WWW対応CAI教材の開発

及川 義道, 高野 二郎, 光澤 舜明


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1 はじめに

パーソナルコンピュータ(以下PCと略す)の高機能化・低価格化が進み、マルチメディアの利用に必要な環境が容易に得られるようになってきた。これを受けて、化学教育の分野でもこのような技術を積極的に利用しようとする試みが行われている[1 - 4]。著者らは実験指導にCAIの応用を試み既に報告した[5, 6]。このような実験指導用のソフトウェアにもマルチメディアを利用することは有効であると考えられるが、その一方で教材の管理・提供の方法に大きな問題を抱えている。すなわち、マルチメディアの利用は教材のサイズを甚だ大きくするため、従来行っていたようなフロッピーディスクによる供給はほとんどの場合不可能である。したがって教材をCD−ROMで供給するかあるいは実習で利用するPCのハードディスクに記録して利用することが必要となる。しかし、CD−ROMによる供給は費用が高く、内容の改変も自由に行えない。また、ハードディスクに記録して用いる方法も、実習に利用するPCが所轄の機械であれば可能であるが、一般には特定の組織が統括管理する共有設備である場合が多く、特定の教員の為に資産の利用を許可することは難しい。そこで著者らは、このような問題を回避し、マルチメディア化された教材の利用価値や利用機会を高める方法の一つとしてインターネットの技術の一つであるWorld Wide Web(以下WWWと省略する)に着目し、この技術を応用した教材の供給を試みた。WWWを利用すれば、既設のネットワーク設備をそのまま利用し、そのネットワークに接続されているコンピュータにWWWブラウザやその機能を拡張するプラグインと呼ばれるプログラムのみ準備することにより、それらすべてのコンピュータからサーバに登録された教材を利用することができる。また、教員自らの管理下に教材を提供するためのサーバを比較的簡単に構築でき、教材や学習履歴を手元で一括管理する事が可能である。このような、クライアント・サーバシステム[7]としてのWWWの教育利用は、教師の負担軽減、専門教科の教育充実を期待したオンライン講義システムも試作[8]されるなど注目を浴びている。

2 教材の作成

シミュレーション型のCAIでは学生の要求に対して逐次情報を更新し提示する必要がある。しかし一般的なWWW上の情報はHTML[9]形式の文書ファイルとそれに付随する画像などのファイルから構成される静的なものであり、実時間に情報を提供する為にはJava[10]等のプログラミング言語を用いる必要がある。このようなプログラミング言語を用いれば教材細部にわたる制御が可能であるが、従来の教材開発同様、プログラミングが行える特定の教員に負荷を強いる結果になりやすい。また、著者らは多くの教員が教材作成に携われるようにノンプログラミング環境での教材作成を推進してきたことから、今回の教材開発も市販の教材作成支援ソフトウェア[11]を利用したノンプログラミング環境で行うこととした。教材の作成にあたっては、まず、台本を作成し、これに基づいて文書データ、画像データは対応する編集用ソフトウェアを用いて、デジタルビデオソースは、家庭用ビデオカメラの映像を取り込んで作成した。最後にこれら素材データを教材作成支援ソフトウェア上で統合し、調整・確認を行い教材とした。なお、本方法で教材を作成するに要した時間は、台本の作成から動作確認まで約3週間であった。

3 システム構成

Figure 1は授業に用いたシステムの概略を示したものである。サーバとクライアントは学内既設のイーサネットにそれぞれ10Base-T、10Base-2で接続されている。なお授業ではTable 1に示したような仕様のサーバおよびクライアントを利用した。また、利用したクライアントは最大100台である。


Figure 1. A diagram of the system

Table 1. System configuration of a server and client PCs
Server PCClient PC
Pentium-150MHzi486SX-33MHz
RAM48MB7.6MB
HDD1.6GB230MB
OSWindowsNTServer 3.51Windows95

