の重要な合成法の一つになっている(Streckerアミノ酸合成).我々は,最近,(1S,2R)-1-アミノインダン-2-オールをアミン成分として用い,Strecker反応によりa-アミノニトリル 1を合成した.その際に,1のジアステレオマー混合物[以下簡単のために,2つのジアステレオマーをシアノ基のa-位炭素の絶対配置を用いて(S)-1, (R)-1と略記する]を,固体のまま室温で長期間放置するか,65°Cで短時間温めると,単一のジアステレオマー(S)-1へエピマー化するという興味ある現象を見出した(Scheme 2)[12, 13].


Scheme 2.

これは,ジアステレオマー結晶間の無溶媒エピ化晶出ともいうべき現象である.化合物 1は,ジメチルスルホキシド(DMSO)などの極性溶媒に溶かしてもエピマー化するが,結晶とは対照的に (S)-1:(R)-1 = 50:50のジアステレオマー混合物を与える.本反応は,化合物 1からシアノ基が脱離してシアニド(あるいはシアン化水素)とイミニウム 2(あるいはイミン)を生じ,次にシアニドが 2に再付加して進行する平衡反応と考えられる(Scheme 3).溶液と結晶では平衡組成が大きく異なることから,2つのジアステレオマーの相対的安定性が,これらの環境下で非常に異なっていると言える.そこで本研究では,(S)-1および(R)-1の単分子状態での配座解析を行い,X線結晶構造解析の結果[12]と比較して,その原因を探った.


Scheme 3.

2 計算実験の方法

配座探索には,MacroModel 8.1[14]を用いた.X線結晶構造解析で得られた分子構造を初期配座とし,MM2*力場パラメータを用いて,Method: Mixed MCMM/LowMode, Number of steps: 1000, Energy window for saving structures: 200 kJの条件で探索した.次に,得られた配座を,Gaussian 03[15]を用いて,ab initio HF/3-21Gレベル,DFT B3LYP/6-31G*レベルの順に最適化した.配座異性体の存在割合および異性体混合物の平均エネルギーは,Energy[16]を用いて計算した.

3 結果と考察

ジアステレオマー(S)-1の配座探索では,80個のエネルギー極小配座が得られた.これらの構造は,HF/3-21G, B3LYP/6-31G*レベルでの最適化により,30個に収束した.得られた配座の相対エネルギーから,3つの配座異性体 S1-S3が,およそ2:1:1(S1:S2:S3)の比で存在し,これらが全体の89%を占めることがわかった(Table 1).

Table 1. Energies and populations for optimized structures S1-S3
ConformerEa (kcal/mol)Eb (kcal/mol)Populationc (%)
S1-528 451.3200043
S2-528 450.97390.3524
S3-528 450.91710.4022
aCalculated at B3LYP/6-31G* level. bEnergy relative to E(S1). cAt 25 °C.

ジアステレオマー(R)-1の配座探索では,(S)-1と同条件では十分な数の配座が創出されなかったため,3000ステップで再計算し,86個の配座を得た.これらの構造は,HF/3-21G, B3LYP/6-31G*レベルでの最適化により,33個に収束した.得られた配座の相対エネルギーから,エネルギー最小配座 R1が,他の配座に比べて1.51 kcal/mol以上安定であり,占有率は76%であることがわかった(Table 2).

Table 2. Energies and populations for optimized structures R1-R3
ConformerEa (kcal/mol)Eb (kcal/mol)Populationc (%)
R1-528 451.4757076
R2-528 449.96131.516
R3-528 449.86741.615
aCalculated at B3LYP/6-31G* level. bEnergy relative to E(R1). cAt 25 °C.

配座異性体の相対エネルギーと占有率をもとに全エネルギーの平均値を求めると,(S)-1は-528 450.9190 kcal/mol,(R)-1は-528 451.0117 kcal/molとなり,結晶中とは対照的に(R)-1が(S)-1よりも0.09 kcal/mol安定であることがわかった.また,平衡組成は25°Cで(S)-1:(R)-1 = 46:54と計算され,溶液中での平衡組成(50:50)と良く一致した.したがって,溶媒和についても考慮する必要があるが,溶液中での平衡組成は,(S)-1と(R)-1が単分子の安定性にほとんど差がないことを反映していると言える.
次に,計算で得られた配座をX線結晶構造解析の結果[12]と比較した(Figures 1 - 3, Table 3).ジアステレオマー(S)-1の結晶中の配座 S0は,ヒドロキシ基がアキシアル位,アミノ基がエクアトリアル位を占めている(Figure 1a).アミノ基のローンペアとシアノ基はアンチペリプラナー配座(f = 170.8°)をとり,また,シアノ基は同じ炭素C3に結合したフェニル基とほぼ同一平面上(h = -8.0°)にある(Table 3).分子内には,水素結合O-H...N-H(2.12 A)が認められる.結晶は三斜晶系でP1空間群に属し,単位格子中に1分子を含んでいる(Figure 2a).したがって,結晶中では,すべての分子が同じ方向を向いて積層されている.分子間には,アミノ基を水素ドナーとして,1つの隣接分子のヒドロキシ基,別の隣接分子のシアノ基との間に,それぞれ,弱い水素結合N-H...O-H(2.52 A),N-H...N@C(2.71 A)が認められる(Figure 2b).計算で得られた配座 S1-S3は,いずれもアミノ基のローンペアとシアノ基がアンチペリプラナー(f = ~180°S2については後述する),C3に結合したシアノ基とフェニル基がほぼ同一平面上(-30° < h < 0°)にあり,これらの特徴は S0と一致する.最安定配座 S1には,水素結合O-H...N-H(2.09 A)が認められるが,ヒドロキシ基がエクアトリアル位,アミノ基がアキシアル位に位置し,S0とは異なる配座である(Figure 1b).2番目に安定な配座S2は,S0と同様に,ヒドロキシ基がアキシアル位,アミノ基がエクアトリアル位を占めるが,O-H...N-H水素結合の代わりに,N-H...O-H(2.39 A),O-H...N@C(2.34 A)の2つの水素結合が認められる(Figure 1c).二面角fS0と異なるが(Table 3),これは,N-H...O-H水素結合により,アミノ基の窒素のキラリティーが反転したためで,アミノ基のローンペアとシアノ基はアンチペリプラナー配座を保っている.3番目に安定な配座 S3には,O-H...N-H水素結合(1.94 A)があり,他の特徴も結晶構造と良く一致する(Figure 1d).


