パーセプトロン型ニューラルネットワークと多次元Ck級補間法を用いた樹脂被覆肥料の溶出誘導時間および80%溶出時間の推定― 分子の構造活性相関解析のためのニューラルネットワークシミュレータ: Neco(NEural network simulator for structure-activity COrrelation of molecules)の開発(5) ―

福田 朋子, 田島 澄恵, 斎藤 久登, 長嶋 雲兵, 細矢 治夫, 青山 智夫


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1 はじめに

被覆肥料は、農業労働負担の軽減のために導入され、近年の農業従事者の減少及び高齢化を反映して、広く利用され始めている。特に稲作における重要な肥料である尿素粒の表面をポリオレフィン系樹脂で被覆することにより、肥料の溶出誘導時間と溶出速度を各種の品種及び地域特性に合わせて、様々な溶出パターンが創製されている。
樹脂被覆肥料の肥料成分溶出誘導時間と溶出速度は、直接的な実験的手法である水中での溶出パターンを測定して見積もられてきた。そのため、例えば最もニーズの高い100日タイプ(100日で成分の80%が溶出する)では、100日以上の評価が必要であり、水温を上げ溶出速度を加速しても日数を数分の1にしか短縮することができない。このことは品質管理上の経済的且つ時間的負担を大きくしている。そのため、樹脂被覆肥料の溶出誘導時間と溶出速度の見積もり時間短縮の意義は極めて大きい。
そこで本研究では、樹脂被覆肥料の溶出誘導時間と溶出速度は被覆された樹脂の状態に強く関係すると考え、またさらに、樹脂の状態の違いは、被覆樹脂の近赤外反射スペクトルに現れる揺らぎに反映しているものと考えた。ただし、樹脂被覆肥料の近赤外反射スペクトルの揺らぎと溶出誘導時間と溶出速度の関係は非線形であることは窺えるものの、その具体的な関係は明らかではない。そこで、説明変数の組と目的変数間の非線形関係の自動生成機能を持つパーセプトロン型ニューラルネットワークに、樹脂被覆肥料の近赤外反射スペクトルの揺らぎと溶出誘導時間と溶出速度の関係を学習させ、それを用いて近赤外反射スペクトルの揺らぎの情報から溶出誘導時間および溶出速度を見積もることを試みた。用いたニューラルネットワークは現在我々が開発している分子の構造活性相関解析のためのニューラルネットワークシミュレータ: Neco(NEural network simulator for structure-activity COrrelation of molecules)[1 - 5]であり、学習法にバックプロパゲーション法、再構築学習法を持つことが特徴である。
さらに、最近コンピュータグラフィックスの分野で広く使われている多次元Ck級補間法による補間法[6]の予測精度も比較した。多次元Ck級補間法は、パーセプトロン型ニューラルネットとは異なる非線形関数による補間法であるが、パーセプトロンに比べて学習速度が速いことがすでに知られている。多次元Ck級補間法もNecoに実装した。
このような方法を用いることで樹脂被覆肥料の溶出誘導時間と溶出速度の見積もり時間の大幅な短縮の可能性があることがわかったので報告する。

2 方法

すでに我々は、近赤外反射スペクトルの高速フーリエ変換による1/f揺らぎ解析[7, 8]をもとに様々な樹脂の非接触高速分類を可能とする方法を発表している[9, 10]。近赤外反射スペクトルの測定方法は、それらと同じである。サンプルとしては、実験的に溶出誘導時間と80%溶出時間が測定されている12のサンプルを用いた。12のサンプルの近赤外反射スペクトルをFigures 1, 2に示す。これをみると資料により相対的強度が異なっていることがわかり、樹脂被膜の構造がサンプルにより異なっていることを伺うことができる。また、Table 1に、12のサンプルの溶出誘導時間と80%溶出時間の実験値を示した。当然のことながらスペクトルをみただけでは、その特徴をとらえることは難しい。また、さらにそれらと溶出誘導時間と80%溶出時間の関係を見いだすのは、至難の業である。


Figure 1. Near infrared refraction spectrum of samples 1-7.


Figure 2. Near infrared refraction spectrum of samples 8-12.

そこで、Tables 1, 2に示したデータをパーセプトロン型ニューラルネットに学習させて溶出誘導時間と溶出速度と1/f揺らぎ解析で得られる回帰直線の傾きと切片の関係の自動抽出を行った。実際にはTables 1, 2に示した12のサンプルのうち一つを除いたデータの組を学習したパーセプトロン型ニューラルネットを用いて、除いた1つのサンプルのデータを予測すること、すなわちleave-one-outテストによりその妥当性を検討した。

Table 1. Elution induce time and 80%elution time (day) of 12 polymer-coated manure samples
Sample NO.Ind. Time(day)80% eltn (day)
127.180.
228.200.
312.41.
447.101.
568.139.
670.165.
755.110.
840.102.
958.137.
1062.152.
1163.150.
1293.210.

