表計算データCAI教材化プログラムおよびデータ集の作成


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1.はじめに

 Windows95などの新しいOSの登場、インターネットの急激な普及など、コンピュータ教育環境の進展には著しいものがある。しかしながら、教育現場でのソフトウェア不足の状況は改善されていない上に、ハードの更新やインターネット環境の導入が困難なため、MS-DOS機をスタンドアロンで用いているところも少なくない。そのような状況の中で、利用者が簡単にプログラムの開発・改変ができる、有用なBASICプログラムの重要性は失われておらず、化学ソフトウェア学会登録の無償利用ソフトウェア[1]の中にも同言語を用いたものは多く、積極的に活用されている。
 また、コンピュータユーザーの多くが用いている表計算ソフトウェアは、機能が向上して多様で美麗なグラフ作成等も可能になっているが、小・中・高校生が用いるには操作が複雑で十分に使いこなすのは難しく、特に単純な散布図などを描くには不向きと感じる場合がある。また、統計専用ソフトウェア[2]やCD-ROM教材は、受講者数だけ揃えるには高価なものが多い。
 以上のような現状を踏まえ、教育・研究の場で日常的に用いられている表計算ソフトウェアに着目し、そのデータを簡単な操作で閲覧,検索,グラフ化,解析等ができるようにすればCAIが容易になるであろうと考え、表計算データCAI教材化プログラムSSCAI (A program for utilizing Spread-Sheet data in Computer Assisted Instruction)[3]を開発し、分子モデル等の同時表示も可能な化学教育用のデータを多数添付して公開した。

2.方法

2.1 プログラムとデータ集作成の考え方
 プログラム作成にあたっては、利用するデータフィル形式を、大多数の表計算ソフトウェアで読み込み・保存が可能なCSV形式とし、それを若干加工するだけで利用できるようにして既存データの有効活用が可能になるよう留意した。
 特に化学分野で使用頻度の高い機能に限定することで、プログラムの操作を簡便にし、限られたメニューを順を追って進む(戻る)だけで、パソコンの初心者でも簡単にデータの閲覧・検索ができるようにした。数値データは任意の組み合わせでグラフ化(2次元グラフまたは3次元グラフ)して視覚的に把握できる上に、単回帰分析(直線回帰式や相関係数算出等)や重回帰分析、スプライン補間も可能にした。化学式は自動で数字を下付き表示させ、読みやすくした。
 さらに、別途分子データや可視スペクトルデータがあれば、分子モデル・カラー化スペクトル図の同時表示も可能で、文字情報と画像データを同時に見ることで、学習効果を高めることができる。利用している分子データファイル形式は、利用者が多く、データ集も公開されているMODRAST形式[4]であるため、教材の自作が容易である。また可視スペクトルデータは『紫外可視スペクトル学習プログラム』[5]用データファイルを利用している。
 表計算データ中に有機性・無機性値があれば、有機概念図[6,7]を表示することも可能である。
 加えて、元素の性質や身近な物質の化学的性質など、化学教育用サンプルデータも多数添付して利用者が直ちに教材として利用できるように配慮した。

2.2 プログラムの開発環境と対応機器
 プログラムはMS-DOS版のN88-日本語BASIC(86)で作成した。NEC PC-9801シリーズ及び互換機であれば、N88BASIC.EXEにより、MS-DOS上だけでなく、Windows3.1,Windows95上でも動作する。SSCAI.BAS,SSCAI_G.BASを同じディレクトリに置き、SSCAI.BASを読み込んで実行すれば起動する。

3. 結果と考察

3.1 プログラムの概要と機能
 プログラムSSCAIは、添付データをそのままできるだけでなく、自作データを以下のように加工をするだけでCAI教材として有効に活用できる。

(1) データは拡張子を“DAT”にしてCSV形式で、適当なサブディレクトリに保存する。
(2) 1行目には第1列から順に「タイトル」、「データ形式(1 または 2)」、「項目数(全列数)」、「データ数」を記入する。
 データ形式1とは表1の例のように、第1列のデータ(3行目以降)が主区分になっているもの、データ形式2とは、表2の例のように第1列に大分類があって2列目から細目データになっているものをいう。データ数は3行目からの実データ数である。
(3) 2列目を項目欄にする。項目名は半角で20字以内にする。半角数字の前に“^”,“_”をつければ、それぞれ閲覧時は上付き数字,下付き数字で表示する。
(4) 数値データ等、本プログラムで特殊な処理ができるデータについては、項目名の冒頭に、以下のような特定の半角記号を付記する。以下のうち数値データ以外は、記号だけでも既定の項目名を閲覧時に表示する。これらの記号は、閲覧時は表示されない。

  # 数値データ[グラフ化が可能]
  ! 分子式[数字を下付き表記]
  & 分子データ(MODRAST形式)ファイル名[分子モデルを同時表記]
  $ 可視スペクトルデータファイル名[スペクトル図をカラー表記]
  \O\I 有機概念図の有機性,無機性データ[有機概念図表記可能]

