ニューラルネットワーク解析法による亜臨界水中でのマルトース加水分解反応の最適化

正本 博士, 高田 雅子, 永田 和周, 重松 幹二


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1 緒言

有機化合物の分解方法として高温,高圧の亜臨界あるいは超臨界状態の水を用いる方法が注目されている[1].そして,食品廃棄物,脂肪酸エステル,単糖類,二糖類,の分解,水熱ガス化,水熱液化による燃料化などバイオマスを原料とする多くの報告がある[2, 3]. これらの反応場では多くの反応条件が複雑に影響し,その反応結果を速度論的に予測することは困難である.そこで本研究では,実験データを経験として蓄積し,その経験則からニューラルネットワーク(NN)解析法によって化学反応プロセス最適化が可能か検討した.
人間の脳は経験によって学習し非常に複雑な系においても経験的に瞬時に判断を下せる能力を持っている.コンピュータ科学の進展により人間の脳が持つ情報処理や知識獲得法を真似るための数学モデルやアルゴリズムが考案されNN解析法として発展してきた[4].NN解析の多くは,人間の脳が持つ能力をコンピュータ上で実現するために,人間の脳神経細胞を単純化した多くの入力端子と一つの出力端子を持つプロセッシングエレメント(PE)を基本とする.このPEを多数並列に配置し入力端子を入力層に,出力端子を出力層に接続し,入力層と出力層の間に一つ以上の層(隠れ層(Hidden layer))を挿入したものを階層型パーセプトロン(MLP)構造と言う.このMLP構造の模式図をFigure 1に示す.今回用いたNN解析ソフトウエアではモデルの構築段階で誤差逆伝播法に基づき学習を行う.図の入力層(Input layer)に入力データを投入し出力層(Output layer)からの出力値と目標値の誤差が希望の精度以下に収束するまで勾配法の原理に基づいて層間の結合係数「重み」を変化させることで学習を行なう.
NN解析法には他にも多くの学習法や,アルゴリズム等が存在し,種々の事例に適用されている.例えば化学に関するものでは,近赤外スペクトルによるプラスチックの識別[5],非線形化学プロセスの制御[6],河川水の水質を示すパラメータの抽出[7, 8],原料植物油の性状から製品バイオディーゼル燃料の性状予測[9],燃料油のリサーチオクタン価の推定[10, 11]など,さまざまな分野でNN解析法が適用され成果を挙げている.
本研究では,1秒以下の時間で反応が終了する超臨界水(647K以上,22.1MPa以上)に比べ,反応時間が数分から数十分要し反応を制御しやすい亜臨界水反応場[12]において温度200°Cから260°C,圧力10MPaから30MPaの反応条件で二糖類(マルトース)の加水分解反応を行った. そして,亜臨界水反応場において単糖のグルコースを選択的に高収率で得る反応条件がNN解析法を用いて探索可能か実験的に検証した.マルトースの加水分解反応はFigure 2に示すように逐次,併発的に反応が進行し,分解条件によっては生成物のグルコースがさらに分解を受け,生成した有機酸による加水分解反応の自触媒作用や,ヒドロキシメチルフルフラールあるいはその縮重合物などを生成するなど反応挙動は複雑である.グルコースを目的物質とした場合,それは中間生成物とみなされるため,選択的に得られる反応条件設定が必要となる.しかし,分解条件は反応温度,反応圧力,反応時間,基質濃度,pH,溶存気体濃度などが複雑に影響するため従来の速度論的方法で最適反応条件を見出すのは困難である.
そこで本研究ではまず,実験条件の設定が容易な反応温度と滞留時間を実験変数とした2次元の反応条件について検討した.次に,実験変数に基質初濃度,反応圧力を追加した4次元の実験変数を用いた系についても確認した.


Figure 1. Schematic diagram of multi layer perceptron in neural network analysis.


Figure 2. Reaction pathway for hydrolysis and pyrolysis of maltose.


