
Figure 1. (a) The molecular symmetry axis of C60 and (b) the structure of C60 crystal.
C60分子は、ほぼ球形という特異な形状から方位依存性が非常に弱く、固体状態では柔粘性結晶という特徴的な性質を示す。またC60結晶は、260 Kで格子定数と回転状態の変化を伴った一次相転移を引き起こす事が知られており [2 - 4]、260 K以上の高温相では、C60分子は高速な回転運動をする方位不規則相(面心立方構造:fcc)となる(Figure 1(b))。一方、260 K以下の低温相では、C60分子は分子方位に対しても秩序を持つようになり、結晶は方位規則相(単純立方構造: sc)に分類される。方位規則相における安定な分子方位としては、最安定方位である五員環(P-)方位と、五員環方位よりわずかに高いエネルギー持った六員環(H-)方位という、二つの特徴的な分子方位の存在が実験的に確認されている [5]。全てのC60分子がP-方位をとる時には、隣接する全てのC60分子対は五員環と二重結合を面した配置をとり、また全てのC60分子がH-方位をとる時には六員環と二重結合が面した配置をとる事が知られている。固体NMRやmSR等の研究から [6, 7]、この二方位間のエネルギーバリアは235~290 meVと見積もられている。C60分子は90~260 Kの方位規則相において、これら安定/準安定方位間を"回転ジャンプ"をしている事が示唆されているが (Figure 2)、その詳細はまだ明らかにはなっていない。

Figure 2. The molecular rotation jump between the P- and H-orientations. The values of energy barrier and energy difference are the experimental values reported in Refs. [3, 6, 7].
このような分子の複雑な方位特性・回転特性を明らかにするには、分子間の相互作用を顕に考慮した理論的解析が有効である。そのためC60分子が発見されて以来、非常に多くの分子間相互作用モデルが開発されてきた[8 - 13]。しかし従来の経験的モデルでは、定量的にC60分子の結晶中における方位特性を記述する事はできず、それから導かれる結果は十分信頼できるものとは言い難い。一方、Savin らは密度汎関数法(局所密度近似)から得られたC60分子の電荷分布を、分子間相互作用の重み関数として用いる事で、半経験的な分子間相互作用モデルを提唱している[14]。しかし彼らのモデルは高精度な反面、計算コストが非常に高いため、結晶中における方位特性・回転特性を解析するために必要となる十分大きな系には適用されていない。またHasegawa [15] らは経験的な手法を用いず、密度汎関数法を用いたC60結晶に対する第一原理計算を用いて、C60分子の方位解析を行っているが、Savin らのモデルと同様、計算コストの問題により十分大きな系には適用されていない。
このような背景から、近年我々はC60分子の結晶中における方位特性を定量的に正しく記述できる新しい分子間相互作用モデルの開発を行った[16]。開発した分子間相互作用モデルによるP-方位とH-方位間のエネルギーバリアは~ 260 meV、エネルギー差は14.7 meV、C60結晶の相転移温度はTC = 200~260 K であり、いずれも実験値を精度良く再現する事ができる。また開発したモデルを用いた理論的解析から、方位規則相における最安定方位であるP-方位の安定性が、結晶中のH-方位占有率 (pH) に依存し、高いH-方位占有率 (pH > 0.83) の場合には、P-方位とH-方位の安定性は逆転する事、そして結晶中におけるH-方位の不安定化がC60分子の幾何学的形状に起因したフラストレーションによる事などを明らかにした。
そこで本研究では、C60分子の結晶中における回転特性、特に結晶内に誘起される回転ジャンプ間の相関関係を明らかにする事を目的に、我々が開発したC60分子の分子間相互作用モデルを用いた分子動力学シミュレーションを実行し、方位規則相における回転ジャンプの発生確率に関する詳細な解析を行った。

および
は、分子J上の原子j から分子I上の原子i に向かう動径ベクトルとその距離である。
は、分子I 上の原子i の二重結合に平行な双極子ベクトルであり、原子iの二重結合に平行な単位ベクトル
を用いれば、
(e :電荷素量、h:パラメータ) と表される。斥力項に導入されている
は原子間距離に相当する量であり、原子i の2 本の一重結合に平行な単位ベクトルを
および
として以下のように定義される:

