Journal of Chemical Software, Vol.2, No.3, p.167

Ｘ線結晶構造解析システム UNICSⅢ のパーソナルコンピュータ・ワークステーションへの移植

作田誠、宮原明

1. はじめに

　UNICSⅢ (Universal Crystallographic Computation Program System Ⅲ) は理化学研究所の桜井・小林らによって開発されたＸ線結晶構造解析のプログラムシステムである [1]。このシステムは 1960 年代の UNICS [2] に始まり、1970 年代に UNICSⅡ [3]、UNICSⅢ と発展してきたもので、大型コンピュータ上で開発され多くの大学・研究機関に配布されて多くの化学研究者たちによって利用されてきた。しかし現在のようにコンピュータがコンパクト化・高性能化してきたことによって、パーソナルコンピュータやワークステーションなどの上でも十分構造解析が行えるようになってきた。また、UNICSⅢの利用者の多くは大型機を使用する環境から UNIX を基本とした OS の下でワークステーションを使用する環境に移行しつつあるものと思われる。そこで今回 UNICSⅢシステムのパーソナルコンピュータおよびワークステーションへの移植を行った。パーソナルコンピュータでは 32 ビット MS-DOS マシンをターゲットとし、ワークステーションとしては UNIX マシンをターゲットとし SunOS が稼動するマシンでテストを行った。移植にあたっては、パーソナルコンピュータやワークステーションの特徴をうまく活用できるように配慮した。

2. 移植の概要

　UNICSⅢシステムを構成する各プログラムの移植の概要を、数値計算主体のプログラムと構造表示に関するプログラムに分けて説明する。なお、UNICSⅢ のプログラム名は従来大文字で記されていたが、今回の移植では大文字・小文字の区別をする UNIX 環境においてプログラム名をすべて小文字に統一したので、以下でも小文字表記を使用する。

2.1 数値計算主体のプログラム
　結晶構造解析における実際の計算の中味はフーリエ合成・最小二乗法などの数値計算が主であり、まずこれら構造解析において基本となるプログラム群の移植を行なった。対象としたのは表 2 の中の最後の 3 つを除く 17 個のプログラムである。
　元とした UNICSⅢシステムは直接理化学研究所よりいただいた FACOM 版(1985.1.8 および 1989.6.21 の日付のもの)である。ソースプログラムはすべて Fortran 77 で記述されている。移植版もそれぞれの環境で動作する Fortran 77 コンパイラを使用したが、最小二乗法・補間・正規乱数など FACOM の数学ライブラリにあるサブルーチンが使用されていたため文献[4]を参考にしてそれらのサブルーチンを記述し補った。
　また、従来の大型機の環境ではプログラムは JCL (Job Control Language) スクリプトに従ってバッチ形式で実行させることが多かったが、今回ターゲットとした環境には JCL は存在しない。また、大型機ではプログラムが利用する入出力装置はすべて JCL など外部から指定しなければならないが、MS-DOS または UNIX 環境においてはむしろプログラム自身がファイルとの入出力を管理するようにした方がよい。元プログラムにおいてはファイルの OPEN 文・CLOSE 文が一切存在しないため、移植版ではそれらを追加した。
　各プログラムに与える制御カード(命令・データ)[5]は機番 5 に割り当てられており大型機では JCL で入力を指定していたが、移植版においては「標準入力」から入力するようになっている。従って制御カードの内容はプログラム実行時にキーボードから入力するか、または標準入力をファイルにリダイレクトして読み込ませる。機番 6 の出力は「標準出力」またはプログラム実行時のコマンドラインの第１パラメータで指定するファイルに割り当てられる。機番 7 のパンチ出力は現在のパーソナルコンピューティング環境では必要性をあまり感じないが、コンソール画面またはコマンドラインの第２パラメータで指定するファイルに割り当てている。
　UNICSⅢでは解析に関するすべての情報を「基本データファイル」というバイナリファイルによって管理しており各プログラムが入力・出力のために使用するが、このファイルは入出力制御カード( I カード)の指定により機番が変えられるようになっている。移植版では機番に応じてファイル名を変化させることによってこれに対処した。基本データファイルが機番 1 ならファイル名を UNCSbase.001、機番 2 ならファイル名を UNCSbase.002 のように「基本名＋機番番号」をファイル名としている。また、フーリエ合成の出力も制御カードによって機番が変化するため、同様にファイル名を変化させている。その他プログラム中で一時的な作業用に使用する機番は % で始まる名前の一時ファイルを割り当てている。
　また、大型機の JCL ではプログラム実行の制御と各プログラムに与える入力データを 1 ファイルにまとめてバッチ実行することができたが、標準入力をファイルにリダイレクトする方法ではプログラム起動のスクリプトファイル(バッチファイル)と各プログラムに入力させる多くのデータファイルを作成しなければならない。これが煩雑だと思う場合、ワークステーションの UNIX 環境ならば入力の埋め込み (here document) という方法によってプログラムの起動順を書いたスクリプトファイルに入力データをまとめることができる。その方法を使った構造解析のスクリプト例を図 1 に示す。プログラムに与えるデータは大型機の場合と全く変わらずに、しかも JCL と同じ様な記述で構造解析をバッチ実行できることがわかる。
　今回報告する移植版には、動作環境として 32 ビット MS-DOS マシンを対象とした MS-DOS 版と UNIX ワークステーションを対象とした UNIX 版がある。移植プログラムは機種依存をできるだけ抑えてあるため、MS-DOS 版は 32 ビット MS-DOS マシン全般において、UNIX 版は UNIX マシン全般において動作するはずである。