Figure 3. Subcritical water system.
(1):Water bottle (2):Substrate bottle
(3):He cylinder (4):3way valve
(5):High pressure pump (6):Safety valve
(7):Drain valve (8):Thermometer
(9):Temperature control tube (10):Constant temperature bath
(11):Tube reactor (12):Oven
(13):Cooling tube (14):Cooling bath
(15):Back pressure valve (16):Back pressure controller

Table 1. Variation of reaction conditions.
C0[mol/l]0.010.10.5
P[MPa]102030
T[°C]200220240260
F[ml/min]5.04.03.02.01.00.80.5
t[min]1.111.391.852.735.556.9311.09
Where, t=v/F

2 実験方法

2. 1 実験装置と反応条件

実験に用いた亜臨界水反応装置をFigure 3に示す.反応基質のマルトースを水溶液とし,ヘリウム曝気により脱気した後に高圧ポンプによって反応器へと導入した.オーブン中に設置した反応器は内径2.17mm長さ1500mm反応器容積v=5.55cm3のSUS304製の管である.本実験装置は余熱部を持っていないため,反応器温度と流速を固定して定常状態となっていても反応器中では長さ方向に温度勾配が生じる.温度勾配は設定温度,滞留時間によって決定されるものの,実験者が知ることのできない変数となり,実験系をより複雑にしている.
本実験で行った実験変数をTable 1に示す.分解反応は連続式で行い,滞留時間の5倍以上の時間後,反応液の濃度が定常となったとみなしてサンプリングを行なった.HPLCを用いた内部標準法により,反応液中のマルトースと生成物のグルコースの定量を行なった.
最適条件の探索では,グルコース収率が最大となる条件が最適値とも考えられるが,副反応生成物の収率が大きくなれば無駄に消費されるマルトースの量が増大し,同じグルコース収率であっても最適反応条件とは言い難い.そこで,反応条件探索においてグルコース収率が高く,かつ副反応生成物の収率が低くなる反応指標IをEqs.(1-2)のように定義した.

ここで, YmYgはマルトース,グルコースの収率を表し,副反応生成物の収率Yoは1からマルトースとグルコースの収率を差し引いたものとした.Sは生成物中のグルコースの選択率である.Iは0から1の間の値を取り,低い値ほど効率的にグルコースが得られたことを示している.
なお以降,予測により得られた反応指標をIP,実測によるものをIEと表記する.

2. 2 NNモデル入力データの選択方法

NN解析は,NEWRALWARE社製Neural Works Predict version 3.21を用い,階層型パーセプトロン構造のNNモデルで行った.
NN解析への入力データ設定として反応温度,滞留時間を変化させた2次元の反応条件の場合を例として説明する.2つの反応条件をFigure 4に示す格子の交点として表すと,最初のNNモデルの構築に当たっては”●”で示したように実験範囲全体の傾向をモデルに反映できるように全体を囲むように設定した.


Figure 4. Selection of the reaction conditions for the initial neural network analysis.

NNモデルの構築はFigure 5に示すフローチャートに従いIEIPの最小値を示す反応条件が一致するまでIPの予測最小値の周囲を囲むように実験点を追加しNNモデルの再構築を行った.そして,実験点を追加してもIEIPの最小値を示す反応条件に変化がなければNNモデルの完成とした.
反応条件としてマルトース初濃度と反応圧力を追加した4次元の反応条件探索では,反応圧力(10,20,30MPa),マルトース初濃度(0.01, 0.1, 0.5mol/l)の9通りの組み合わせでの固定反応条件でFigure 4と同様に実験変数を設定した.そして4次元の反応条件についてNNモデルを構築し,予測値IPを求めた.Figure 5に示したフロー図に従い2次元の場合と同様にマルトース初濃度,反応圧力,反応温度,滞留時間の実験点を追加し,NNモデルの再構築を繰り返すことによって最終的なNNモデルを得た.


Figure 5. Block flow chart to determine the optimum combination of reaction conditions.

