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「Change & Challenge」

産業技術総合研究所ナノシステム研究部門 長嶋 雲兵

(2010年04月23日 JCCJ, Vol.9, No.2, A5.)

2009年は政権交代もあり、従来の様々な施策に見直しが入った。これは科学技術政策も例外ではなく、昨年秋の仙台での日本コンピュータ化学会秋期年会のさなかにあった「事業仕分け」とそれに続く混乱は記憶に新しい。我がコンピュータ化学会もメッセージを公開した。新政権による「事業仕分け」は政権交代による従来の科学技術政策のパラダイムに対する変革または新たなパラダイム構築の機会を与えてくれている。続く2010年は、「Change」の年であり、新たな変革を理想論ではなく、具体的に行動を起こす「Challenge」の年でもある。「Change & Challenge」こそ、この10年の目標であろう。

コンピュータ化学の「Change & Challenge」の方向は大規模化と高精度化である。大規模化には、コンピュータ化学の応用範囲の拡大と人材育成も含めたコンピュータ化学の啓蒙と普及さらにはコンピュータシステムの高速大規模化も含まれる。筆者の得意とする非経験的電子状態計算の高精度化のゴールは「化学的精度」の実現であり、電子相関と相対論を正しく取り入れた大規模計算を行うことで実現可能である。またさらにprotonなど軽い原子核の量子性を考慮した計算も出てきた。磁気遮蔽定数の計算ではQED補正も導入されている。大規模化のゴールは分子ではタンパク質やそれを含む生体膜であり物質ではナノサイズの系である。水溶性タンパクの構造に関してはアメリカのNIHが無償で公開しているProtein Data Bank (PDB)があり、怪しいところがあるとはいえ、計算の初期構造を作るのに大いに役立っている。そのため水溶性タンパクのHFレベルの計算には時間だけが問題である。ナノサイズの系では第一原理計算法の発展が著しい。もちろん大規模計算であるから粗い近似でよいというわけではなく、欲しい物性と正しいモデルの構築と適当な計算手法と計算機の選択なしには有意な答えは得られない。化学計算ではモデルの構築と適当な計算手法と計算機システムの選択にネックの多くが存在するが、明確な目標をたてることで、新たな理論の開発や計算手法、計算機システムなどのブレークスルーが生まれる。10数年前筆者が分子科学研究所からお茶大に移動してすぐ、実習用のPCを使ってPCクラスタを作り、実習のない夜間に大規模計算を実行した。これは、日本で初めての実問題のPCクラスタ上での計算であり、発表当時はPCクラスタは貧乏人のスパコンと揶揄されたことを思い出す。今はあらゆるスパコンがPCクラスタになってしまった。こういうこともあるので、皆さん「Change & Challenge」!! 行動するプロフェッショナルなコンピュータ化学(科学)者を目指し、今まで培ってきた知識や経験を若い人(未来)にバトン渡ししましょう。

余談だが、アメリカは多くのDBを世界中に無償で公開している。DBに蓄積された莫大なデータからの知識の抽出(データマイニング)はコンピュータ化学の一つであり、特に企業の研究者が新製品開発に多く利用する技術である。いつかアメリカのDB戦略が変更され、CASやPDBをはじめとするDBの利用制限がかかる可能性があることを思うとぞっとする。ちなみに日本の量子化学者が協力して20年作成し続けている文献DBのQCLDBは、2010年は科研費があたらなかった。これはとても残念であり、審査員の見識の低さに危機感を感じる。まあ「DBはアメリカに頼れ」と言うのだろうが、お寒い限りである。こっちは「Continue」!!

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