図1　UNIX 環境において構造解析をバッチ実行するシェルスクリプト

2.2 構造表示プログラム
　結晶構造解析の結果得られるのは結晶内の各原子の位置であり、人間が視覚的にとらえるためには結晶構造をコンピュータのディスプレイに表示したり紙に印刷する必要がある。そこで以下では UNICSⅢ システムの中にある結晶構造の画面表示・プリンタへの印刷などを行なう plot80・ortep80・fmap80 の 3 つのプログラムについての移植を報告する。
　plot80 は原子を円で結合を直線で表して結晶構造をプロットするプログラムである。隠線消去を行なわない簡単な表示を行なう。
　ortep80 は原子の熱振動による位置の変位を考慮し原子を熱振動楕円体の形で表した、いわゆる ORTEP 図を出力するプログラムである。これは C.K.Johnson が開発した ORTEP および ORTEPⅡ [6] が元になっているが、UNICS システムで使い易いように改良されている。ORTEP で構造を表示させる場合かなり煩雑な ORTEP 命令を記述する必要があるが、本プログラムではこの ORTEP 命令を自動的に生成してくれるため極めて簡単に構造を表示させることができ、最終結果の表示のみならず解析の途中で構造を表示させてみる際にも使用できる。

図2　開発環境

表1　対応プラットフォームおよびプリンタおよびファイルフォーマット

　fmap80 は電子密度を 2 次元で切った面の等高線図として表すプログラムである。このプログラムは元の大型機上においては CALCOMP 社の GPCP という等高線作図用の汎用プログラムを利用して等高線描画を行なっているので、GPCP と互換の動作を行なうサブセットプログラム gpcps を作成して対応した[8]。fmap80 の出力ファイルを gpcps に入力することにより等高線図を表示・印刷できる。
　移植にあたっては最近のコンピュータ環境では当たり前になった高解像度のディスプレイやプリンタを活用してよりわかり易く使い易い形で利用できるようにすることを目指した。元としたソースプログラムはすべて Fortran 77 言語で記述されているが、移植版においては各環境における Fortran 77 コンパイラを使用するとともに、グラフィックスやファイルの処理の部分は C 言語によって記述し両者を結合した。開発環境を図 2 に示す。UNIX 版の実行プログラムの作成には図 2 に示したもの以外のコンパイラを使用しても差し支えないと思われるが、ANSI 規格仕様の C がコンパイルできることと Fortran と C が問題なく結合できることが必要条件である。
　グラフィックス関係は元のソースプログラムでは CALCOMP 社仕様のプロッタ制御ライブラリを呼び出す形となっていたため、今回の移植ではできるだけ元のプログラムに変更を加えないように CALCOMP 仕様のライブラリと同等の機能を持ったサブルーチン群を独自に記述して対応した。
　動作環境を表 1 に示す。32 ビット MS-DOS マシンを対象とした MS-DOS 版と UNIX ワークステーションを対象とした X Window 版がある。MS-DOS 版については IBM PC/AT 互換機上の WATCOM Fortran / C (英語版) を使用しているので同互換機ならば VGA モードで動作する。また、国内で最大のシェアを持つ NEC PC-9801 シリーズについては、同マシンに対応した WATCOM Fortran / C を使用してコンパイルし直せばよいのだが、残念ながらこれらを入手していないため対応できていない。X Window 版については Xlib のみを用いてグラフィックス描画を行なっているので可搬性は高いと思われる。スケーラブルフォントを利用しているため、X11 の Release 5 以降でなければならない。
　画面にも図形を表示するかどうか、印刷用紙のサイズ・向き、プリンタの種類などはあらかじめ作成したプロット環境設定ファイルによって指定するようになっており、使用者が自分の環境に合わせて、あるいは場合に応じて変更することができる。
　最近のパーソナルコンピュータ・ワークステーションで使用される各種プリンタ・ファイルのフォーマットに対応しているのが他のＸ線結晶構造解析システムには見られない優れた特徴である。例えば、Microsoft Windows Metafile (WMF) に対応していることにより、出力された図を WMF 対応の Windows アプリケーション(Microsoft Word など)の文書に自由なサイズではめ込み、編集することができ、Windows が対応しているすべてのプリンタで図を印刷することができる。また、PostScript プリンタを使えば高品位の出力を得ることができる。