3 結果と考察

3. 1 反応温度,滞留時間を実験変数とした場合

フロー図に従ってNNモデルを構築した様子を反応圧力10MPa,マルトース初濃度0.1mol/lの場合を例としてFigure 6に示す.図中の”●”はNNモデルの作成に用いた反応条件を示し,再構築時に追加した反応条件を”○”で示す.また,矢印はIPの最小値が得られた反応条件を示している.この場合,3回のNNモデルの再構築によりIPIEの一致が得られ,最適反応条件の探索が完了した.(e)は,全ての反応条件における実験値IEで作図した等高線図である.予測値(d)と実験値(e)の等高線図は良く一致しており,NN解析により最適反応条件の探索が可能であることを示している.


Figure 6. The rebuilding of a neural network model shown as a contour map of the predicted reactive index IP at constant PE=10MPa and C0E=0.1mol/l. The initial map was constructed from experimental data shown as filled circles. The rebuilding advanced from (a) to (d) with the addition of new experimental data shown as open circles. Map (e) was drawn from the experimental data.

Table 2 は他のマルトース初濃度,反応圧力において決定された最適反応条件とIEおよびIPを示す.いずれのマルトース初濃度,反応圧力においても最適反応条件は容易に探索され,IPIEは良く一致した.NNモデルの再構築は1ないし3回で最終的なNNモデルが完成した.NNモデルは再構築の段階で2〜4点の追加,最終的には14〜20点の実測を行うことで最適反応条件を求めることができた.また,この時の入力層中のニューロン数は2ないし3,隠れ層中のニューロン数は8から17,出力層中のニューロン数は1であった.

Table 2. Comparison of experimental and predicted values.
Fixed experimental conditionsPredicted optimum conditions and reactive indice
C0EPETPtPIPIEJNLHO
[mol/l][MPa][°C][min][-][-][-][-][-][-][-]
0.01102206.930.8440.8452172121
0.11020011.090.6950.6813182121
0.5102006.930.6230.6211152101
0.01202206.930.8120.8112172171
0.1202206.930.6480.6552152111
0.5202202.770.7140.712214281
0.013020018.490.7580.7563203121
H: Number of neurons in hidden layer. J : Number of rebuilds of the neural network model. L: Number of neuron in input layer. N: Sets of experimental data to obtain the minimum IP. O: Number of neuron in output layer

NN解析ではしばしば過学習が懸念される.本研究では中間層中のニューロン数に比べ入力データ数が多いので過学習は起きていないと考えられる.そのことは、Figure 6の(d)と(e)の等高線図が良く一致していることからも裏付けられている.
Table 2に示した入力層中のニューロン数が入力パラメータ数と一致しないのは本研究で使用したNN解析ソフトウエアが、学習を行うに際して,個々のパラメータに対して複数のデータ変換を施し,それぞれの変換値に対して入力ニューロンを割り当てる.その後にGenetic algorithm基づき変数の選択を行い有効でないニューロンが排除されるためである.
更に詳細な反応条件の予測(以降詳細予測と記す)が可能か,より細かな反応条件における予測値と実験値を比較検討した.例としてC0=0.01mol/l,PE=10MPaで作成したNNモデルを用い,マルトース流量を0.5ml/minから5ml/min(滞留時間で11.09minから1.11min)まで0.1ml/min間隔,温度を200°Cから260°Cまで1°C間隔で変化させた2806点の予測値を計算で求め,IPの最小値を与える最適な温度と流量(滞留時間)の組み合わせを求めた. IPの詳細な予測値を示す等高線図をFigure 7に示す.


Figure 7. Detail prediction of IP at constant PE=10MPa and C0E=0.01mol/l.

IPの最小値を示す区分である0.84から0.85の範囲(青色)は,滞留時間で4から10min,温度では205から225°Cに広がっており,この初濃度,圧力条件では最適反応条件は広範囲に広がっていることがわかる.そこで,NNモデルで予測されたIPの最小値を得た反応条件215°C,6.93minとその近傍での実験値と比較し,詳細予測されたIPの値がどの程度の精度で得られたかを検討した.実験によって得られたIEの値をTable 3に示す.下線で示した詳細予測で得られたIPの最小値が示す最適反応条件と、下線で示した実験で得られたIEの最小値を与えた反応条件は反応温度で2°C の差が見られたが,最適値がブロードであっても最適反応条件の予測が十分可能であることが示された.

