熱流・温・湿度センサの出力値についてのデータ処理

石川俊英、大槻荘一


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1.はじめに

 我々は寒いときは保温性のよい服地を着るし、暑いときは通気性のよい衣服を纏う。このように環境の変化に応じて人間は適宜着分けを行っている。そこで新しい衣服素材を開発した際に、実着による感覚テストを行う前に、ある程度衣服素材の性能が分かることが望ましい。これには衣服素材の熱水分移動特性を測定して保温性・通気性等の動的物性値から評価を行う手法がある。このような目的で温・湿度の変化のみをデータストッカーを用いてモニターする市販品も既に存在する。
 しかし、我々は皮膚表面の蒸れ感、冷温感に伴う体温調節機能をモニターすることも重要な因子と考えている。その機能をシミュレートするものとして模擬皮膚下の熱盤の消費電力(熱流)の微少な変化をモニターできるようにサーモラボ装置の改造を行った。)発汗量をコントロールし、且つ、熱流と温・湿度を同時に計測することによって衣服内の熱水分移動の過渡現象を観測できるようなシステムはまだ製品化されていないため、それを働かせるためのプログラムの開発を必要としていた。また、各種衣服素材を用いてのセンサから得られるデータの特徴を生データとして保存すると膨大になるので、操作が簡単で生データの特徴を殺さずに簡単な関数型で保存できるようなデータ処理法の開発も試みた。

2.機器構成と使用言語

   NEC PC−9801シリーズ
   標準湿度発生器 SRHーIR 神栄株式会社
   AD12−16S       コンテック社
   言語 NEC 日本語 N88BASIC(86)MS−DOS版
   BINT.ASM  機械語  コンテック社

3.プログラムの機能

 先に、多機能酵素電極のデータ処理法)のプログラム開発を行ってきたので同様の手法でデータ取り込みが可能である。このプログラムにおいては、温・湿度センサ3本と熱流センサ1本を同時に測定できるようにしている点でそれぞれのデータの質が異なっているだけY軸の表示に若干の工夫を必要とした。表1に示すように基本的には3種類の処理を行っている。しかし、その中にサブメニューによって処理機能がさらに分かれている。
 1番目の湿度校正は湿度センサの信頼性がまだ十分でないため生データをそのまま使うことができない。また、湿度の増加と減少間にヒステリシスがあり、この点も考慮に入れねばならなかったので10%間隔でこれを行った。湿度校正を行うには、初めに、湿度校正器で加湿・減湿をしながらパソコンにデータを取り込んで平衡に達した点で平均値から補正データを得ている。そのため、従来のデータロガーの値を読み取っていた作業がなくなり、

表1:メインメニューの選択

煩雑なマニュアル入力による入力ミスを防ぐことができた。しかし、取り扱い上、両方の機能を保持している。また、サブメニューで単位を%RHからmmHgに変換できる。
 2番目は、センサデータの取り込み状態をモニターするのに利用している。ここでは、グラフ化と数値表示を同時に行っている。一画面の時間範囲もかなり広く設定できる。全てのデータと平均値をファイルに保存するようにしている。データの印刷もそれぞれのセンサ毎に行うことができる。図1は、データ採集中のモニタ画面である。
 3番目は、衣服素材の特徴を知るために採集した熱流、温度、湿度データに対して非線形最小自乗法を適用して適当な関数を当てはめる操作が含まれている。非線形最小自乗法に関する文献は多数あるが、プログラムリストとして簡単に入手可能なものはそれほど多くない。例えば、BASICでは、文献4、FORTRANでは、文献5、C言語では、文献6等が知られている。ここでは、文献4のリストを参考にして、若干変えて使用している。

表2: データ外挿に使用した関数群

表2にここで採用した8種類の関数型を載せた。しかし、衣服素材のシミュレーションでは、これまでの経験上これ程多数の関数を必要としないが、外の目的、例えば、反応解析等に使用したいとき、特に変更せずに使用できるよう考慮している。また、操作はなるべくファンクションキーを使用するようにして操作性をよくしている。