3. 移植プログラム一覧と速度比較

　表2 に移植したプログラムの一覧を示す。重原子法あるいは直接法による初期位相決定、パターソン合成と差合成を含むフーリエ合成、フーリエ合成マップからの原子位置の探索、最小二乗法による原子位置の精密化、得られた結晶構造の表示など、構造解析に必要な基本的プログラムはすべて移植してある。

表2　移植したプログラム

　元の FACOM 版にあるが移植されていないプログラムを表3 に示す。このうち read80 はテープやカセットから反射データを読み込むプログラムで従来の大型機の環境に依存しており MS-DOS・UNIX 環境ではあまり必要性を感じないので移植していない。cm80, mpf80, mv70 については単にテストをする機会がないのでまだ試していないが問題なく移植できると思われる。

表3　移植されていないプログラム

　次に、移植プログラムの実行速度をみるため FACOM 版に付属の重原子法のサンプルデータ(文献[1]に記載のものと同一と思われる)を用いて解析を実行して文献[1]の実行時間と比較した。その結果を表4 に示す。ただし UNIX 版・MS-DOS 版においては、ステップ 1 のファイル作成と 2 の反射データ読み込みをまとめて最初の file80 プログラムで実行していること、ステップ 3 の尺度因子の計算がないこと、また、ステップ 7' のフーリエ合成が新たにつけ加わっていることの 3 点が文献[1]の解析例と異なっていることに注意して比較していただきたい。表3 からわかるように MS-DOS 版においてはフーリエ合成とそのピーク決定(sfr80, fps80)以外のプログラムでは FACOM 版よりも 1.5 倍程度高速で合計の実行時間においても 1.3 倍程度の速度になっている。さらに UNIX 版においては FACOM 版の 3.0 倍程度、MS-DOS 版の 2.3 倍程度高速に実行できるといえる。

表4　重原子法による構造解析における実行時間の比較

　もちろんコンピュータの機種の違いによって速度は著しく変化するためこの結果から一般論を出すことはできないが、今後主として使用されるであろうパーソナルコンピュータおよびワークステーションが上のテストで使用した機種よりもずっと高速のものになっていくであろうことを考えると、パーソナルコンピュータにおいても約 15 年前の大型機に若干優る程度以上の実行速度で解析を実行でき、またワークステーションにおいてはその数倍以上の速度を実現できるといえる。

4. 結晶構造の表示例

　ここではサンプル化合物として、豊橋技術科学大学青木克之教授より提供頂いた Zn(barbital)_2(bpy)・H_2O (Zn O_7 N_6 C_{26} H_{32}) の回折データの解析を行なって得られた結果を示す。まずサンプル化合物の化学構造図を図 3 に示す。

図3　サンプル化合物の化学構造図

この物質の結晶の空間群は P21/n、単位格子は a = 12.566 b = 19.873 c = 12.676 β = 115.68、Z = 4 である。以下順に plot80・ortep80・fmap80 各プログラムによって結晶構造を印刷した例を示す。
　まず、plot80 の出力例として a 軸投影の結晶構造図を図 4 に示す。