(5) 表計算データファイルと、そのファイル内に記載してある分子データファイル、スペクトルデータファイル(紫外可視スペクトル学習プログラム[5]で作成;グラフの本数は8本以内)はすべて同じディレクトリに保存する。
(6) 数値データは、最大値 ≦ 5000、最小値 ≧ -5000 となるように位取りする(グラフ化のため)。その範囲内であれば“4.29E-5”(= 0.0000429)などの指数表示でもよい。数値データが空欄または文字列の場合はカットしてグラフ化する。
(7) 範囲がある数値データについては“~”で区切っておけば、閲覧時は“〜”で表示し、グラフ化の際はその平均値を算出して表示する。付帯条件(例えば実験データの測定条件など)がある場合は、数値のあとに“( )”等で付記してもグラフ化には影響しない。
(8) 分子式を半角文字にすれば、閲覧時に数字を下付きにし、検索時は元素の区別(例えば“N”と“Na”)が可能。有機性・無機性データがある場合は、高分子の分子式の最初を“-”(表1参照)にすれば高分子と認識される。

Table 1 Sample of type 1 data showing characteristics of fibers.

Table 2 Sample of type 2 data showing thermodynamic parameters of organic compounds.

 プログラムを起動後、上記のように作成したデータの入ったドライブ名とサブディレクトリ名を入力し、続いてデータファイル名を入力する。その後は画面の指示に従って、適当なアルファベットまたは数値を入力すれば、データの参照・検索とグラフ化ができる。
 数値データのグラフ化(2次元グラフ、3次元グラフ)は、任意の数値データ(データ項目名冒頭に“#”をつけたもの)の組み合せを選んで行うことができ、以下の図1図2のメニューに示すように、簡単な解析も可能である。なおこの際、必要な変数の数(2または3)が揃っていないデータはカットしてグラフ化する。

      1. ラインの型指定         …スプライン曲線、多項式近似曲線、折線から選択
      2. ライン種類指定         …実線、点線など
      3. データ点種指定        
      4. ソーティング[X]        …データの並べ替え(Xデータ順;スプライン曲線等を引く場合)
      5. 1次相関分析           …直線回帰式と相関係数算出(X→Yの推算も可)
      6. スプラインで推算       …スプライン関数による補間でX→Yの推算
      7. 目盛りの変更          
      8. グラフコピー          
      9. データファイル保存     …『実験データ処理パック』[8]用にデータ保存
      U. データを1組に統合     …データ形式2の場合、データを1組に統合可能

Fig. 1 2-D graph edit menu.

      1. グラフの回転         …Z軸を中心に回転
      2. ポイントの結合       …データ点を破線で結ぶ
      3. 目盛りの変更        
      4. ナンバリング         …データ点に番号付記
      5. 重回帰分析           …偏回帰係数と重相関係数算出(相関式での推算も可)
      6. XY軸の入替え      
      7. コピー(空白)      
      8. コピー(タイル)         
      9. データファイル保存   …『実験データ処理パック』用データ保存
      U. データを1組に統合   …データ形式2の場合、データを1組に統合可能

Fig. 2 3-D graph edit menu.

 以下では、プログラム添付のデータを用い、SSCAIで可能な閲覧・解析の画面例を示す。
 表1のデータ(形式1)を、個別に閲覧した例が図3である。化学式の数字が下付き表示され、分子データがあればモデルが併記される。同じデータについて、任意の数値データ3種を選んで3次元グラフにしたものが図4である。表2のデータ(形式2)から、数値データ2種を選んで2次元グラフにしたのが図5で、データ形式2の場合はグループごとに、データ点マークを区別して表示する。これをグラフ編集メニューで1組に統合した後、単回帰分析したのが図6である。

Fig. 3 Browsing of data showing characteristics of cotton fiber.

Fig. 4 Sample of 3-D graph showing characteristics of fibers.

Fig. 5 Sample of 2-D graph of type 2 data showing characteristics of organic compounds.

Fig. 6 Conjugating of a set of data and its regression analysis.

 図7は、水の飽和水蒸気圧の温度依存性のデータから、スプライン関数により、任意の温度での飽和水蒸気圧を推算している例である。このように補間計算が可能である点は、化学工学データや、無機酸の比重と濃度の関係などを参照するに際して、有用な機能である。

Fig. 7 2-D graph and spline interpolation showing vapor pressure curve of water.

 図8は、3次元グラフ編集で重回帰分析を行った例で、任意に選んだX,Yを説明変数、Zを目的関数として計算することができる。

Fig. 8 3-D graph and multiple regression analysis showing characteristics of solvents.

 図9は、可視スペクトルデータの表示例で、分子データがあれば画面に同時表記も可能となっている。

Fig. 9 Display of visible spectrum of perylene and its molecular model.