Table 3. Reaction conditions giving minimum reactive index at constant PE=10MPa and C0E=0.01mol/l
Temperature [°C]
t [min]211213215217
IP6.160.845210.844360.844410.84456
6.930.844400.844210.844190.84420
7.920.844440.844350.844390.84457
IE6.160.8230.8170.8180.823
6.930.7980.7540.7830.809
7.920.7790.7930.8280.811
Underlining shows the minimum value.

3. 2 反応圧力,基質初濃度を反応条件に追加し4次元の実験変数とした場合

ここでは更に反応圧力とマルトース初濃度を実験変数として追加し,複雑な反応条件の組み合わせに対するNNモデル適用の可能性について検討した. 4次元の変数に対してNNモデルが予測した最適反応条件をTable 4に示す.

Table 4. Optimum reaction conditions predicted with four variables; pressure, initial concentration, temperature and residence time, along with the reactive index predicted from their combination.
Predicted value
PPC0PTPtPFPIP
[MPa][mol/l][°C][min][ml/min][-]
100.52006.930.80.650

このNNモデルを用いて,最適条件の周辺をC0=0.1から0.5mol/lまで0.001mol/l間隔で401通り,TP=180から220°Cまで1°C間隔で41通り,tP=5.55から11.09minまで流量で0.1ml/min間隔で6通り,PP=10MPaから20MPaまで1MPa間隔で11通りの組合せ,約108万組の条件について最適反応条件の詳細予測を行った.その結果IPの最小値を与える反応条件と予測値IPTable 5に示す.

Table 5. Comparison of the optimum combinations of reaction conditions determined by detailed prediction and experimental data.
Predicted valueExperimental value
P[MPa]2020
C0[mol/l]0.50.5
T[°C]208206
t[min]6.935.04
F[ml/min]0.81.1
I[-]0.6030.607

この最適反応条件の妥当性を確認するためTE=208°C,FE=0.8ml/min(tE=6.93min)を中心としてPE=20MPa,C0E=0.5mol/lでTEを1°C間隔,FEを0.1ml/min間隔で変化させ確認実験を行いIEの最小値を得た.実測値による最適反応条件と実測値IEを併せてTable 5に示す.反応温度で2°C,滞留時間で1.89minと若干の違いは見られるが,4次元の反応条件を用いた実験系においても今回用いた予測の進め方とNN解析法によって最適条件の探索が可能であることが分かった.また,反応指標I も良い一致が得られた.なお,最終モデルの構築に使用した入力データ数は130,入力層中のニューロン数は5,隠れ層中のニューロン数は9,出力層中のニューロン数は1であった.
今回定義した反応指標Iでは,グルコースの収率と選択率のウエイトが等しいと扱われている.最も低いIを与える反応条件においては,目的生成物のグルコース収率は約0.44であり,未反応マルトース収率は約0.21,副反応生成物収率0.35であった.収率と選択率のどちらかを優先した場合の最適反応条件は今回の結果と異なるであろうが,NN法により短時間のうちに決定可能であると考えられる.

4 結言

4次元の反応条件変数が複雑に影響しあう実験系において,その最適反応条件および反応率をNN解析法によって予測可能であることが明らかとなった.

使用記号

C:concentration[g/l]
F:flow rate[ml/min]
H:Number of neurons in hidden layer[-]
I:reactive index[-]
J:Number of rebuild of the neural network mode[-]
L:Number of neurons in input layer[-]
N:Sets of experimental data to obtain the minimum IP[-]
O:Number of neuron in output layer[-]
P:pressure[MPa]
Sselectivity[-]
Ttemperature[°C]
vvolume of reactor[ml]
Y:yield[-]
tresidence time[min]
Subscript
  E:  experimental value
  g:  glucose
  m:  maltose
  o:  other products
  P:  predicted value
  0:  initial value

参考文献

[ 1] 山崎仲道,榎本兵治,阿尻雅文,新井邦夫, 水熱科学ハンドブック, 宗宮重行 監修, 技報堂出版, 東京 (1997), pp.505-586.
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[11] 山本順三,佐々木隆志,花熊克友,中西英二, 化学工学論文集, 24, 888-893 (1998).
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