Table 2. Slope and Cross sections of 1/f fluctuation analysis on 12 polymer-coated manure samples
Sample No.SlopeCross Section
1-2.51096-1.65557
2-2.19985-2.09506
3-2.92691-0.94487
4-2.96842-0.92185
5-2.92435-0.97957
6-2.75236-1.24469
7-2.84342-1.08294
8-3.09626-0.80936
9-2.94326-0.96791
10-3.11999-0.68728
11-2.96057-0.88428
12-2.85455-1.04914

データは、傾き、切片、溶出誘導時間、80%溶出時間と促進パラメータの5つである。溶出誘導時間の推定の場合の入力データは、傾き、切片、80%溶出時間、および促進パラメータの4つのパラメータとし、80%溶出時間の推定の場合は、傾き、切片、溶出誘導時間、および促進パラメータの4つのパラメータを入力データとした。
パーセプトロン型のニューラルネットのネットワーク構造は、入力データ数に対応する入力層ニューロン数4、中間層ニューロン数8、出力層ニューロン数1とした。学習誤差のしきい値は、0.0008である。
ニューラルネットワークによる推定は、非線形の多次元フィッティングとそれによる補間である。そこで、線形の多次元フィッティングと比較するために、現在コンピュータグラフィックスなどで広く用いられている佐藤と二宮らの不規則分布2変数データに対するCk級補間法[6]をn次元に拡張し、その性能をあわせて評価することとした。


Figure 3. Plot of Slope and Cross section of fluctuation analysis (See Table 2 for details.)

3 計算結果

3. 1 1/f揺らぎ解析

Figures 1, 2に示されたスペクトルの1/f揺らぎ解析によって得られた回帰直線の傾きと切片をTable 2に示す。Figure 3には、傾きと切片の関係を示した。Figure 3をみるとそれぞれの傾きと切片にはある種の相関が見られる。この相関の本質的な意味は現在解析中であるが、樹脂被覆肥料の近赤外反射スペクトルの1/f揺らぎが何らかの規則性を持つことを示唆している。

3. 2 パーセプトロン型ニューラルネットを用いた溶出誘導時間および80%溶出時間の推定

Table 3にニューラルネットを用いて推定された結果を、実測値並びに相対誤差(%)とともに示した。溶出誘導時間の短いサンプル1,2,3を除けば、溶出誘導時間は約10%程度のエラーで推定が可能であることがわかる。Table 2から分かるように、サンプル1,2,3は、説明変数の定義域から離れているものである。80%溶出時間は、全体的に20%程度の誤差内で予測ができている。溶出誘導時間と80%溶出時間の計算値と実測値の相関をFigures 4, 5に示した。 
図中灰色の直線はy=xの線である。黒線は回帰直線であり、それらは、それぞれ以下の通りである。
溶出誘導時間(Figure 4):yobs.=0.9223xcalc.+3.557 (R2=0.6862),
80%溶出時間(Figure 5):yobs.=0.9639xcalc.+6.294 (R2=0.8617)

Table 3. Estimated elution induce time and 80% elution (days) by neural network
Sample No.Obs.Calc.Error(%)*
Ind.time80% eltnInd.time80%eltnInd.time80%eltn
127.180.56.6140.6107.422.0
228.200.9.3214.6-66.87.3
312.41.25.234.7110.0-15.4
447.101.43.3116.2-7.715.0
568.139.62.5159.2-8.114.5
670.165.71.6159.22.3-3.5
755.110.50.9129.77.517.9
840.102.43.699.49.0-2.5
958.137.63.6132.69.7-3.2
1062.152.53.6167.2-13.510.0
1163.150.68.3142.88.4-4.8
1293.210.80.8193.2-13.1-8.0
* relative error: (calc.-obs.)×100.0/obs.


Figure 4. Correlation between observed and calculated elution induced time.(days) gray line: y=x, black line: regression line y=0.9223x+3.5517 R2 =0.6862


Figure 5. Correlation between observed and calculated 80% elution.(days)Gray line: y=x, black line: regression line y=0.9539x+6.294 R2 =0.8617

溶出誘導時間の推定に比べ、80%溶出時間の推定の方が傾きが1に近くR2も小さいが、逆に切片は大きい。それぞればらつきは大きいとはいえ、実測値と計算値の回帰直線の傾きは0.9で1.0に近く、切片も一桁である。さらに、溶出誘導時間ならびに80%溶出時間の実験値に含まれる誤差が10%程度であることを考慮すると実用に十分耐えうる精度で推定がなされていることが分かる。