 図10は、検索例で、農薬データ集から“虫”という語を含むデータ(防虫剤,殺虫剤など)を検索したものである。
 SSCAIでは以上のような様々な機能を、極めて簡単な操作で利用でき、表計算ソフトウェアでのグラフ化の際の煩雑な操作を必要としない点で、教育用のツールとして有用と考える。また、化学分野以外の既存表計算データも容易に教材化でき、それらを同一の操作で学習することが可能であることから、様々な教科でのCAIが能率的に実現できるようになった。

Fig. 10 Result of searching for data containing the word mushi "insects" in the database on agricultural chemicals.

3.2 添付データ集
 化学ソフトウェア学会で頒布しているプログラムには、文献をもとに作成した以下のようなデータ集を添付し、化学教育用の簡易データベースの役割も果たしている。
 農薬データ集,薬物データ集,香りの分子データ集(以上は、分子データ多数含む),繊維データ集,元素の性質,有機化合物の性質・熱力学的データ,有機化合物の紫外可視スペクトルデータ,その他。
 データ本体は、CSV形式であるため、他の表計算ソフトウェアでも利用可能である。
 また、添付している分子データのほとんどは、分子計算システムHyperChem(Hypercube社)で構造最適化しているが、一部未適用である。これらは、他の分子ソフトウェアでも活用できよう。
 多くの分子モデルを、その物性(沸点,融点,水溶性など)と同時に見ることで、分子の持つ意味の理解を促進できるであろうし、多様な数値データを組み合わせを変えて相関図にして見ることで、グラフを見る力を養うことにもつながるものと考える。また特に、農薬,薬物データには毒性データも載っているので、環境教育用のデータベースとしての活用も可能であるなど、幅広い利用が期待される。

3.3 パソコン通信およびインターネット上でのプログラムとデータ集の公開
 フロッピーディスクでの配布の煩雑さを避ける意味で、近年盛んになっているパソコン通信やインターネットを利用したフリーソフトウェアやデータベースの公開は、極めて意義が大きい。
 SSCAIとデータ集も、パソコン通信のNIFTY-Serveのデータライブラリや、化学ソフトウェア学会FTPサーバを利用してオンラインでの配布を行っており、今後もデータを追加していく予定である。
 NIFTY-Serveのアップロード先と、1996年12月16日現在のダウンロード数は、プログラム(登録フォーラム/データライブラリ番号/登録番号:FCHEMH/3/28 および FCAI/6/570)が62本、データは化学教育関連データ(FCHEMH/3/29 および FCAI/6/571)36本、「香りの分子事典」データ(FCHEMH/3/37)51本、「農薬事典」データ(FCHEMH/3/38)32本であり、教育用として一定の評価を得ている。
 また、SSCAIで表示される画像を用いた化学教育用のWWWホームページも公開している(図11に表示例)[9]。その詳細については次報で述べるが、以下のURLでご覧戴きたい。同ページでは、教材を参照できるだけでなく、プログラムとデータ集のダウンロードも可能になっている。

Fig. 11 A web page containing the sample pictures made with SSCAI (http://irws.eng.niigata-u.ac.jp/~chem/itou/resource/h_home.html), a link to the main page (http://www2d.meshnet.or.jp/~chem_env/).

4.その他

 MS-DOS上で、プログラムで表示される画面を、カラープリンタで出力可能にするために、常駐プログラムG_COPY2.COMを添付した。同プログラムの作者、北村覚氏(連絡先;〒572 寝屋川市讃良東町8-1 オリヱント化学工業研究所)に謝意を表します。
 なお、プログラム使用可能な機種でN88BASIC.EXEにより、Windows3.1またはWindows95上で用いる方法については、添付のドキュメントで紹介した。Windows上であれば、既存の画面キャプチャツールによって、任意の画面を切り取っての印刷や画像ファイル化も可能である。
 最後に、SSCAIのサンプル画像データをサーバに置いて下さっている新潟大学工学部の伊東章先生、本プログラムについて貴重なご意見を下さった各位、データ集作成に協力してくれた、県立新潟女子短期大学生活科学科生活科学専攻の田中直子助手と卒業生のみなさんに深く感謝致します。

文 献

1) 例えば,ソフトウェア頒布委員会編,「最新化学ソフトウェア集'96」,化学ソフトウェア学会(1996)
2) 統計ソフトウェアの現状については例えば,新村秀一,「パソコンによるデータ解析」,講談社ブルーバックス(1995)
3) 本間善夫,化学ソフトウェア学会登録ソフトウェア 9505
4) 例えば,中野英彦,「分子グラフィックス」,サイエンスハウス(1987)
5) 本間善夫,J. Chem. Software1,187(1993)
6) 甲田善生,「有機概念図 ―基礎と応用―」,三共出版(1984)
7) 本間善夫,化学ソフトウェア学会登録ソフトウェア 9103(現在は,9310に同梱)
8) 本間善夫,化学とソフトウェア,15,231(1993);化学ソフトウェア学会登録ソフトウェア 9310
9) 本間善夫,田中直子,化学ソフトウェア学会'96研究討論会講演要旨集,p.205(1996)


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