学習者は実習室に設置されているクライアント上でWWWブラウザを起動し、所定のアドレスを指定してサーバに接続する。サーバ側では利用者の認証および利用履歴の記録、教材の供給をおこなう。本研究ではこの利用者の認証および利用履歴の記録にデータベースゲートウェイを利用して行った。データベースゲートウェイを利用する利点は、データベース操作言語を記述したHTML様の文書ファイルを作成することにより、CGI[12]プログラムを自作することなくデータベースを比較的容易に操作することができることである。学習者の利用するWWWブラウザから学生証番号およびパスワードが送信されてくると、サーバプログラムはデータベースゲートウェイを介して、あらかじめMicrosoft Access[14]で作成しておいた履修者名簿内のデータと照合し、正常に照合できた場合のみ教材の転送を開始する。一方、教材データは64 KBytesごとに分割されており、必要に応じて転送される。このため、学習の途中でデータの転送が発生するが、教材起動までの時間の短縮と回線負荷の軽減をはかることができる。なお、教材データを同一のディレクトリに保存すれば、スタンドアローン(PC単独)でも実行が可能である。

4 実行環境

本教材はWindows95上で動作し、オンライン、単独利用に関わらず、実行にはWWWブラウザとしてInternet Explorer[14]、Netscape Navigator[15]、プラグインとしてShockwave for Authorware[16]を必要とする。Windows3.1でも実行が可能であるが、その場合はVideo for Windows[14]を組み込んでおく必要がある。

5 教材の構成

今回作成された教材は、既に無償利用ソフトとして登録されている中和滴定指導用教材を基に構成されており、内容はほぼこれに準拠している。
WWWブラウザを起動して所定のアドレスにアクセスすると、Figure 2に示したログイン画面が表示される。ログインが正常に終了するとFigure 3のメニュー画面が表示される。この画面はPCの画面設定がVGA(640×480ドット)の場合ブラウザの画面を完全に覆いつくすようになっている。メニューに表示されている各項目にはリンク先が指定されており、学習者が項目を自由に移動することができる。


Figure 2. The Log-in screen


Figure 3. The Menu screen

「原理」の部分では、大学新入生を対象に想定していることから、酸・塩基の概念や反応といった基礎から解説を行なっている(Figure 4)。「実験の準備」の部分では、実験器具の説明、pHメーターの取り扱い方法を解説し、pHメーターの調整方法に関してはデジタルビデオソースを利用することにより、はじめてpHメーターを利用する学生に対しても、操作の感覚が養えるように構成した(Figure 5)。また、東海大学で実施している教養化学実験では当該テーマがはじめてグラフを作成することになるため、グラフの作成方法についても解説を付け加えた(Figure 6)。


Figure 4. An explanation of the procedure


Figure 5. An instruction of the principle with digital video movie


Figure 6. An instruction of a drawing graph

「実験シミュレーション」の部分では強酸−強塩基、弱酸−強塩基の2種類の滴定を行なうことができ、学生が溶液の滴下を指示すると逐次pHを計算し、その結果を表示するようになっている(Figure 7)。指示薬はあらかじめフェノールフタレインが加えられているものとし、pH値に従って溶液の色を7段階に変化させて表示している。なお、溶液の状態は実写した静止画像を用いた。また、計算に利用される各種数値はクライアント上で乱数を用いて生成し使用している。「結果のまとめ方」の部分では、作成した滴定曲線から当量点を求める方法や、求めた数値から濃度を計算する方法を解説している(Figure 8)。


Figure 7. The simulation of Acid-Base titration


Figure 8. An explanation of data processing

6 教材の利用と結果

はじめに、作成した教材が授業に利用できるかどうかを確認するため予備試験を行った。Table 2は教材の供給方法により教材起動時間がどの程度異なるのかを比較した試験結果である。試験を行った教材の供給方法は、教材データをクライアントのハードディスクに保存して利用するPC単独による方法、他のPCに保存されている教材をWindowsの提供するファイル共有により利用する方法、およびWWWで標準的に利用されるHTTPによりサーバ上の教材を利用する方法の3つである。この試験ではTable 1相当のクライアントとサーバを準備し、比較のためにi486DX-66MHz(RAM21MB)、Pentium-75MHz(RAM32MB) を搭載したPCもクライアントとして用いた。またファイル共有による起動試験ではi486DX-66MHz(RAM32MB)を搭載するPCに教材を保存して用いた。なお、全てのPCは同一のHUBに10Base-Tで接続されている。
この結果をみると、Windows環境が利用可能な最小構成であるmodel-Aの場合60秒を必要とし、model-B、model-Cと性能が高くなるにつれて起動時間は短縮されmodel-Cの場合では15秒で教材を起動することができる。性能の低い機種を利用した場合、データのスワップ[13]が頻繁に発生して、データの転送が終了してから教材が起動されるまでに時間がかかる傾向がみられた。また、今回の起動試験においてはPCの種類に関係なく、利用形式による起動時間に差は認められなかった。これは、全てのPCが同一HUBに接続されており、回線の混雑による影響がないこと、教材の実行にWWWブラウザを用いているため、教材データがどこに存在しても作業領域へのデータ転送が発生し、その転送時間が各形式の差を吸収してしまうなどが考えられる。
Table 3は、授業利用と同じ構成すなわち研究室のサーバに教材を登録し、実習室のPCからWWWブラウザを用いて複数台接続した教材起動試験の結果である。起動時間はデータの転送が開始されてから教材のメニュー画面が表示されるまでの時間のうち最長の時間を示した。ただし、WWWブラウザ起動までの時間およびデータの転送中にエラーが発生した場合は起動時間には含めなかった。