図4　plot80 による結晶構造図　( a 軸投影図）

　次に、水素原子を含む全原子を割当てて構造を精密化し最終的に R = 4.45% が得られた段階で、水素以外の原子に非等方性温度因子を用い熱振動楕円体として描画し、水素原子は直径 0.1 Åの球として描画した ORTEP 図を図 5 に示す。

図5　ortep80 による分子の構造図

　最後に、fmap80 および gpcps により生成された電子密度の等高線図の一部を図 6 に示す。

図6　fmap80 と gpcps による電子密度の等高線図

5. まとめ

　UNICSⅢの各プログラムは、MS-DOS マシンにおいても UNIX マシンにおいても、与える制御カード(命令・データ)にはほとんど変更を加えずに、また十分実用に足る速度で走らせることができた。現在のようなパーソナルコンピューティング環境においてはＸ線結晶構造解析の仕事もワークステーションさらにはパーソナルコンピュータを利用するようになっていくと思われるので、本研究で行った移植が今後役立つことが期待できる。
　また、グラフィックス描画関係のプログラムをパーソナルコンピュータ・ワークステーションに移植したことにより、手軽に結晶構造を表示させたり印刷させたり、さらには図を文章中に容易に張り込むことができるようになった。まさに現在のパーソナルコンピューティング環境向きのプログラムになったと言える。本報文も Windows 上の Microsoft Word を使って図を WMF の形式で取り込み、文章と図を印刷状態のままの形で混在させて編集することによって作成されたものであることを付記しておく。印刷は EPSON LP-2000 (300dpi) で行ったが、より高解像度のプリンタや PostScript プリンタではより鮮明な出力が得られるはずである。
　なお、今回の移植ではプリンタへの印刷はカラーに対応していない。これは筆者がカラープリンタを持ち合わせていないのでテストできないためで、今後の課題としたい。
　今後はこの構造解析システムを発展させグラフィックユーザインタフェースを取り入れていくとともに、化学的知見を積極的に利用した構造解析を行なう機能の実現を目指してゆく予定である。

プログラムの入手法について

　UNICSⅢ の配布は著作権者が管理を行なっているが、今回報告した移植版について入手を希望される方は筆者(代表作田)まで連絡していただきたい。筆者が取りまとめ著作権者に了解を得ることによって配布可能である。ただ、中間に筆者が入る関係上、時間を要する場合があることをご了承いただきたい。配布内容はソースプログラム、MS-DOS 版および UNIX 版のメイクファイル、プロット環境設定ファイルの例などである。なお、MS-DOS 版については希望があれば実行形式プログラムの配布も可能なのでコンパイラを持っていなくても使用することができる。

謝辞

　本研究を始めるにあたって元プログラムを提供していただくとともに移植の際に貴重な助言をしていただきまた GPCP の資料を提供していただいた理化学研究所の小林公子氏と、Ｘ線回折データを提供していただきまたその構造解析の際に助言していただいた豊橋技術科学大学の青木克之教授に深く感謝する。

参考文献

1) 桜井敏雄, 小林公子　理化学研究所報告，55, 69(1979)
2) 桜井敏雄, 渡辺泰成　理化学研究所報告，41, 169(1965)
3) 桜井敏雄, 岩崎準，渡辺泰成，小林公子，坂東陽一郎，中道康博　理化学研究所報告，50, 75(1974)
4) 黒瀬能聿, 松島勇雄，松尾俊彦　FORTRAN-77 による科学技術計算サブルーチンライブラリ　啓学出版
 5) 桜井敏雄, 小林公子　UNICSⅢシステム使用法 (Ⅰ) (Ⅱ) (Ⅲ)　　理化学研究所, 1978
6)a) C.K.Johnson, ORTEP, Oak Ridge National Laboratory ORNL-3794, 1965
　b) C.K.Johnson, ORTEP-Ⅱ, Oak Ridge National Laboratory ORNL-5138, 1976
7) 作田誠, 宮原明　化学ソフトウェア学会 '94 研究討論会, 苫小牧, 1994
8) 作田誠,　鳥羽商船高等専門学校紀要, 17, in press

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