3. 3 Ck級補間法を用いた溶出誘導時間および80%溶出時間の推定

佐藤と二宮らの不規則分布2変数データに対するCk級補間法[6]は、不規則に分布したN個の2変数データ(xi,yi), fi=f(xi,yi), (i=1,N)に対し、各データ点を頂点とする三角メッシュの作成と各データ点におけるk階までの偏微分値の算出とを経て、定義域全体にわたってCk級となる補間関数を各三角要素ごとに設定し、定義域内の補間を行う。ただし、定義域外の点の補間は、(k-1)次多項式を用いた最小自乗法によって補間値を求める。本研究ではこれをn次元に拡張して溶出誘導時間と80%溶出時間の推定を行った。ただし、本研究の場合、3次元の問題で、そのサンプル数が12であるため、k=3としか取れなかった。
Ck級補間法を用いた結果をTable 4にまとめた。サンプル番号6を除けば、学習定義域外の点の外挿となっている。定義域内の数値すなわちサンプル番号6,9,11の溶出誘導時間、サンプル番号6の80%溶出時間の誤差は高々10%である。サンプル番号3のデータの推定が極端に悪いことを除けば、ニューラルネットによる予測にほぼ同程度の誤差で推定ができている。

Table 4. Estimated elution induce time and 80% elution (days) by Ck class interpolation
Sample No.Obs.Calc.Error(%)*
Ind.time80% eltnInd.time80%eltnInd.time80%eltn
127.180.48.8 a160.1 a80.7-11.1
228.200.41.3 a229.4 a47.414.7
312.41.50.6 a168.5 a321.3310.9
447.101.48.8 a93.1 a3.8-7.8
568.139.59.1 a164.1 a-13.018.1
670.165.63.1146.4-9.8-11.2
755.110.52.2 a126.7 a-5.115.2
840.102.34.5 a138.0 a-13.735.3
958.137.64.3123.6 a10.9-9.8
1062.152.59.7 a153.1 a-3.70.7
1163.150.69.3122.2 a9.9-18.5
1293.210.73.6 a187.8 a-20.9-10.6
* relative error: (calc.-obs.)×100.0/obs. a :out of definition area.


Figure 6. .Correlation between observed and calculated elution induced time by Ck class interpolationgray line: y=x, black line: regression line y=1.4927x+30.838, R2 =0.5878


Figure 7. Correlation between observed and calculated 80% elution.(days) by Ck class interpolationgray line: y=x, black line: regression line y=0.6597x+40.914, R2 =0.2433

Figures 6, 7に観測値と計算値の相関図をしめす。これをみると、Ck級の補間法による推定はニューラルネットワークを用いたものより観測値と計算値の相関が悪いことが判る。特にサンプル3が悪い。
また、Table 5Figures 4 - 7に示した回帰直線の傾きと切片およびR2をまとめた。この相関の回帰直線の傾きが1に近く、切片が0、R2が1に近ければ推定精度が高いと言うことができる。Table 5をみるとニューラルネットの方がCk級補間法に比べて精度が高いことが判る。

Table 5. Slope, cross section and R2 of regression lines in Figures 4 - 7.

Elution induce time
Methodslopecross sectionR2
Neural Net0.92233.55170.6862Figure 4
Ck1.492730.8380.5878Figure 6

80% elution time
Methodslopecross sectionR2
Neural Net0.95396.2940.8617Figure 5
Ck0.659740.9140.2433Figure 7

むしろ、Ck級補間法に関しては、本研究では学習データ数が少ないため、k=3としか取れなかった。そのため補間に利用できる関数系が少なくなり、十分な補間ができなかったものと考えることができる。また、推定点がサンプル6を除いて学習点の組によって定義される域外にあり、外挿となってしまった。これもCk級補間法での推定精度を下げている一因である。
樹脂被覆肥料の近赤外反射スペクトルの測定とその1/f解析および推定に必要な処理時間の多くは近赤外反射スペクトル測定のステップであり、それは高々2,3分である。また、1/f解析および推定に必要なすべての計算時間は1分程度である。そのため、本方法を用いることで樹脂被覆肥料の溶出誘導時間と80%溶出時間の見積もり時間の大幅な短縮が可能となる。

4 まとめ

樹脂被覆肥料の成分溶出誘導時間と80%溶出時間の推定を、被膜樹脂成分の近赤外反射スペクトルの1/f揺らぎ解析とニューラルネットワークによる非線形不規則データ補間法によって行った。この方法を用いると、溶出誘導時間および80%溶出時間の推定に関し、実用に十分耐えうる精度で推定が可能であることが分かった。線形の多次元Ck級補間法では、ニューラルネットワークの結果に比べ、推定精度が悪かった。
近赤外反射スペクトルの測定と解析は、実時間でたかだか10分以下であるので、樹脂被覆肥料の成分溶出誘導時間と80%溶出時間の推定を従来に比べ格段に短い時間で実行できる可能性があることが判った。
今後の課題としては、さらに多量のデータを基礎に学習精度を向上させ、推定精度をより高くする必要がある。また、実際の作業工程のシステム化も今後の課題である。

参考文献

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[10] 小野寺光永, 長嶋雲兵, 加藤澄江, 細矢治夫, 後藤成志, 天野敏男, 田辺和俊, 上坂博亨, J. Chem. Software, 5, 103 (1999).


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