Table 2. Relationship between starting time of the CAI software and access styles (second)
PCの種類*単独利用ファイル共有HTTP
model-A606060
model-B252525
model-C151515
* model-A; i486SX-33MHz, RAM 7.6MB
  model-B; i486DX-66MHz, RAM 21MB
  model-C; Pentium-75MHz, RAM 32MB

Table 3. A rush test of the system
クライアント台数(台)最長起動時間(分)最短起動時間(分)
1022
2032
305.52
4072

クライアント数が10台の場合は起動時間は2分であり、クライアントごとの差はほとんどなく、ほぼ一斉にメニュー画面が表示された。またこの場合は転送エラーの発生は認められなかった。クライアント台数が増加すると、起動時間の最短はほぼ2分で変わらないものの、台数の増加に応じてクライアントごとの起動時間に差が広がり、クライアント数が40台の場合は最長7分を要した。また、転送エラーの発生状況は接続台数の増加に伴い発生頻度が高くなる傾向を示した。日時を変えて同様の試験を5回行ったところ転送エラー件数の増加傾向は同様であったが、発生件数は一定していなかった。特に同じクライアントを40台同時接続した場合、最も少ない時で5件、最も多い時で10件の転送エラーが認められた。これらの転送エラーはクライアントをいくつかのグループに分割し、時間をずらして接続するとにより回避する事が可能であることがわかり、実際に40台のクライアントを2回に分けて接続した場合には、転送エラーを2件にまで押さえることができた。これらの結果をもとに教材の供給サイズの変更等を行い授業への応用を試みた。
授業への応用は3クラスで行い、受講者数はそれぞれ76名、47名、45名であった。76名のクラスは、CAI教材を用いた講義を行っているクラスであり、理・工学部の1年生から4年生までが混在している。このクラスでは従来のフロッピーディスクに保存されたMS-DOSベースの教材と今回作成した教材の2種類の教材を利用させた。まずはじめに、各人に従来の教材が保存されたフロッピーディスクを配布して、その教材が終了した学生から随時今回作成した教材を利用する形式をとった。この場合、学生が学習する速度の違いから、従来の教材が終了するのに最も早い学生と最も遅い学生との間で20分の時間差が生じた。この為、今回作成したWWW形式の教材へのアクセスも一斉ではなく、各学生が教材起動に要した平均時間はおよそ2分であり、転送エラーも認められなかった。
45名と47名のクラスはいずれも工学部1年生の化学実験を受講しているクラスである。これら両クラスには、コンピュータの操作に不慣れな学生が多かったため、教材の利用方法の指導と実習とが同時進行する形となり、サーバに対してほぼ全員が同時にアクセスする状態となった。その結果、接続試験の場合と同様、起動時間が最も短い学生で2分、最も長い学生で10分を要した。ただしこの時間には、誤操作・転送エラーなどから復旧するまでの時間を含んでいる。実習終了後、簡単な記述式のアンケート調査を行ったところ、従来の教材よりもわかりやすいと回答した学生が8割以上であった。また、低学年はコンピュータを利用していることに高い興味を示し、高学年になるほど教材にインターネットの技術が利用されている事に強い関心を持つ傾向が見られた。さらに、教材をそのままサーバに登録した状態にしておいたところ、授業以外で教材を利用している学生が認められ、学生にとって本教材への関心度は高いように思われる。
以上のことから、マルチメディア型のCAI教材をWWW上で供給することは著者らが用いたようなWindows上でWWWブラウザを利用するために最小と考えられる構成のPCでも十分可能であることがわかった。従って、現在流通している、より高性能のPCをクライアントに利用できる環境であれば、転送速度や動作速度の遅さを気にすることなく実行が可能と思われる。さらに、従来のフロッピーディスクでは供給できなかったマルチメディア対応教材もWWWを利用することにより容易に提供が行え、学生が教材を利用できる時間や施設の制限も緩和することができることから、本報で示したWWW対応CAI教材は有用であると考えられる。