4.結果と考察

 このプログラムには、センサデータの取り込み、湿度補正とかの機能も含まれているが一番のポイントになっている所は、取り込まれたデータを適当な位置で切り取り、最大3種類のデータが比較できる点と、そのデータをある関数型でカーブフィッティングする操作である。そこで、図2は、ある布素材の加湿・減湿時のデータ(f・1キーを押下して画面表示)を用いて、蒸気の発生を停止した位置に左側の線(f・2キー押し下げてから矢印キー操作)を合わせた後に、湿度が下がり安定した位置に右の線(f・3キー)を設定した状態を示している。f・4キーによって切り出されたデータを図示することができる。f・5キーによって関数の選択とパラメータの初期値の入力を行ってカーブフィッティングする。その結果の1例を図3に示した。スポーツウエア用として開発された3種類の衣服素材を使用して、7番目の関数を用いて計算したパラメータの値を表3に載せた。また、図4は前記の素材間の比較結果である。表3からP1の値の一番大きなサンプルAが湿度の低下が速く、透湿性の高いことに対応している。透湿性の悪いBは一番小さい値になっている。一方$P3は、その差は小さいけれど逆の関係が成立しているのが分かる(P2とP4についても同様の関係が成り立つ)。透湿量の右端の結果とは、風を送って条件が異なるため一致しなかったが傾向はよく出ている。一方、加湿時では蒸気量を変えても素材間の差は殆ど見られない(特に図に示さなかったがファイルからの呼び出し可能)。これから、特徴のある部分のデータのみを保存することができるため、無駄なデータの削除が可能となった。同様にして、熱流、温度についても比較することができる。

表3:衣服素材の減湿時の曲線当てはめパラメータ値

5.結語

  画面モニタによって7チャンネルのセンサデータ(熱流・温・湿度)の取り込みを容易に行うことができた。これから各種衣服素材の潜熱抵抗等の熱・水分移動特性を求めることができることが分かった。
 このプログラムは衣服素材の熱・水分移動のような特殊なケースを扱っているので化学の分野の人達にあまり関心を呼びそうにないのを敢えて発表した理由はモニター画面上で時間軸の長さ変更をどのようにして行うかを発表した例がなかったのと、画面上でデータの切り出しを行って非線形最小自乗法を適用する方法に若干の面白さがあると判断したからである。この手法は化学反応の解析にも応用できると思う。
 データの切り出しには、勿論、キー操作よりマウスによる方がスマートに行える。これは次回に改善すべき課題である。市販ソフトのロータス123で、ここで行ったデータ処理の一部は可能と思われるが、処理が簡単であるかは不明である。
 最後に、非線形最小自乗法の種々のアルゴリズムの開発は行われているが、パソコンレベルで信頼のできる評価をしている報告はないように思われる。この紙面で解析結果を公表してくれる人が現れてもよいのではなかろうか。我々が採用した文献4のアルゴリズムの使用感では、データの種類によってはマッチングが悪いのに収束してしまう等まだ問題点がある。

6.参考文献

1.神栄株式会社製品:温度・湿度センサのTRH-DM用マニュアル
2.若野洋陸、大槻壮一、足立公洋:繊維機械学会誌、45,T38 (1992).
3.石川俊英:会報 JAPC, 11, No.2, 83 (1989).
4.橋野仁一,田代操:化学付録(化学者のためのマイコン実用プログラム(23)), 40, No.2 (1985).
5.D. V. O'conner et al.(平山鋭,原清明 訳)”ナノ・ピコ秒の蛍光測定と解析法,学会出版(1988).
6.熊谷 哲:会報 JAPC, 10, No.4,3 (1988).

謝 辞:ここで使用したデータの一部は、通商産業検査所神戸支所の長田 敏氏及び、当所の足立公洋氏らに提供して頂いた。紙面を借りて御礼申しあげる。


図1.センサデータのモニタ画面


図2.データの画面カット範囲の設定


図3.部分データをある関数でカーブフィッティングした例


図4.衣服素材の湿度データの減湿時の比較例


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