Table 1. The value of potential parameters in our model.
| r0 [A] | d0 [eV] | l | a | b | g | h |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4.037 | 2.193×10-3 | 13.6 | -8.125×10-3 | -3.20×10-2 | -3.25×10-2 | 5.50×10-2 |
我々のモデルによる純P-方位相(全てのC60がP-方位)の格子定数、および1 分子あたりの凝集エネルギーは、それぞれ14.033 A、1.741 eV であり、実験値14.033 A , 1.74 eV [17] を精度良く再現する事ができる。Table 2 には、我々のモデルおよび既存の経験的/半経験的モデルによる、P-方位とH-方位間のエネルギーバリア (Ebarrier)、およびエネルギー差 (DE ) を示した。Table 2 より、最も初期に開発されたLennard-Jones モデルでは、結晶中におけるP/H-方位のエネルギー差を、定性的にも再現する事が出来ていない事がわかる。またその他の経験的モデル (LLM, SCK1, SCK2) では、P/H-方位間の安定性を定性的には再現できているが、実験値と比較してDE を過大評価してしまっている。一方、我々のモデルおよびSavin らによる半経験的なモデルでは、Ebarrier, DE ともに実験値を精度良く再現しており、結晶中におけるC60分子の方位特性を解析する上で、十分な精度を持っている事がわかる。
| Method | Ebarrier | DE | |
|---|---|---|---|
| LJa | Ref. [8] | 85 | -63 |
| LLMb | Ref. [10] | 278 | 236 |
| SCK1c | Ref. [9] | 184 | 112 |
| SCK2d | Ref. [9] | 306 | 194 |
| Semi-empirical | Ref. [14] | 250 | 11 |
| our method | 260 | 15 | |
| Exp | Refs. [3, 6, 7] | 235~290 | ~11 |

Figure 3. The time dependence of molecular rotation angle of four neighboring C60's. The relative rotation angles from the P-orientation are plotted.
次に、このように観測された回転ジャンプ間の相関関係を明らかにするために、回転ジャンプの発生確率に関する解析を行った。Figure 4 は、ある分子が回転ジャンプを起こした後、その近接分子において初めに観測された回転ジャンプの発生確率を表している。図の横軸は基準となる分子の回転ジャンプ後の経過時間であり、縦軸は各経過時刻における回転ジャンプの発生確率である (全回転ジャンプに対する発生確率の平均)。Figure 4 より、結晶中においてある分子が回転ジャンプを引き起こした後、その周辺分子において生じる回転ジャンプの発生確率は一様ではなく、その分子からの距離や経過時間に強く依存している事がわかる。最も発生確率が高いのは、基準分子が回転ジャンプをした直後の第1近接分子である。経過時間0 ps 近傍における強い強度は、基準となる回転ジャンプから、ほぼ時間差なく回転ジャンプが発生している事を意味している。これは隣接するC60分子同士が、歯車のように"噛み合って" 回転している事を示している。一方、回転ジャンプの発生確率は、20 ps以降も比較的高くなっている事から、隣接分子間における回転ジャンプは、歯車運動のような直接的かつ短時間な相関以外にも、数十ps 程度持続する比較的長時間の相関も存在していると考えられる。

Figure 4. The time dependence of the event probability of the molecular rotation-jump induced at 190 K. The horizontal axis means the elapsed time after a rotation-jump.
一方、第2 近接分子においては、5 ps 付近に極大点を持った特徴的な分布をしている事がわかる。第1 近接分子とは異なり、経過時間0 ps 付近における回転ジャンプの発生確率は小さい事から、このピークは歯車運動のような"直接的な" 相関を反映したものではなく、回転ジャンプが結晶内を伝搬する現象を反映したものと考えられる。このような特徴的な分布は、第3 近接分子に対しては明確には見られないが、第4近接分子では9 ps 付近において観測されている。この第2, 4近接分子間におけるピークのシフトは、回転ジャンプが結晶内を伝搬している事を強く裏付けるものである。回転ジャンプが基準分子から最短距離で伝搬したと仮定すると、第2 (4) 近接のピークから見積もられる伝搬速度は、~ 3 (~ 2) A/ps である。なお第5 近接分子以降の分布は、解析した経過時間内ではほぼ一定であり (~ 0.5 %)、回転ジャンプ間の相関は、基準分子からの距離が遠いほど弱くなる事がわかった。時間に依存しない発生確率は、結晶内においてランダムに発生する回転ジャンプに対応していると考えられる。