本教材はPC学会の無償利用ソフトウェアとして登録する。教材を利用するためには全てのデータを同一フォルダに保存する必要がある。WWWサーバで利用する場合は、別途MIME指定の追加が必要である[17]。なお、Windows95/NT、WindowsNTServer上のIIS[14]、WebSite[18]、Fnord[19]については動作チェック済みである。

参考文献

[ 1] Robert M. Whitnell, Eric A. Fernandes, Farshad Almassizadeh, John J. C. Love, Brookie M. Dugan, Barbara A. Sawrey, and Kent R. Wilson, J. Chem. Educ., 71, 721-725 (1994).
[ 2] 吉村忠与志, 青山義弘, 坂上秀男, 笹村泰昭, J. Chem. Software, 2, 141-148 (1995).
[ 3] T. Yoshimura, Y. Aoyama, H. Ohtake, Y. Sasamura, J. T. Shimozawa and B. T. Newbold, J. Chem. Software, 3, 73-82 (1996).
[ 4] Stanley Smith and Iris Stovall, J. Chem. Educ., 73, 911-915 (1996).
[ 5] 及川義道, 北原滝男, 柳沢篤寛, 高野二郎, 光澤舜明, 化学PC研究会会報, 11, 3-54 (1989).
[ 6] 北原滝男, 柳沢篤寛, 及川義道, 高野二郎, 光澤舜明, 化学PC研究会会報, 9, 77-98 (1987).
[ 7] ネットワークを利用したコンピュータシステムの一形態で、情報を提供するするコンピュータをサーバ、情報を受け取るコンピュータをクライアントという。中央のホストコンピュータに端末機を接続し、ほぼ全ての処理をホストコンピュータで行うシステムと異なり、クライアント・サーバシステムでは、サーバから提供された情報はクライアント上で処理される。
[ 8] 鈴木久雄,伊藤俊二,尾崎成子,矢野敬幸, J. Chem. Software, 3, 165-176 (1997).
[ 9] Hyper Text Markup Languageの略称で、WWWの情報を記述するための言語である。文章とその表示方法からなり、このHTML形式の文書ファイルをWWWブラウザで閲覧すると所定の位置、形式で情報が表示される。
[10] WWW上の情報を動的に表示したり双方向性を持たせるためにしばしば利用されるプログラミング言語で、多くのブラウザではこの言語で記述したプログラムを実行できるような仕組みがもうけられている。
[11] 画面上に文書や絵を並べるだけで、教材を作成することが可能なソフトウェア。プログラミングの経験がないものでも、動的な教材を容易に作成することができる。またスクリプトと呼ばれる制御用の命令を利用すると、プログラムで作成した教材と同等の機能を有する教材を簡便に作成できる。
[12] Common Gateway Interfaceの略称。WWWサーバと外部プログラムとの情報の受け渡しをする仕組み。CGIを利用するとブラウザから送られてきた情報を自作したプログラム等で処理し、その結果をブラウザに返すことができる。本報では、CGIを利用した外部プログラムをCGIプログラムと呼んでいる。
[13] Windows95のような仮想記憶機能をもったシステムでは、主記憶装置(メモリ)上の情報と、補助記憶装置(ハードディスクなど)の情報を交換しながら処理を実行している。この情報の交換をスワップという。性能の低いコンピュータでは主記憶装置の容量が少ないため、スワップが頻繁に発生し、また補助記憶装置のデータ転送速度も遅いために、処理速度が著しく低下する。
[14] http://www.microsoft.com/
[15] http://www.netscape.com/
[16] http://www.macromedia.com/
[17] http://www.macromedia.com/support/authorware/how/shock/
[18] http://www.website.ora.com/
[19] http://www.wpi.edu/~bmorin/fnord/index.html


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