Figure 1. X-ray structures [S0 for (S)-1 and R0 for (R)-1] and calculated optimized structures [S1-S3 for (S)-1 and R1 for (R)-1] of compound 1


Figure 2. Crystal structure of (S)-1 (a) and intermolecular hydrogen bonds between one molecule (center) and four neighboring molecules (b) [17]


Figure 3. Crystal structure of (R)-1 (a) and helix created by intermolecular hydrogen bonds (b) [17]

Table 3. Structural features of conformers S1-S3 and R1 as compared with those of X-ray structures S0 and R0
ConformerOHaNHaqb (°)fc (°)hd (°)
S0eaxeq170.7170.8-8.0
S1eqax138.6168.5-28.6
S2axeq164.6-63.9-1.9
S3axeq161.9166.5-18.6
R0eaxeq167.0-167.549.4
R1axeq164.0-167.0-10.5
aAbbreviations: ax = axial, eq = equatorial. bDihedral angle between C1-C2 and N-C3 bonds. cDihedral angle between C2-N and C3-C5 bonds. dDihedral angle between C4-C3 and C5-C6 bonds. eX-ray structure.

ジアステレオマー(R)-1の結晶中での配座 R0は,S0と同様にヒドロキシ基がアキシアル位,アミノ基がエクアトリアル位に位置している(Figure 1e).シアノ基の結合長(C3-C4)は1.49 Aであり,S0と違いは認められない.アミノ基のローンペアとシアノ基はアンチペリプラナー配座(f = 166.5°)であるが,シアノ基とフェニル基は共平面にない(h = 49.4°).また,分子内水素結合N-H...O-H(2.35 A)が見られる.結晶は単斜晶系でP21空間群に属し,単位格子中に2個の分子を含んでいる(Figure 3a).2つの異なる隣接分子との間にO-H...N@C水素結合(2.14 A)があり,この水素結合により,分子がb軸に沿ってらせん状に連なっている(Figure 3b).計算で得られた最安定配座 R1は,C3に結合したシアノ基とフェニル基がほぼ同一平面上(h = -10.5°)にあり,R0とは異なっている(Figure 1f).R1hS0-S3に近い値であることから,R0のフェニル基は単分子状態での最安定な配座をとっておらず,結晶化の際に R1の配座からパッキング力でねじれたものと考えられる.また,R1には,R0に見られるN-H...O-H水素結合(2.42 A)のほかに,O-H...N@C水素結合(2.33 A)が認められる.結晶構造では,後者の水素結合が分子間水素結合に置き換わっているが,この相違も結晶化の際に生じたと考えられる.その他の特徴は結晶構造と良く一致することから,R1は結晶化前の(R)-1の配座を良く表していると言える.
分子の安定性にほとんど差がない(S)-1と(R)-1が,結晶を用いた反応では(S)-1に定量的に異性化することから, (S)-1は(R)-1に比べて結晶形成により強く安定化しているはずである.その理由を知ることは難しいが,これまでの計算実験の結果と,結晶の密度が(R)-1(1.230 g/cm3)よりも(S)-1(1.302 g/cm3)の方が高いという事実から[12],次のように考察される.すなわち,(S)-1は低エネルギーの配座が複数ある柔軟な構造をもち,そのうちの1つ(S3)が密に充填して安定な結晶を形成する.この際,隣接する4つの分子と水素結合を形成することも安定化に寄与しているはずである.これに対して,(R)-1は配座の柔軟性が低い.唯一の低エネルギーの配座 R1は,結晶密度を考えると,密に充填しにくい構造であると予想できる.したがって,溶液中の R1は,分子間水素結合の力を借りて,またhをパッキング可能な角度に変化させながら,安定性の低い結晶を形成していると考えられる.

4 まとめ

a-アミノニトリル(S)-1, (R)-1の配座解析の結果から,溶液中での平衡組成を合理的に説明できた.また,X線結晶構造解析の結果と比較することにより,結晶中での安定性の違いを考察できた.

本研究の実験結果の一部は,東北大学サイバーサイエンスセンター大規模科学計算システムを利用して得られた.

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[16] H. Honig, Energy.
http://www.orgc.TUGraz.at/
[17] Reproduced with permission from
Org. Lett., 6, 2241 (2004), Copyright 2004 American Chemical Society.


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